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Vol.208 医師の公的言論に対する検閲・自主検閲の禁止

医療ガバナンス学会 (2015年10月19日 15:00)


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この原稿は、月刊集中11月号掲載予定です。

井上法律事務所 弁護士
井上清成

2015年10月19日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


1 あらかじめのお断り
最初にお断りしておく。本稿の想定例は、筆者が弁護士として代理人活動をしている事例に着想を得ているので、読者の中には何の事例かを想起される方もあるかと思う。しかし、個別具体的事例の事実関係と法的評価は当該個別具体的事例の代理人活動の中で明らかにされるべきことであると思料するので、そのような趣旨ではないし、本稿は当該個別具体的事例に即して述べたものでもない。あくまでも一般化抽象化した想定例として、極く一般的・抽象的な法律論の基礎知識を述べるものである。そのような一般的抽象的法律論としてお読みいただきたい。あらかじめ、お断りする次第である。

2 検閲・自主検閲の禁止
日本国憲法第21条は、第1項において「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。」と規定し、この表現の自由を受けて、第2項において「検閲は、これをしてはならない。」とも規定した。検閲の禁止の定めである。
公権力が行う検閲の概念については、過去、各種分野にわたって諸々の定義・合憲違憲の争いがあった。実は、必ずしも一義的に明瞭な概念ではない。しかし、最低限いいうることは、公権力(国、地方自治体が典型)には裁量権の範囲の逸脱は許されていない、ということである。
さらに、いわゆる自主検閲といわれるものも、特に現代においては問題であろう。公権力そのものが行うわけではないが、公権力に示唆され、または公権力の思惑を慮って、民間の私人が自主的に民間の他の私人をいわば検閲するというものである。いわゆる検閲の仕方には諸々の手立てが存在し、実質的に考察しなければならない。

3 学校医への検閲の禁止
公立小学校の学校医が、校内での健康診査の結果、児童に動物性脂肪の摂取過多が見られ、その摂取源を追究したところ、学校給食における牛乳・乳製品に主な原因があると認識したため、その旨の栄養指導を小学校や父兄に対して行った。ところが、文部科学省の通達では牛乳・乳製品の給食を勧めていたので、通達を慮った教育委員会が栄養指導での当該重要部分を削除した上で、学校保健委員会での栄養指導の報告書を父兄に配布したとする。
そうだとすれば、学校給食の見直し議論のための大前提たる情報提供の重要部分の削除は、憲法第21条第2項に定める「検閲の禁止」に違反するので、憲法違反の行為とも認定する余地があるであろう。もちろん、医学的には諸々の見解の対立があるであろうし、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)交渉妥結による畜産農家等の打撃にさらに重ねたダメージに対する保護の必要もある。しかし、学校医、もっと一般的に医師が、その医学的知見を患者や児童・父兄や住民・国民や地方自治体・国に対して情報提供するのは、議論の大前提として必要不可欠であろう。これこそが表現の自由の価値であり、検閲禁止の立法趣旨である。
公権力は,「民はよらしむべし、知らしむべからず」ではいけない。

4 勤務医への自主検閲の禁止
民間病院の勤務医が、公権力を司る公務員の非違行為や行政のあり方を歯に衣着せぬ物言いで、積極的にメールマガジンなどに投稿していた。すると、公務員に示唆されるか、公権力を慮るかした民間病院が、「なお、既に繰り返し指示してきたところですが、爾後、メール、メールマガジン、記者会見等、手段の如何を問わず、厚生労働省及び県に対する一切の非難行為を厳に慎むことを命じます。」との指示命令を当該勤務医に発し、挙げ句の果てに当該勤務医を指示命令違反として懲戒解雇処分にしたとする。
もちろん、そのような理由で解雇予告の除外認定が労働基準監督署で認められるわけもないし、それだけの理由で懲戒解雇処分が有効なわけもない。しかし、ここで重要なことは、病院対勤務医の労働関係自体ではなく、労働関係を借用して公的言論を封殺しようとして自主検閲が行われたと捉えうることである。形式的には公権力による検閲ではないけれども、実質的に考察すれば、公権力の意向を汲んだ民間病院による私人たる勤務医に対するいわゆる自主検閲かも知れない。
もしもいわゆる自主検閲に当たるとしたならば、日本国憲法第21条は直ちにそのまま直接適用はされないけれども、第21条の趣旨を濃厚に充塡した上で、当該指示命令や懲戒解雇処分の違法性が検討されねばならないのである。公権力による検閲はもとより、現代においては特に、私人による私人に対するいわゆる自主検閲こそが、その憲法上における問題性を増しているように思う。

5 医師の公的表現の自由
以上、二つの想定例をもとに、検閲の禁止と自主検閲の禁止の一般的抽象的な法律論の筋道を述べた。医師は職業の性質自体が公共的で公益的なだけに、どうしても公共的・公益的な事項に関わらざるをえない。というより、少子高齢化社会の到来などが医師の公共的・公益的使命を一層拡大させている。必ずしも有効適切な処方箋を提示できていない厚生行政の現状を踏まえると、なおさら一層、医師の公的言論の役割拡大に拍車がかからざるをえない。
当然、批判・非難されたり、対案を突きつけられる公権力の公務員とすれば、不興に思うであろうし、事実、大変でもあろう。しかしながら、「よらしむべし、知らしむべからず」の如くに短絡的に走ってはならない。厚生行政に関わる公権力の公務員は、諸々の立場の医師の公的言論を尊重して上手くこなすことが大切である。
本稿では医師の立場として、たまたま学校医と勤務医の想定例を挙げたが、もちろんこれらに限られず、多種多様の諸々の立場があろう。諸々の立場から一人の私人たる医師達が積極的に公共的・公益的な言論活動をすることこそが大切であり、それが直ちに国民すべての利益となる。公権力はそれらを阻害する検閲をしてはならないし、公共的・公益的存在である病院や医師達の一部が公権力を慮って逆に公共的・公益的な言論活動をする医師達を自主検閲してはならない。

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