医療ガバナンス学会 (2015年10月30日 15:00)
一般財団法人 医薬品医療機器レギュラトリーサイエンス財団
理事長 土井 脩
2015年10月30日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
2-1副反応検討部会のより柔軟な運営
厚生労働省が事務局となり、主に集積データについての説明が副反応検討部会では行われているが、同部会で扱う資料は多く、資料説明と実質審議の時間配分については改善の余地があると思われる。またデータの詳細について問われるような場合、事務局から企業に確認が必要なために持越し案件が生じるようなことは、副反応検討部会の効率を下げる結果となり、意思決定の迅速性を損なうことは国民にとって最大限の安全性確保がなされている状態とは言い難い。
事務局は効率的な会の運営を検討すべきである。事前に説明会資料を公開するとともに部会メンバーに対してデータの説明を実施し、データについての疑問点を事前に質すような機会を設けるなどの工夫により、公開実施される副反応検討部会を実質的に議論の場として運営することも可能であろう。また、情報収集を実施している企業を副反応検討部会に参考人として招致し、必要に応じて質問された事項についてその場で回答する、または、少なくとも評価会議までに回答を行うなどの対策により、迅速性も確保されるものと思われる。症例の詳細に話が及ぶ可能性から個人情報等への配慮も考慮し、これらの事前質問の場については非公開とすることが望ましい。加えて、このような非公開の事前質問であれば、電話会議などのシステムを利用することで、多忙な先生方であっても参加しやすくなると考える。
また、前述した「適切な情報提供の実施」に関連して、本部会検討資料が公開情報であることに留意した資料作成を検討すべきである。例えばACIP(米国予防接種諮問委員会)においてリスクの検討を行う場合には、ベネフィット情報を合わせて掲載し、第三者であっても容易にベネフィット・リスクの比較結果が理解できる資料がよく用いられているが、副反応検討部会においてはリスク情報のみが資料化され、部会の結論も明確にならない資料のみが掲載される。議事録を参照することで、一部これらを補足することは出来るが、部会に関して発信されるマスコミ等からの情報は多かれ少なかれ誤解を生じうる内容となっている。
2-2 適切な情報提供の実施
近年のIT技術の進歩に伴う媒体の多様化により、誰もが容易に情報を発信し、情報を収集することができるようになった。しかし、必ずしも明確な根拠を持った情報だけが発信されているとは限らない。十分な妥当性が確保されていない情報も氾濫しており、入手した情報の妥当性の判断は情報を受け取る側に一任されている状況である。日本ではワクチンの接種は努力義務であり、被接種者の意思が最終的には尊重される制度をとっている。しかしながら、その判断のために必要な、妥当性が政府により確保された情報を、明確にわかりやすく、かつ多様な媒体で政府として提供する取組みについては、十分行われているとは言えない
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ワクチンに関して多くの誤った情報が流布しており、何が明確な根拠を持った情報なのかについて多くの被接種者やその保護者にとっては判断しがたい状況にある。本来であれば根拠が十分ではない情報が発信されている場合には、政府として訂正を求めるべきである。しかし、情報の氾濫に対してそのすべてに対応することが現実的ではないとすれば、根拠不十分な情報の氾濫を防ぐため、国が明確かつ妥当性が十分確保された情報を迅速かつタイムリーに発信する必要がある。安全性や有効性に関わる科学的データの妥当性については、国が中立的立場でわかりやすい情報として迅速に提示することが重要である。
たとえば、CDC(米国疾病予防管理センター)はウェブサイトで、被接種者及び保護者向けにワクチンのリスクとベネフィットをわかりやすく簡潔にまとめて公表している。また、メディア等で根拠不十分な情報が流れた場合には、必要に応じて明確な根拠を持った情報に気付かせるような記事も掲載される。たとえば日本においても、国立感染症研究所などの公的機関が中心となって、国民がワクチンの有効性や安全性についてワンストップで情報を得て理解することができるサイトをつくることは非常に重要であると考える。同時に、情報伝達において重要な担い手となるメディアが、これら公的機関が発した情報を科学的にかつ適切に理解することがリスクコミュニケーションの上で重要な点となる。国民に正しく情報が伝わるよう、国立感染症研究所が中心となり、スポークスパーソンを置き、積極的にメディアへ「背景を含めた適切な情報提供」を行うことが望まれる。
また、近年情報氾濫の影響は、日本国内にとどまらず海外にも容易にネットを介して伝搬する。日本国内の安全性情報について鍵となるデータ、たとえば副反応検討部会資料の総括部分等については、「明確な根拠を持った情報」をグローバルの共通言語である英語でも掲示し、グローバルレベルで発信してゆくことが、ICH3極の一翼を担っている日本の規制当局として重要な責務であると考える。
3.教育の充実
3-1医療従事者への予防接種法および医薬品医療機器法の周知徹底
副反応の疑い情報の報告は医療の向上にとって必須であり、医療従事者側の重要な責務であるが、実際には多忙を理由に情報提供を拒否される場合も多々ある。このように情報が不十分である症例の蓄積は、検討内容の解釈を困難にするだけではなく安全性モニタリング体制そのものに対しての信頼性に影響を及ぼしかねない。
情報収集にあたり、医療従事者側が記入しやすい質問票を用意するなどの工夫等ももちろん必要ではある。しかし、同時に、医療従事者が、副反応情報収集において重要な役割を果たす存在であることを認識し、情報提供についても重要な責務であることを認知してもらうことも課題であると考える。特に、定期接種ワクチンについては、報告が「義務」として明確に記載された。しかしながら、多忙を理由に情報提供を断られる場合もある現状に鑑みると、その趣旨の医療現場における周知徹底が不十分と言わざるを得ない。
医療従事者が予防接種法及び医薬品医療機器法について教育を受ける機会が十分であったのかを見直すべきである。副反応に関する情報提供は医療の向上にとって必須であり、医療従事者側の重要な責務であることは、医療の現場に出る前に十分認知すべきことである。また、報告制度の実際の流れ、その評価に関する考え方の基本を教えることも必要であろう。安全性情報の迅速な報告を促し、またそれらの情報の集積データを活用する上でもこれらの知識は重要である。その観点からは、既に現場に出ている医療従事者に対しても、少なくとも法改正などのタイミングの際に生涯教育の一環として教育を行い、報告制度やその意義について周知徹底を図るための枠組みを作るなどの工夫が必要である。
3-2副反応評価の専門家育成とその活用
個別症例の評価と集積データの評価では異なるスキルが必要となる。ある事象が副反応であるかどうかを検討する場合には、医学的(医学的エビデンスをもって機序が説明しうるものか)、時間的(体内動態等を勘案し曝露から発生までの時間的関連性が妥当であるか)、地理的(特定地域や特定医療機関に報告が集中しているようなことがないか)妥当性を勘案する必要がある。
ワクチンの場合、主反応、副反応ともに、免疫反応を介する。抗原やアジュバント成分についての体内動態以上に、免疫反応に関する分子生物学的・生理学的知識が副反応の医学的妥当性の評価には必要となってくる。
わが国では各分野についての「専門家」は存在するものの、特に疫学分野については専門家の数は十分とは言い難く、疫学分野の専門家育成もさることながら、「免疫学・分子生物学・生理学の知識を持ったワクチン学に精通した疫学者」を長期的展望のもとに「副反応学」の専門家として育成することを国が意識して取り組むべきである。
3-3 ワクチンに関する学校教育の充実
国民全体に対する義務教育並びに医療関係者等への専門教育におけるワクチンに関する教育を充実することにより、国民は国から出される「ワクチンのベネフィット・リスクに関する情報」を正しく理解できるようになると考える。
日本では定期ワクチンであっても、努力義務であり接種義務ではなく、被接種者の意思が最終的には尊重される制度をとっている。しかし、被接種者及びその保護者が最終的に判断するためには、判断に必要な「情報」と、その情報を評価するための「基礎知識」が必要となる。そのためには、ワクチンのベネフィット・リスクを判断するための基礎的な知識(予防接種の個人および社会における意義、接種に伴うリスク、医薬品やワクチンはゼロリスクではないこと)をしっかりと付与することも国が行うべき施策であると考える。国の施策に関する事でもあり、国民全体が理解すべきことであるという観点から、特に小中の義務教育の場でこれらの基礎的教育をしっかりと行える体制を作ることも重要な施策であると考える。
また、医療従事者の教育においても、ワクチン教育が十分に行われているか、今一度確認すべきである。医療従事者は、接種を実施するとともに、その副反応をとらえて医学的観点から報告を行う担い手でもある。予防接種の個人および社会における意義、接種に伴うリスクを被接種者及び保護者が最終的な意思決定を行う場において疑問を持っていたときに、その疑問に対して解答する責務を医療従事者は期待されており、基本的な作用機序、予防接種制度、副反応がおこる機序や頻度などの情報を、一連のつながりを意識しながら、深く理解する必要がある。
文部科学省並びに厚生労働省の協働作業に期待したい。