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Vol.198 福島県いわき市の医療問題の原因と一般市民が果たすべき役割

医療ガバナンス学会 (2015年10月6日 06:00)


スイスMidokura社
小柳 正和

2015年10月6日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


東日本大震災以降、福島県いわき市の医療環境は厳しい状態が続いていると言われている。総合商社やベンチャー企業にてITや通信ビジネスを手がけてきた私がいわき市の医療環境を意識することになったきっかけは、震災より前の2009年に思いがけず末期癌になった私の父をいわきの自宅で看取った経験に遡る。
2008年秋、父はステージIII Bの肺がん宣告を突然受けた。間もなく父はいわき市内の大きな病院で抗がん剤治療を開始した。父の闘病生活を受け、当時私は東京都内の総合商社社員であったが毎週末に高速バスで東京いわき間を往復した。ある日、主治医から私たち家族に話があった。父にこれ以上の治療を施しようがなく、またこの大きな病院は治療するための施設であるということだった。つまり終末期に突入したため転院を奨められたのだ。喜怒哀楽が豊かだった父はがん宣告後は家族が驚くほど冷静で感情を剥き出すことはなかった。だが転院の話に父の落胆は大きかった。信頼していた医師から見放されてしまったという感情からだった。あらゆる選択肢を家族で話し合った。Quality of Lifeを考慮した結果、母が介護休職を取得して父を自宅で看取ることとした。

誤解を生む表現かもしれないが、2009年5月にこの世を去った父から人が死にゆく姿を見せてもらえたことで学ぶことは多かった。地方においては高度治療を受けるための選択肢が少ないということは覚悟していた。だが私にとって衝撃的だったのは「安らかに人生を終える場所を得る」ということが現実的に難しい問題だということだった。自宅で昼夜看護する母と姉の肉体的、精神的及び経済的な負担は小さくはなかった。当時は本格的な高齢化社会の到来前であったが現実を目の当たりにして私は危機感を覚えた。高齢化が進んだ近い将来にはいわきの医療環境がさらに悪化し、市内で十分な医療サービスを得ることが難しくなるのではないかと考えたのだ。2011年の東日本大震災、原発事故を経て私の危機感は顕在化し、大きな社会問題となった。

震災から既に4年半が経過し、いわき市内の一部の民間医療機関では経営努力で状況改善が図られている。しかしながら市全体を階層化された一つの医療提供システムとして捉えたとき、状況がほとんど改善していないのに気づく。私は外から見ていて苦々しく思っていた。実は父の死後、仕事とは全く別で、週末を使って医療関連の勉強会に参加するようになっていた。出会った友人たちと議論し、酒を酌み交わし、Skypeで語り合いながら地域医療問題を自分の中で整理し続けていた。もはや私の知的好奇心を満たす趣味の一つであった。いわき市の行政や医療機関で現場を担う人たちと議論する機会ももった。私はこれらの議論に加え、厚生労働省やいわき市が公表しているデータを分析することによっていわき市の医療環境について客観的な裏づけも探った。民間企業が通常行うマーケット分析手順を個人として草の根的に進めていったのだった。

この8月22日(土)にいわき市で開催されたNPO法人タタキアゲジャパン主催の「第一回 『ハマコン(浜魂)』:浜通りを変えるアクションを参加者全員で応援するプレゼンイベント」に私が登壇する機会があった。ちなみに「浜通り」とは福島県の東部、太平洋沿岸の地域の総称である。聴衆は10代の高校生から20代/30代の若い世代を中心とした一般市民だ。そこで私は若い市民に対していわきの医療問題に当事者として関心を持つべきだと語りかけた。同時に東北で3番目の大都市圏であるいわき市の医療環境の課題と原因を示した。
リサーチから結論付けた私の課題設定は「市民に対して夜間休日救急を含めた適切な医療の提供を継続するため、医師や看護師を始めとする医療従事者が疲弊している」ということとした。現場の医療従事者は一生懸命取り組んでいる。しかし需要に供給が追いつかない。だからこそ疲弊しているのだ。その原因は単に医療従事者が不足しているからではない。いわき市では「圧倒的に」医療従事者が足りないのである。2012年のデータによるといわき市の単位人口あたりの医師数は全国平均よりも30%も低く、単純計算で200人程度医師が不足している。しかも医師の高齢化が進んでいるのだ。2012年のいわき市の医師の平均年齢は全国平均よりも12%も高い55.4歳で、40歳未満の医師の割合もわずか14.29%(全国平均は30.78%)であった。疲弊するのも当然だ。
さらに注目すべき点は、現在のいわき市の医療環境の悪化は東日本大震災や原発事故による影響が原因ではないということである。2012年のデータを震災前年の2010年のデータと比べても全国の自治体との相対比較にほぼ変化はなく、いわき市の医療環境はデータが存在する2000年以降徐々に悪化の一途を辿っていた。単年ごとの変化は小さいが10年単位でみると大きな変化(悪化)となっていく。民間企業がこのような経営をすればいずれ破綻し、経営者は株主から訴えられかねない。ここが若い一般市民が行政や医療機関の判断に依存するのではなく当事者意識を持って欲しいポイントである。いわゆるガバナンスであり、且つ民間企業や一般市民が積極的に行政や医療機関をサポートすべきと私が考える所以である。観察されている現象に対する原因はそこにあるのだ。なおいわき市や公立病院が公表している予決算についての私の見解はここでは省略する。

門外漢の私がこのような行動をしていることについて疑問を抱く人も多いかも知れない。私は都内在住の身でいわき市の納税者でもない。ただ私はいわき市出身者であり、家族が暮らす街の医療を含めたライフラインの確保は当事者として気になるのだ。正直言って私がこんな面倒そうなことを言い出す必要はない。他の誰かがやってくれればいい。しかも私は医療従事者ではなくビジネスの視点しか持ち合わせていない。だが市民一人ひとりは破綻の許されない自治体の経営当事者である。50年後の未来を今この瞬間に少しずつ創り上げているのは他でもない若い一般市民である。私がいわきでの医療体験やビジネスで用いる手法を伝え、データを用いて状況を客観的に説明する。そのことでいわきの若い市民が行政や医療機関に頼り切るのではなく当事者として何らかの行動を始めるきっかけになれば私は嬉しいのだ。賛同する若い仲間がいわきで集まっているのは喜ばしい限りである。

小柳 正和
スイスMidokura社  Vice President of Corporate Development
福島県いわき市出身。福島県立磐城高校、慶應義塾大学理工学部電気工学科、フランスHEC Paris School of Management (MBA) 卒業。伊藤忠商事を経て現職。

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