医療ガバナンス学会 (2015年10月16日 06:00)
※このコラムはグローバルメディア日本ビジネスプレス(JBpress)に掲載されたものを転載したものです。
http://jbpress.ismedia.jp/search/author/%E5%90%89%E9%87%8E%20%E3%82%86%E3%82%8A%E3%81%88
吉野ゆりえ
2015年10月16日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
そして、東京大学大学院経済学研究科の松井彰彦教授の「社会的障害の経済理論・実証研究」のプロジェクトメンバーとして、長期療養者の当事者研究をさせていただいています。
「長期療養者の当事者」というのは、私が「肉腫(サルコーマ)」という希少がんに罹患してから10年が経ち、その間に、19度の手術、5度の放射線治療を経験し、そして現在、初めての抗がん剤治療を受けているからです。
ここで、がん患者の長期療養者の当事者からの意見を述べさせていただきたいと思います。
◆都営地下鉄駅でもらえるヘルプマーク
「そのマークはどこで手に入れることができるのですか?」
勤務先である東京大学医科学研究所の最寄りの駅に降り立った時に、初老の女性に突然後ろから声をかけられました。
「これは東京都が配布しているもので、都営地下鉄の駅務室に行けばもらえますよ」
いきなりのことに少し驚きながらも、私はそう答えました。
ここで言う「マーク」とは、赤い長方形の中に白い十字とハートマークが描かれている「ヘルプマーク」のストラップのことです。私は現在、そのストラップを通勤バッグの見えるところに付けています。
聞けばその女性には足に障害があり、「障害者手帳」を持っていらっしゃるそうなのですが、一見そうとは見えず、必要としているにもかかわらず、なかなか席を譲ってもらえないとのこと。
なので、電車内で私の付けているヘルプマークのストラップを見て、以前から欲しいと思っていたこのストラップを手に入れたいと、私に声をかけたそうなのでした。
自他共に認める、がんばり屋? ちょっと無理をする? タイプの私は、現在進行形のがん患者でありながらも、周りの方々に「患者扱い」をしていただかないように、できる限り元気に明るく生きるよう努めてきたと思います。
周りにいる方々は、「一緒にいると患者であることを忘れる」「普通の人よりも元気」、と口々にそう言います。
◆外からは見えない疾患
しかし、これまではそれで良かったのですが、体調の悪化により、さすがに「少し周りの方々にサポートしていただいてもいいかしら?」と、私自身が考えるに至る時が来たのでした。
それは、今年の6月の初め。肺転移をしていた悪性腫瘍が大きくなって気管を塞ぎ、右肺が無気肺(空気が入らない状態になること)になったのでした。
普通に歩くだけで息苦しく、少しでも急ぐものなら息が上がり、それが治まるまでには何分もかかる状態でした。毎日通勤をするのが、本当に苦しく、一苦労でした。
「通勤中、少しでも座席に座ることができたらありがたいなぁ」
そう思うようになりました。また現在は、抗がん剤治療は通院治療が主流になってきています。通勤だけでなく、治療を受けながら副作用と闘いながらの病院への通院にもつらいものがあります。
そこで、以前から気になっていた「ヘルプマーク」のことを調べてみると、全国統一ではなく東京都独自のものらしく、私にとっては都営地下鉄の駅務室が最も手に入りやすい場所でした。
そこで自宅の最寄り駅の駅務室に行き、このマークのストラップを予備も含め2つ手に入れました。駅員さんはとても親切に対応してくださいました。
このヘルプマークの趣旨は、「義足や人工関節を使用している方、内部障害や難病の方、または妊娠初期の方など、援助や配慮を必要としていることが外見からは分からない方々が、周囲の方に配慮を必要としていることを知らせることで、援助を得やすくなるよう、作成したマークです」とのこと。
早いところでは平成24(2012)年10月から、このマークの配布や優先席へのステッカー標示などが実施に移されています。
あれから4カ月、私は常にヘルプマークのストラップを通勤バッグの見えやすいところに付けています。しかし残念ながら、電車やバスで席を譲っていただいたことは、1度もありません。
◆可愛らし過ぎるマーク
1度だけ、立っていた女性の方に「大丈夫ですか?」と声をかけていただいたことはあります。これは、その女性の方がヘルプマークを付けていた私を見ていたら、あまりにも苦しそうにしていたので声をかけてくださったようでした。
その方は、このヘルプマークの存在と意味を知ってらっしゃったことになります。また、このマークを付けることによって、優先席座席が空いていた際に、自分から座ることができるようにはなりました。
友人は、「ゆりえさんは一見元気に見えるし、それに、そのマークが可愛いので飾りにしか見えない」と、言います。これが問題なのだろうと考えます。
ヘルプマークの趣旨にもあるように、「援助や配慮を必要としていることが外見からは分からない方々が、周囲の方に配慮を必要としていることを知らせること」が重要です。そのためには、マークは可愛い必要はなく、一目見てそうと分かることが大切です。
そして、そのマークを周知させることが必要だと考えます。これらを鑑みると、現在の優先席マーク(かつてのシルバーシートのシンボルマーク)が全国的に展開され周知されているので、この優先席マークのストラップを全国統一で作成し、必要な方々が身に付けるのが、今のところ最善だと考えています。
実は、今朝の通勤風景には、哀しいものがありました。私は優先席のエリアに立っていたのですが、通勤中の一見健康な方々(中には、そうではない方もいらっしゃったかもしれません)が優先席座席に座り、全員が携帯をいじっているか、携帯から音楽を聴いていました。
そのエリアに立っていたのは、ヘルプマークを付けた私と、マタニティマークを付けた妊婦さんの2人でした。
これまでは、「優先席付近では携帯電話の電源をお切りください」と、電車内でアナウンスがありました。なので、携帯をいじりたければ、優先席座席以外に座ろうとしたものです。
しかし、総務省が、昨年の3月には、ペースメーカーに1センチ未満の距離から携帯と無線LANの電波を同時に当て、「影響なし」とする実験結果を公表しました。今年の6月には、「実際に影響が発生するとは限らない」との文言を指針案に盛り込みました。
◆10月1日、優先席で電源オフのアナウンスはなくなる
この指針を受け、鉄道各社が、「優先席で電源オフ」は求めない方向でルール変更を検討する、とのニュースが流れました。それ以降、優先席座席に座って携帯をいじる方が増えたと感じています。
ペースメーカーを付けた患者さんに影響がないのであれば、それは良いことだと考えます。しかし、これまでそれを理由に優先席という「聖域」だけは避けてきた健康な携帯ユーザーの方々が、堂々とその「聖域」に押し寄せてきて座っているのは哀しく思います。
JR東日本など関東甲信越・東北の鉄道事業者37社・局は9月17日、鉄道車内の優先席付近での携帯電話使用マナーを見直し、従来は「優先席付近では電源オフ」を呼びかけていましたが、10月1日以降は「混雑時には電源をお切りください」に変更すると発表しました。
関西圏では、総務省の指針改正を受け、すでに昨年変更をしていました。また、車社会である地方では、このような問題認識はあまりないのかもしれません。
まもなく「優先席付近で電源オフ」は正式になくなります。優先席で携帯を堂々と使える時が来ます。しかし、だからこそ、今一度、本来の「優先席」の意味を考えてみていただきたいのです。
「優先」ですから、空いていればどなたが座ってもいいはずです。しかし、本当に必要とする方々がいらっしゃった場合は、「少し」の勇気と思いやりを持って席を譲っていただけたら、本当にありがたいと思います。
そのためには、必要とする方々自身もマークのストラップを付けるなどの意思表示をすることが大切です。その「少し」の勇気が、席を譲ってくださる方々への思いやりなのだと考えます。
そう思って、そして「啓発」の意味も込めて、今日も私はヘルプマークのストラップをバッグに付けて通勤しています。
しかし、啓発だけでなく実用のためには、今こそ、誰もが認識できる「全国統一の優先席マークのストラップ」を作成し、援助や配慮を必要としている方々が身に付けることを、提案させていただきたいと思います。
希少がん「肉腫(サルコーマ)」患者。2015年2月に「10年生存」を達成。その間に、19度の手術と5度の放射線治療を経験し、現在初めての抗がん剤治療中。東京大学医科学研究所研究員。東京大学大学院経済学研究科・松井班「社会的障害の経済理論・実証研究」プロジェクトメンバー。星槎グループ特任講師。「いのちの授業」講師。ブラインドダンス講師。元ミス日本、など。ブログはこちら。
大分県出身。筑波大学国際関係学類卒業。東京アナウンスアカデミー、専攻科卒業。大学在学中に「ミス日本」を獲得。大学卒業後、社交(競技)ダンスのプロとしてダンスの本場英国に10年間留学。世界的なトッププロダンサーとして国内外で活躍。2002年に現役引退。
2006年の24時間テレビ『愛は地球を救う』より、ウリナリ芸能人社交ダンス部特別講師&ブラインドダンス教師として、テレビに出演。08年5月、自らが「忘れられたがん」と呼ばれる希少がん「後腹膜平滑筋肉腫」に侵されていることを、2時間のドキュメンタリー番組『5年後、私は生きていますか?』(日本テレビ系)でカミングアウト、『いのちのダンス~舞姫の選択~』(河出書房新社)を出版。