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Vol.183 異状死体と警察届出の正しいあり方 ~死亡診断書記入マニュアルの改正をうけて~

医療ガバナンス学会 (2015年9月11日 06:00)


諫早医師会副会長
満岡渉

2015年9月11日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


社会の高齢化が進み、わが国は多死社会に突入しつつある。死亡の増加は、看取りの増加であり、医師の業務の中で看取りの重要性は今後飛躍的に増加する。適切な看取りを行うためには、死亡診断に関する正確な知識が不可欠だが、とくに医師法21条に基づく警察届出のあり方については、いまだに誤解が多い。今春、死亡診断書記入マニュアルが改正され、診療関連死・外因死の警察届出について画期的な変更がなされたのだが、ご存知でない方も多いと思う。本稿ではこの改訂を紹介しつつ、医師法21条の解釈について概説する。

1.医師法第21条と関連文書

<医師法第21条>異状死体の届出義務
医師は、死体又は妊娠4月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない。
<厚労省・死亡診断書記入マニュアル:平成27年度版から削除された文言>
・「異状」とは「病理学的異状」ではなく、「法医学的異状」を指します。「法医学的異状」については、日本法医学会が定めている『異状死ガイドライン』等も参考にしてください。
・また、外因による死亡またはその疑いのある場合には、異状死体として24時間以内に所轄警察署に届け出が必要となります。
<リスクマネージメントマニュアル作成指針:国立病院の独法化に伴い失効>
医療過誤によって死亡又は傷害が発生した場合又はその疑いがある場合には、施設長は、速やかに所轄警察署に届出を行う。

2.診療関連死・医療過誤・外因死は異状死体か

医師法21条は、本来司法上の便宜のために、殺人、傷害致死、死体損壊、堕胎などの犯罪の痕跡をとどめた死体を警察に届け出る法律だ。しかし、過去20年、異状死体の解釈をめぐって不毛で不幸な混乱があった。診療関連死・医療過誤・外因死を警察に届け出なければならないという誤解・曲解である。この誤解・曲解は、厚労省のミスリードに始まり、その修正を怠った不作為で遷延した。

1994年日本法医学会は、「異状死ガイドライン」を発表し、診療関連死、外因死、不詳の死を、医師法21条で定める異状死体に含めることを提言した。死体臓器移植の臓器を確保するためだったといわれている。これをうけて厚生省(当時)は、1995年版死亡診断書記入マニュアルで、異状死を判断する際、この「異状死ガイドライン」を参考にするよう指導した。これが「診療関連死」に警察介入を招く最初の動きだが、この時点ではまだ、医療事故が刑事事件として立件されることは稀だった。しかし、1999年の横浜市大事件(患者取り違え)、広尾病院事件(消毒薬誤注射)といった重大な医療事故・事件を経て事態は変わる。2000年、厳しい世論に反応した厚生省は、国立病院の「リスクマネージメントマニュアル作成指針」で、医療過誤による死亡・傷害を警察へ届け出るよう指導したのだ。これを機に医療現場から警察への届出は急増し、年に数件だった医療事故の立件送致も90件超に膨れ上がる。この「異状死ガイドライン」「死亡診断書記入マニュアル」「リスクマネージメントマニュアル作成指針」が、いわば警察届出の3点セットであり、その法的根拠とされたのが医師法21条である。

当然ながら警察の介入によって医療現場は困窮した。診療関連死が起こるたびに犯罪として捜査されては医療をやっていけない。2002年の日本外科学会等の声明を皮切りに、警察の代わりとなる新たな中立的専門機関の創設を求める声が医療界から上がる。この機関が医療行為の過失を判定し、重過失のみを警察に通報するというしくみだ。これが医療事故調の議論の発端である。このように歴史的経緯として、医療事故調の創設と医師法21条の警察届出とがバーターであったことは留意する必要がある。今般の事故調査制度は医療安全を目的としたもので、当時議論されていた過失判定型のものではないが、“医師法21条問題が解決していない以上、事故調を旧来の過失判定型(=大綱案型)に戻すべきだ”と主張する論者が一部にいるからだ。しかしそれは事実に反する。医師法21条問題は解決済みであり、大綱案型事故調必要論は根拠を失っている。

3.外表異状説の確定と21条解釈の正常化

医師法21条を誤解・曲解して医療現場への警察介入を招いた3点セットに対し、21条解釈を正常化した4点セットとでもいうべき出来事を挙げる。「広尾病院事件最高裁判決」、「田原医事課長発言」、「田村厚労大臣答弁」、「死亡診断書記入マニュアルの改正」である。ただし後3者は広尾判決を追認したに過ぎないので、実際は、医師法21条の解釈問題は広尾判決で決着している。同最高裁判決(2004年4月)で“医師法21条にいう死体の「検案」とは、医師が死因等を判定するために死体の外表を検査すること”と明確に判示されたからである。医師法21条で定められているのは死体の外表の異状であり(外表異状説)、医療過誤など死に至る過程の異状ではない。すなわち、同法で定義されているのは「異状死体」であって、「異状死」ではない。

広尾病院事件の判決のポイントは、主治医に21条の届出義務が生じたのは何時かという点だ。2002年1月の地裁判決では、届出義務が生じたのは患者が死亡した時であるとしたが、2003年5月の高裁判決はこれを破棄し、届出義務が生じたのは病理解剖の時点であるとした。2004年4月の最高裁判決はこの高裁判決を支持したのだ。患者死亡時と病理解剖時では何が違うのか。主治医は、患者の死亡時に既に医療過誤(看護師がヒビテンを誤注射した可能性)を認識していたが、病理解剖の時点で、初めて明確に遺体の外表異状(ヒビテン注射による右前腕の変色)を認識したのである。最高裁判決は、外表異状を認識した時に異状死体の届出義務が発生したと認定したのだ。この判決は、死亡の原因が医療過誤であると認識していたとしても、外表を検査して異状がなければ異状死体ではないことを示している。なお、手術痕など医療行為による外傷は当然ながら外表異状に含まれない。

残念ながらこの外表異状説は長く医療界に認知されず、厚労省も、警察の介入によって医療現場が困窮していることを知りながらその周知を怠っていた。しかし医師であり弁護士でもある田邉昇氏や、東京女子医大事件の被告人だった佐藤一樹医師らの熱心な活動により、2012年10月厚労省医政局医事課長の田原克志氏は、「医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会」で、“医師が死体の外表を見て検案し、異状を認めた場合に警察署に届け出る。これは診療関連死であるか否かにかかわらない。検案の結果、異状があると判断できない場合には届出の必要はない。”と述べるに至った。田原発言は、厚労省が従来の21条解釈を事実上撤回したことを意味する。

さらに2014年6月、参議院厚生労働委員会で、田村憲久厚労大臣も先の田原発言を追認し、外表異状説を明確に認めた。このように司法(最高裁判決)、行政(厚労省)、立法(国会)の見解が一致しているのだから、外表異状説は100%正当・正統な解釈であり、そこに異論を差し挟む余地はない。
そうすると、1995年以降死亡診断書記入マニュアルに記載されていたふたつの文言“「異状」とは「病理学的異状」ではなく、「法医学的異状」を指します.「法医学的異状」については、日本法医学会が定めている『異状死ガイドライン』等も参考にしてください”と、“外因による死亡またはその疑いのある場合には、異状死体として24時間以内に所轄警察署に届け出が必要となります”には法的根拠がないことになる。これらふたつの文言が削除されたのが、本稿冒頭に述べた今年度版の死亡診断書記入マニュアルの画期的変更だ。これは橋本岳厚労政務官の尽力によるものらしい。また3点セットのうち、国立病院「リスクマネージメントマニュアル作成指針」についても、国立病院の独法化に伴って既に失効したとの厚労省の見解が伝えられている。このように名実ともに医師法21条問題は決着しているのである。

診療関連死や医療過誤死ほど注目されないが、外因死の警察届出が死亡診断書記入マニュアルから削除された意義もまた大きい。外因死は、病死・自然死(老衰死)と不詳の死以外のすべての死を指し、その範囲は広い。死亡診断書には外因死として、「交通事故、転倒・転落、溺水、煙・火災および火焔による障害、窒息、中毒、自殺、他殺」などが示されており、超高齢社会において外因死は決して少なくない。自殺・他殺はともかく、転倒・転落・誤嚥による死亡を警察に届け出ていては現場の業務に大きな支障をきたす。外因死が警察届出から切り離されたことで、高齢者の医療・介護の現場を蔽っていた暗雲のひとつが晴れたといえよう。

4.医療過誤は民事で

上に述べたのは、診療関連死や医療過誤死を隠すということではない。当然ながら遺族に、迅速・誠実に事実を説明せねばならない。そのうえで必要があれば謝罪し、賠償する。原則として医療事故は示談を含む民事で解決すべきである。もちろん医療過誤による死亡が業務上過失致死罪で刑事事件になることはありうる。これは主に、1.遺族が告訴した場合、2.警察がメディアなどの情報から覚知した場合である。医療過誤死であっても遺族が謝罪と賠償で納得すれば刑事事件化しないし、わざわざ事件化させる必要はない。同じ医療過誤事故でも、刑事事件化する場合としない場合があるのはこのためである。なお、メディアに公表して新聞・テレビ沙汰になると、ほぼ例外なく遺族感情は悪化し、当事者の人権は損なわれ、紛争が激化して解決困難になることは知っておくべきだろう。

昨年4月の国立国際医療研究センター病院のウログラフィン誤投与事故は、外表異状がなかったから警察に届け出る必要のない事例だった。しかるに同院は事故当日に警察に通報し、2日後にはわざわざ記者会見をしたため、事故当事者の医師は被告人となり、個人情報がネット上に晒された。今年7月医師は有罪判決を受けたが、判決前から医師の人権は理不尽に蹂躙された。同院の対応は医療安全目的としては問題外だが、紛争処理のあり方としても最低最悪であった。自院の医療安全体制の不備を棚に上げ、若い医師をスケープゴートにしたといわれても仕方ないだろう。事故直前まで同院の院長であった木村壮介氏が、その責任をとることもなく、来る医療事故調査制度の中核を担う医療事故調査・支援センターの常務理事に就任したことには呆れるほかない。木村氏には能力的にも道義的にもその資格はないと思う。
なお、外表異状がなければ警察に届け出ないのであれば、毒殺やガス中毒など本来警察の捜査対象になるべき事案の発見が遅れるではないかという議論がある。これは的外れだ。毒殺やガス中毒の疑いがあれば、医師法21条に関係なく、市民の良識として警察に通報すればよい。

5.おわりに

医師法21条の解釈問題は、広尾病院事件の最高裁判決で解決している。しかし、その事実が認知されるには長い年月を要し、混乱の中で医療事故調大綱案という鬼っこが危うく生まれかけたこともあった。今般の死亡診断書記入マニュアルの改正は、その決着の最後のワンピースといえる。医師法21条問題が解決していないという誤った認識に基づいて、旧来の過失判定型(=大綱案型)の事故調を創設すべきだという議論が、まだ医療界の一部にくすぶっている。亡霊に怯えて藪をつつくのは、もう止めた方がいい。

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