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臨時 vol 236 「病原体不活化導入の問題をもっと科学的に議論しよう」

医療ガバナンス学会 (2009年9月9日 10:27)


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-日赤はなぜリボフラビンを用いる方法を選ぶのか?
  東京大学医科学研究所
  先端医療社会コミュニケーションシステム社会連携研究部門 客員研究員
               成松 宏人
【新型インフルエンザと輸血供給問題?血小板輸血が危ない!】
 新型インフルエンザが流行し始めています。そして、外出を控える人が増え、献血が減
ることが懸念されています。特に血小板輸血への影響は深刻です。血小板製剤は常温保存
のため、保存期間が5日を超えると製剤内の細菌増殖のリスクが高まります。よって、4日
間しか保存できず、在庫調整が困難だからです。血小板が不足すれば、がん治療や大手術は
制限されます。輸血の病原体不活化技術(以下、不活化技術)は、血液を処理し核酸を壊すこ
とによって、ウイルス・細菌・原虫などの病原体を殺す技術です。多くの専門家は、この技
術は、新型インフルエンザ流行時の輸血確保に有用かもしれないと考えています。
【日赤からのプレスリリース】
 7月28日、日本赤十字社(日赤)から「血液製剤における安全対策の進捗状況」と題したプレ
スリリースが発表されました。日赤は、日本の輸血事業を独占している組織で、輸血医療に
対する影響力は絶大です。筆者は、日赤が自らの意見を社会に示したことは評価するものの、
このプレスリリースでは、国民に十分な情報を提供しておらず、不十分だと感じています。
そこで、前回は新型インフルエンザ感染拡大時に輸血供給確保のためにどのような危機管
理すべきか考えました。
http://medg.jp/mt/2009/08/-vol-196-1.html#more
 今回は、前回議論できなかった病原体不活化技術自体についてのリスクとベネフィットにつ
いてプレスリリースをもとに考えていきたいと思います。
 まず、該当部分を引用します。
 『(前略)血小板製剤における病原体低減化技術は、ビタミンB2を添加して紫外線照射
する方法を重点に、処理した血小板の機能や細菌低減能を評価し、同審議会で審議していた
だいています。本年中には当面導入すべき技術についての最終的な審議をいただけるよう、
現在準備を進めているところです。』
【なぜ、日赤はリボフラビンを選択するのか?】
 筆者は以前より主張しているように、この問題を最終的に解決するのは、「本当の」ステーク
ホルダー(利害関係者)である現場の医療関係者、そして国民だと考えています。しかし、これ
には、正しく、十分な情報提供が大前提です。しかし、プレスリリースの不活化技術自体に対
する情報提供も十分とはいえません。最大の問題点は、不活化技術は複数あり、その中のど
れを選択するかの議論が必要であるにもかかわらず特定の方法の採用を明言してしまってい
ることです。
 血小板輸血に適応可能な不活化技術は主には以下の2つがあります。
(詳しくは下平滋隆氏のMRIC 2008年2月26日 臨時 vol 20 「輸血による悲劇を繰り返さな
いために (5)」に説明があります。) http://medg.jp/mt/2008/02/-vol-20-5.html
1. リボフラビン(ビタミンB2)を添加し、紫外線照射(265-370 nm, UVA+UVB+UVC)を
する方法
2. ソラレン(レモン、セロリなどの食品に多く含まれる化合物)誘導体を添加し、紫外線
(320-400 nm, UVA)を照射する方法
 前者は米国ガンブロ社が開発し(現在はガンブロ社から分離したCaridian BCT社が開発)、
後者は米国シーラス社が開発しています。両者を含む不活化技術の総論は最近刊
行されたTransfusionのSupplementに良くまとめられています。[1]
 ソラレンを用いた不活化技術によって、血小板製剤の保存期限は4日から7日に延びます。
なぜならば、この方法は保存中の細菌増殖も抑制可能だからです。食べ物にたとえると「真空
パック」とか「防腐剤」といったイメージです。もし、保存期間が延びれば、輸血の充足して
いる地域から、不足している地域に血液をまわすことが容易になります。一方でリボフラビン
による不活化技術はソラレンによるものより病原体を殺す効果が低く血小板を活性化するため、
血小板の保存期間の延長は望めません。それはリボフラビンによる不活化はUVCを含む紫外
線照射に頼っているからです。[1]リボフラビンによる不活化技術には血小板製剤の保存期間
を延長させる効果がないにも関わらず、プレスリリースで日赤はリボフラビンによる方法を重
点的に検討すると表明している一方でソラレン誘導体による不活化技術については全く触れ
られていません。このことに筆者は納得できません。日赤はこの理由を国民や医療関係者に
説明する必要があります。
【世界的にはソラレンが主流】
 日常的には主に欧州でソラレン誘導体を用いる不活化技術のみが採用されています。[1]
ソラレン誘導体を用いる不活化技術はEU16カ国、東南アジア諸国ではすでに承認されていま
す。中国、韓国でも審査を行っている最中です。これらの国々のうちでベルギーでは不活化を
義務づける法律(国王令)が最近発表されました。ドイツのPEI(生物製剤の規制当局)は各地
の血液センターに対し、新型インフルエンザ流行地域への旅行歴があるドナーの献血も製剤
の病原体不活化を行えば認める指示を出しました。フランスはソラレン誘導体による不活化を
採用するセンターを増やし来るべきインフルエンザの大流行の際に供給不足に対処していま
す。スイスのSwismedicもソラレン誘導体に承認を与え対応できるようにしています。一方、
米国はこの不活化技術に関して比較的慎重です。しかし、その米国でも治験が既に終了し、承
認申請がされています。現在、米国で薬の審査を行っているFood and Drug Administration
 (FDA)は不活化技術を導入する際にはリスクとベネフィット(利点)を十分に見極める必要
があると表明しています。[2]新型インフルエンザの再流行に備える米国で、FDAがどのよう
な判断を下すか興味深いところです。日本ですが、血液事業を独占する日本赤十字社が不活
化技術の導入を検討はしていますが、治験は行われていません。
 もし、日本だけが異なる技術を採用するとグローバルな副作用調査に参加できない、つまり
海外の副作用情報を参考にできないという事態になり、孤立する危険性があります。リボフラ
ビンの技術を採用した場合は懸念が高いことを開示する必要があります。
【不活化技術の安全性】  div>

 さて、不活化技術の限界として以下の記載がプレスリリース(別紙)にあります。
『病原体低減化(不活化)技術は幅広い種類の病原体を低減できますが、すべての病原体を
不活化できるわけではなく(脂肪膜に包まれていないウイルスや方芽菌には低減能が弱い)、
特にその病原体が多いときには不活化できる保証がありません。また、病原体低減化(不活
化)技術は血液に新たに薬剤を加えて処理することから、その薬剤により副作用、発癌性な
どの長期毒性が危惧されています。さらに、血小板や凝固因子の機能に低下が見られ、この
機能低下を補うための使用量の増加による安定供給に影響が出ることが考えられます。この
ように病原体低減化(不活化)技術の導入に際しては、そのメリットとデメリットを十分に考慮
して導入する必要があります。(中略)しかしながら、血小板製剤は他の製剤と比べて、細菌感
染により重篤化するリスクが高いこともあり、病原体低減化(不活化)技術の導入については
優先的に取り組んでいます。』
 まず、不活化技術が病原体の低減において万能ではないのはその通りです。その証拠に
血小板製剤の不活化を行っても永久保存できるわけではありません。しかし、今回はインフル
エンザに感染拡大に際して保存期間が4日から7日に延びることが重要なので、このことが、
不活化技術を導入しない理由にはなりません。
 つぎに、プレスリリースに記載のある副作用の懸念について考えてみましょう。輸血には投
与時のアレルギー反応や、肺障害などの短期的な副作用と、発がんなどの長期的な毒性があ
ります。
 まず、短期的な副作用ですが、ソラレン誘導体を使用した不活化技術は海外では30万例を
超える輸血例がありますが不活化技術により副作用が増えたというような報告は今のところあり
ません。その副作用を評価する研究でも、不活化を行わない輸血と副作用は変わらないと報
告されています。[3, 4]
 次に毒性です。まず、ソラレンですがレモンやセロリの他にもグレープフルーツ、パセリ、三つ
葉、イチジクなどの植物に多量に含まれる物質です。普段食べているものに含まれているも
のが毒になるとは思えないというのが筆者の素朴な感覚ですが、実際に、ソラレン誘導体を
使用して不活化された血小板製剤の毒性や発がん性を評価した様々な研究からは、今の時
点で心配するような毒性は報告されていません。[5]
 一方でこれからの課題もあります。まず人種差により副作用の出方が異なる可能性です。
(ただし、今のところ、海外においてそのような報告はありません。)そして、長期毒性に関して
は、現時点では心配する必要があるものは報告されていませんが、何十年後のことは誰にも
分かりません。これらの問題の答えは、日本で治験を行ったり、市販後の調査を長期で行った
りしないと答えが出ない問題です。つまり、新型インフルエンザの流行拡大が着々と進んでい
る現時点では、いまのところ、これ以上は明らかにできない問題です。このことが導入をしな
い理由にはなりませんが、これらが潜在的なリスクになる可能性があることは国民に説明す
る必要があります。
【不活化した血小板は品質が落ちる?】
 日赤の主張している通り、ソラレン誘導体を使用した不活化技術によって血小板製剤の品
質が落ちるのでしょうか?これにより使用量の増加による安定供給に影響が出るのでしょう
か?筆者は、今回の日赤の説明には科学的な根拠が不十分であると感じています。
 まず、プレスリリースにある凝固因子の低下は大きな問題にならないと考えます。確かに、
出血した際に止血するためには、血小板の他に血漿中にある凝固因子といわれる物質が大
きな役割を担っています。そして、血小板製剤は血漿に血小板自体が浮かんでいる状態で供
給されます。ただし、この血漿部分は血小板の保存のための補助剤であって、通常、血小板
輸血は血漿成分を補充するのではなく、血小板を補充するために使用します。本来血漿は
ほかの用途があるのでそちらに使われるべきものです。血漿や凝固因子を補充したいときに
は他の製剤があり、それらは凍結保存できるため血小板製剤に比べればはるかに長期保存
が可能なものばかりで血小板に比べれば在庫調整の余地が遙かにあります。
 次に、血小板自体の品質について考えてみましょう。確かに、ソラレン誘導体を使用した不
活化処理を施行することにより、10%弱の血小板をロスすることは、日赤の提出したデータや
海外からの報告でも指摘されています。[2, 6]しかし、これが実際の使用量を増やすことになる
のかどうかは別の問題になります。血小板輸血は血中の血小板を一定の値に維持するのを
目標に行われるため、血小板の増加量が90%に減少した際にも臨床的には問題にならないこ
とも多いと想定されるからです。実際に、海外での使用経験からは、血小板使用量の増加に
はつながらなかったという報告がされています。[2]日本に導入された際には市販後調査をし
て十分な検討をする必要があるとはいえ、この問題が不活化技術を導入しない理由にはなら
ないと筆者は考えます。
【日赤は十分な情報開示と国民が納得のいく説明を】
 日赤がこの段階でプレスリリースという形で国民に向けて情報提供したことは評価すべきだ
と思います。しかし、ここまで議論をしてくると、プレスリリースで提供されている不活化技術に
関する情報は、科学的な議論に耐えうるものではないと言わざるをえません。まず「導入しない
ことありき」で作られたのではないかとさえ印象をあたえる内容です。
 リスクに関しては特に十分な科学的な議論が必要です。まず、いままでの海外のデータでど
こまで安全性が担保されているのかについての見解を日赤は説明する必要があります。その
上で、それでも明らかになっていない安全性の懸念については、国民に十分に情報を提供が
必要です。これができてはじめて、『メリットとデメリットを十分に考慮して導入する』ことが可能
になります。
 繰り返しになりますが、説明する先は、審議会ではありません。あくま
MRIC Global

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