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Vol.216 <第5回 提言>我が国のワクチン副反応報告制度および安全対策関連のインフラ整備に関する提言-その1

医療ガバナンス学会 (2015年10月30日 06:00)


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一般財団法人 医薬品医療機器レギュラトリーサイエンス財団
理事長 土井 脩

2015年10月30日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


はじめに

予防接種政策は、国内における感染症関連疾病の一次予防の要である。しかしながら、日本の予防接種に対する取り組みは、1990年代以降長く消極的な状況が続いてきた。その間に様々な新規ワクチンが開発され、海外とのワクチンギャップが問題となった。近年、ようやく海外で導入されていたワクチンが国内で承認を得るようになり、また、2013年の予防接種法改正により、海外で定期接種として導入されているワクチンが日本においても同様に定期接種されるようになってきている。

しかし、ワクチンの「種類」や「品揃え」という観点では、海外に近い状況に改善されてきている一方で、予防接種の安全対策に関する環境が十分整ったとは言いがたい状況にある。予防接種に関連する情報を効率よく収集、評価、発信するための仕組み作りにおいてはまだ改善の余地があり、それにより無用の混乱が生じている状況にある。特に、自発報告の取り扱いや安全性評価の枠組みについては、日本が予防接種に対し消極的であった期間に、社会情勢やITの発達などに即して予防接種関連の様々な環境やインフラを整えてきた海外に比べて、多くの課題を残している状況にある。

また、新しいワクチンの導入に際しては、頑健な安全対策関連のインフラが整備されていることの重要性は特に大きいものがある。よって、我々は以下の点を、医療関係者、ワクチンの専門家、行政関係者、医学教育関係者等をはじめとした国民全般に対して提言したい。

平成27年9月24日
一般財団法人 医薬品医療機器レギュラトリーサイエンス財団
会長 寺 尾 允 男

 

1.法律関係の整備

1-1 正しい用語の使用
当財団が2014年9月2日付でまとめた第4回提言(わが国の医薬品安全対策を科学的なものにするために―当局及び企業への提言―)で述べているように、日本における副作用の定義とICHE2Dで規定されている定義とは内容が異なっており、定義上、企業や行政に自発報告されている症例報告は「副作用の疑い」である。ワクチンにおける副作用を示す用語である「副反応」も同様に、予防接種法に基づいて報告される症例報告は「副反応の疑い」のある報告である。

ワクチンに関する安全性情報の評価は、ワクチンの副反応を検討する場として設立された副反応検討部会(正確には、厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会副反応検討部会と薬事・食品衛生審議会医薬品等安全対策部会安全対策調査会の合同開催)において、基本的に公開の形で検討されている。しかし、実質的にここで検討している情報が「副反応」ではなく医薬品医療機器法では「副作用の疑い」、予防接種法では「有害事象」であるにもかかわらず、公開文書上では「副反応」報告として扱われており、報道等で情報が伝わる際には、会議で検討されている症例のすべてが「副反応」ととらえられ、伝達されてしまうことで、国民に無用の不安や誤解を与え、安全対策上の混乱を生じさせているのが現状である。
公開文書上の記載および部会の名称を含め、適切な表現を再度検討することにより、医療従事者及び国民に情報を正しく理解していただき、安全対策上の混乱を防ぐことは重要であると考える。

1-2 報告制度の目的の明確化
現在、予防接種法と医薬品医療機器法とでは、自発報告(正確には、前者は後述のようにsolicited(依頼に基づく)な報告制度である)の報告基準が異なっている。

予防接種法では定期接種ワクチンの特定事象についてリスク期間に発生したものについては、重篤性や医師の因果関係評価にかかわらず全例を報告することになっていることから、実質的には有害事象報告となっている。

またあらかじめ懸念される事象について、報告用紙に定義を定めており、本来の自発報告(unsolicited:依頼に基づかない)というよりも、solicited(依頼に基づく)な報告制度と解釈できる。一方、医薬品医療機器法上の医師等による副作用報告については、因果関係が疑われたものについて、かつ保健衛生上の危害の発生又は拡大を防止する観点から報告の必要があると報告者が判断したものが対象になっており、両報告制度から得られる情報の性質は自ずから大きく異なっている。

ワクチン接種が定期化され、予防接種法での報告が加わると、二つの制度により異なる報告基準で報告された症例が集積することになるが、データの統合・比較が不可能で重複症例の可能性も排除できない。実際、副反応検討部会での報告データも、データを統合することができないためやむを得ず別個にデータを集約して提示している状況である。このようなデータの提示の仕方は両者で医療機関からの報告基準が異なるという法的背景についての知識を十分持たない一般の国民には難解である。そのため、様々な誤解から報道等で複数の異なる数字が報告され、国民にとって真実の数字がわからず、混乱や無用の疑いや不安を引き起こしている現状がある。

これらのことを勘案すると、収集目的が異なる制度を一本化することが困難であれば、これら報告制度の目的を明確に説明した上でその目的に従った評価をそれぞれで行うべきと考える。長期的公衆衛生や医療経済を勘案して施策として実施される定期接種では、予防接種法による「副反応の疑い報告」はあらかじめ懸念される症状を網羅的に捉えることが1つの目的であろうが、それを最大限有効に活かすためには正しい分母情報も合わせて収集できるような管理体制が不可欠である。そのための管理体制については次項で提言する。

医薬品医療機器法による自発報告制度については、医薬品の世界ではよく知られているように、例えばある施策が執り行われた前後(ワクチンでは定期接種化前後、あるいは懸念されるシグナルの公表など)では、自発報告の報告割合は大きく影響されるため、真の頻度変化をとらえることが難しく、科学的に安全対策の効果を検討する上では限界がある。しかし、自発報告制度からのデータは広く安全性シグナルを捉えるという観点から安全性モニタリングの要であり、モニタリングをより科学的かつ適切に行うことはワクチンの安全性管理において重要な事項であると考える。また、医学的に明確でかつ医療従事者や国民が理解しやすい情報発信の上でも、両制度の目的を明確に説明しておくことは必須の事項であると考える。

1-3 ワクチン接種履歴の管理体制の構築
予防接種による感染症流行防止の効率は接種率と密接に関係しており、公衆衛生の観点では、接種率や接種履歴は重要な情報である。また、実施が自治体に任せられているとはいえ、リスク管理の基本である施策のPDCAサイクル注1)を回す主体は自治体ではなく政府機関にあるはずであり、国内の接種率は政府機関にとって重要な情報である。また医療機関等にとっても接種率情報や接種履歴情報は重要であり、国民にもタイムリーに提供されるべきである。

しかし、現在、予防接種の記録については、適切なデータベースが整備されていない。予防医療は健康保険の対象外であることから、レセプト請求等の形でデータとして残ることもなく、レセプトデータベースを利用した情報収集も非常に困難な状況にある。また、公費助成が行われている予防接種についても、自治体毎に台帳管理されているものの、その形式、媒体等は様々である。政府が接種率を把握するためには自治体等からのデータ提供を受ける必要があり、全国的な接種率についてタイムリーにかつ自動的に状況把握を行うことは難しい。

また、ワクチンの「今年度の実施率」については予防接種台帳から情報を得ることは可能であるが、たとえば現在25歳の女性集団が過去に風疹ワクチンを接種したかなどのように、「現在その地区に居住しているある年代が過去に受けた予防接種の接種率」を把握することは大変困難である。このような情報は、各自治体が追加接種の必要性などの施策を検討する際に必要な情報である。
大学進学や就職などの人生の節目に転居することは決して珍しい事ではなく、20年前の小児ワクチン接種の対象となった0歳接種集団と現在その地域に居住している20歳集団は異なる集団となっており、自治体がこれらの情報を把握する事は現時点ではかなり難しい。自治体が解決を模索しても難しく、国が積極的にインフラを整備する必要のある部分であると考える。

また、長期的な接種記録の保持を個人に依存している現状についても改善の余地はあろう。母子手帳等が小児ワクチンの接種については接種歴の記録媒体としての役割をある程度担っているが、あくまでも個人の備忘録としてしか活用されていないのが現状である。また母子手帳が活用されないような年齢層、たとえば高齢者を対象とした予防接種も近年増えてきているが、このような予防接種については個人の記憶に依存するところも大きい。不要な追加接種はベネフィットとリスクのバランスの観点からも可能な限り避けるべきものであり、その観点から接種履歴の管理については個人の情報保持に依存するのではなく、系統的に行われるべきものと考える。

上記の目的を考慮すれば、例えばマイナンバー注2)を用いて、接種履歴について一元的かつ長期的な把握と管理を行うことができるよう、電子化した接種記録を自治体毎ではなく国が一括して管理する「ワクチン接種記録レジストリ」として整備すべきであると考える。現行の構想においても、住民票などの情報との連携を通じ、各自治体における各年齢群の定期接種ワクチンの既接種率をリアルタイムにとらえることができ、また被接種者本人がその情報を確認できるようになるなどの有用性が考えられる。

このような個人レベルでの接種履歴管理は予防接種後の副反応の分母情報となり得ることや接種後長期追跡結果も入手可能となり、施策の前後の副反応等の発現頻度の比較にも大きな役割を果たすと考える。一方、現行の構想では、任意接種情報や有害事象情報は管理されないため、マイナンバーを用いて診療録(カルテ)との連結を可能にするなど他の情報との連携も視野に、科学的な安全対策を行うインフラとして、その価値を最大化すべきである。
注1)一連の活動を、それぞれPlan−Do−Check−Actionという観点から管理する枠組みを指す。
注2)平成27年10月より導入予定である、複数の機関に存在する個人の情報が同一人の情報である
ことを確認するために住民票を有する全ての方に1人1つ付与される番号のこと。

1-4 予防接種後健康状況調査の充実と有効活用
予防接種後健康状況調査とは、適正かつ最新の予防接種後の健康状況に関する情報を広く国民に提供するとともに、予防接種後副反応の発生要因等に関する研究の一助とすることにより、有効かつより安全な予防接種の実施に資することを目的として1996年4月に開始された、各ワクチンについての接種後の健康状況を確認するプロスペクティブな調査である。

本調査結果は厚生労働省のホームページで公開されている。しかし、本情報の存在に関する国民の認識率の向上や、本調査結果の有効利用、たとえば調査結果に基づいた情報資材の作成・公表などについては、多くの改善の余地があると思われる。また、予防接種後健康状況調査実施要領に基づくと、実施年度の翌年度12月頃には情報のまとめが公開されるべきところ、2015年8月現在で、2012年度の予防接種後健康状況調査・副反応報告書(案)が副反応検討部会の資料として公開された状況である。

このような有益な情報は是非とも公開が必要であり、最新情報を広く国民に提供するという目的を果たす上では、より迅速な情報提供が必要である。各ワクチンの調査項目をみると、その多くが注射部位反応、発熱、発疹、下痢、嘔吐といった、いわば特定されたリスク(必ずしも「重要」とは言いがたい)に近い事象の詳細を確認するものとなっている。また、被接種者の背景因子をほとんど確認しない本調査では、発生要因に関する新たな仮説を立てることも難しい。

本調査にも意義がある。例えば発熱の頻度をワクチンのメーカー別、ロット別に算出することが可能であり、製造工程上の問題を特定できる可能性がある。また、予防接種後副反応報告制度が導入されるまでの自発報告が十分収集することが出来なかった時代には、この調査の重要性は高かった。しかしながら、予防接種後副反応報告が義務化された2013年の予防接種法改正以降には、その存在意義もある程度変容しているはずであり、予防接種法の改正と併せ、法的枠組みも含めてあり方についての検討が行われるべきである。ワクチン接種記録レジストリが無く、医療情報データベースも使えない現状をふまえると、前項で提言した接種履歴管理が国レベルで構築できるまでは医療従事者及び国民が本調査を充実し有効活用できるよう、すなわち科学的かつベネフィット・リスク評価に資するものとなるよう、制度等を見直してゆくことが重要であると考える。

1-5健康被害救済制度の整備
セーフティーネットの整備と運用は、国民の「安心」にとって重要な要素である。任意接種ワクチンについては医薬品副作用被害救済制度、定期接種ワクチンについては予防接種健康被害救済制度がワクチン接種による副反応についてのセーフティーネットとなっている。しかしながら、これらの制度が十分に活用され、国民から満足されているとは言い難い。認知度の低さも原因ではあるが、救済申請から実際に給付の判断が下されるまでの時間がかかることも要因の一つであろう。

副作用と思われる事象の治療中の被接種者及び保護者がタイムリーにこれらの制度に対して申請を行ったとしても、その結果が出るまでに時間がかかり、金銭的サポートが必要なときにそれが受けられないのでは、国民の側からすると必ずしも望ましい制度であるとは言えない。審議中にも費用は発生しつづける場合もあり、心身の負担だけでなく経済的負担をもかけてしまう事態となることは避けるべきと考える。

また、現在は二つの救済制度の間での給付額・給付範囲等が異なっている。そのため、同じワクチンであっても、国としての位置づけが任意接種ワクチン、定期接種ワクチンのどちらであったかによって、給付額・給付範囲等が異なる。国の施策として努力義務を課している場合とそうでない場合により、同じワクチンであっても給付額・給付範囲等が異なることは、二つの救済制度が、医薬品医療機器法と予防接種法、それぞれ異なる法律に基づいていることを知っていれば理解できるが、被接種者側から理解を得ることは困難と思われる。最終的に同一の制度とするのが国民理解の点からは望ましいと考えるが、それが難しい場合には、接種前に被接種者及び保護者に救済制度について十分説明し、理解が得られるような情報提供活動が必要であると考える。

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