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Vol.168 千葉県医師不足病院医師派遣促進事業のリスク

医療ガバナンス学会 (2015年8月25日 06:00)


亀田総合病院副院長
小松秀樹

2015年8月25日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


◆千葉県の新しい医師確保事業
平成27年度、千葉県で新規に医師不足病院医師派遣促進事業が開始される。民間病院から自治体病院への派遣を前提としている。医師1人を、県内自治体病院に派遣すると、月額125万円、年間1500万円が派遣元の病院に支払われる。この3分の2を県が負担し3分の1を派遣先自治体病院が負担する。http://www.pref.chiba.lg.jp/zaisei/press/h27nendo/documents/25_27iryouhukushi.pdf 派遣医師に対する給与は派遣先自治体病院が負担する。県の予算は総額5000万円であり、5人の派遣が可能である。医師不足に悩む千葉県ならではの苦肉の策である。

◆医局
従来、日本の多くの病院は、医師の供給を大学医学部の医局に求めてきた。医局は自然発生の排他的運命共同体であり、今も日本最大の医師の人事システムである。法による追認を受けていないので、外部からのチェックが効きにくく、原始的な権力として行動する。医局の勢力、すなわち、医局出身の教授数、派遣病院の格と数、医局出身者の病院長の数、そして何より医局員の数を他の医局と争っている。派遣病院は縄張りとして、医局の支配下にあるものとみなされる。地方によっては、主だった病院すべての人事を医局が握っており、医局に所属する医師は、医局に所属しないと、医師として生きていけないという強迫観念のようなものにとらわれている。しかし、医師向けのサイトで、医局からの足抜けがしばしば議論されていることから分かるように、多くの医師が医局による強制的な人事を嫌悪している。

寄付講座
医師不足を背景に、医師不足病院に医師を派遣する制度として、寄付講座が広まった。全国の大学病院には寄付講座が置かれ、大学に金が入り、医師が病院に派遣されている。
寄付講座には以下に示すように様々な問題がある。

1)労働基準法の中間搾取の禁止に抵触する可能性がある。
2)医師調達コストが不合理に上昇する。
3)公立病院から国立・公立大学に予算が吸い取られ、財政規律が乱れる。
4)大学の病院支配が強まり、病院の主体的経営努力を損なう。

そもそも地方公共団体から国等(国立大学法人も含まれる)への寄付は、財政規律を確保するために、法律で原則禁止されていた。国がその地位や立場を背景として、本来自己の負担とすべき経費につき自発的寄付という名目で地方公共団体などに負担を転嫁したり、あるいは地方公共団体の側においても、国等の施設等誘致のために寄付することが頻発するためだとされていた。その後法律が改正され、2011年11月30日より寄附金の支出が自治体の自主的な判断に委ねられることになった。この法律には、衆参両院で、国等が地方公共団体の寄附を前提とする不適切な施策展開を図ることや地方公共団体間の競争をいたずらにあおることがないようにすべきであるとする付帯決議が付けられた。この法律改正後、医師不足の東日本のみならず、医師の多い西日本の各県でも、軒並み寄付講座が設置されることになった。

◆中間搾取の禁止
医師派遣で病院が金銭を受け取ることにはいくつかの問題がある。
第一に労働法に抵触する可能性がある。日本の労働法は労働者の派遣に対し、原則的に厳しい態度を示している。労働基準法第6条は中間搾取を禁止し、「何人も、法律に基いて許される場合の外、業として他人の就業に介入して利益を得てはならない」と規定している。県の制度だからといって、違法性がないことにはならない。
第二に医師の賛同が得にくい。民間病院は、医師に対する支配力が大学に比べてはるかに弱い。民間病院に集まっている医師は、大学医局の集団主義、人事支配を嫌う傾向が強い。大学の寄付講座と同じつもりで派遣しようとすると医師の反発を招きかねない。実際に大学でも反発がないわけではない。30年近く前の話だが、ある大学で透析専門クリニックに医師を派遣するという話を教授が持ってきた。派遣と引き換えに、多額の寄付を医局に入れるという。結局、中間搾取ではないかとする反発が出て、この人事は1年で終わった。教授と医局員の関係が変化して、その後、元に戻ることはなかった。
医師のキャリア形成は単一病院で完結しない。特に修行中の若い医師は、専門分野で評価を得ることを目指す。医師としての知識、技量を磨き、論文を発表し、医学界の中での地歩を築こうとする。専門家としての能力を磨いて、キャリアを形成するために、医師は多くの病院を渡り歩く。当然、勤務している病院に対する医師の忠誠心は希薄になる。
派遣元の病院は医師確保のために費用と労力をかけている。医師の集まる病院は、卒後教育のために通常の病院より多額の費用を使っている。これらの費用の支払いを受けるのは許容されると思うが、中間搾取との区別がつきにくい。派遣された医師、派遣されるかもしれない医師、日本中の若い医師が、病院が受け取る年間1500万円をどう判断するのかが問題となる。派遣元の病院が医師に金銭的あるいは非金銭的な便宜を図ったとしても、それが適切な額かどうかが分からない。中間搾取の有無の問題は付きまとう。明確な派遣業として、すべての関係者が金で割り切るのでなければ、正当性を構築するのに相当な配慮が必要になる。

◆病院のメリット
医師不足病院医師派遣促進事業は千葉県全体で5人までである。過半数の3人を単一病院が派遣したとしても、病院に入る金は4500万円にすぎない。大病院の事業規模からみると、わずかであり、経営状況を左右する金額ではない。しかも、この事業の規模が大きくなると、医師の労働市場が歪む。安定した制度として拡大するとは思えない。医師派遣は、中長期的にリスクを超えるメリットを病院にもたらすとは思えない。

◆医療過疎地域での医師確保のための大規模な医師‐病院連携の提案
現在、ケアについての考え方が大きく変化しつつある。病気の治癒を目指す医学モデルから、病者や障害者の生活の質の改善を目指す生活モデルにケアシステムが転換しつつある。従来、医師は、生物学的医学研究、新しい手術、新しい治療方法の開発などに大きな価値を見出してきた。ケアについての考え方の変化とともに、在宅医療、総合内科、家庭医を目指す医師が増えてきた。WHOも健康格差を解消するのに、不平等の解消と人々の日常生活条件の改善が重要であると主張するようになった。医学の中心が生物学から社会科学に移行しつつある。
医療過疎を解消するのに、価値観を共有する医師と複数の病院が参加する医師の卒後教育のための連携組織を作ってはどうだろうか(1)。大きな理念の下に、医局より緩やかな形で人事制度を動かしたい。人事の調整には医師自身の関与を大きくする。このネットワークに多数の医師が結集して、医師の卒後教育に取り組めば、千葉県、茨城県、福島県の浜通りの医療過疎の現状を打破できるかもしれない。卒後教育のための非営利法人を設立すれば、補助金の受け手になりやすい。必ずしも、多くの診療科が参加する必要はない。医療過疎の地域で大きな役割を果たす総合内科のような診療科が、自分たちの卒後教育の主導権をとればよい。総合内科はその存在感と発言力を高めることができるし、社会にとっても有用である。このような連携組織を実現するには、誰もが納得する大きなビジョンを提示しなければならない。具体的場面では多様性を許容しなければならない。そのためには、視野と心の広い、そして何より個別利害から自由なリーダーが必要である。

◆まとめ
極端な医師不足の千葉県で、強制力を使わずに医師を適切に配置するのは難しい。チェック・アンド・バランスを欠く強制力は必ず腐敗する。金銭を介在させると中間搾取と区別がつかない。大きなビジョンを提示することで、医師の価値観に訴えかける必要がある。医師不足病院医師派遣促進事業では、多くの医師が集まるマグネット病院しか派遣元になれないが、やり方を間違えると医師の反発を招く。若い医師の間で情報はあっという間に広まる。医師不足病院医師派遣促進事業は大きなリスクを秘めている。

1.小松秀樹:地域医療連携推進法人を構想するセンス. 厚生福祉, 第6153号, 10-14, 2015年4月17日. MRIC by 医療ガバナンス学会. メールマガジン; Vol.1086, 2015年5月7日.

http://medg.jp/mt/?p=3591

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