最新記事一覧

Vol.226 震災避難民をおそう「寝たきり」の恐怖

医療ガバナンス学会 (2015年11月11日 06:00)


相馬中央病院非常勤整形外科医
石井武彰

2015年11月11日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


「あぁもう限界。」「いやぁ、やったことないから難しいわぁ。」
相馬市の仮設住宅では一風変わった健康診断が行われました。ここでは一般の健康診断にあわせて、高齢者を対象とした体力測定を行っています。受診者の笑顔と賑やかな雰囲気が、ともすれば殺風景な健診会場を活気のあるものとしています。

相馬市は福島第一原子力発電所からおよそ40km北に位置する自治体です。東日本大震災では沿岸部が津波による甚大な被害をうけました。また山間部においては、避難区域として指定はされませんでしたが、原発事故に伴う放射能汚染が生じています。市の中心部では津波の直接被害は無く、震災前とほぼ変わりない生活が営まれているのにくらべ、仮設住宅では生活環境が急変し健康を損ねている方も少なく有りません。医師でもある相馬市長は、被災者の健康対策に力を入れており仮設住宅健康診断を定期的に実施しています。そして健康促進の一環として、2012年より仮設住宅で実施される健康診断に体力測定を導入しました。

私は東日本大震災後の2012年の1年間、当時所属していた大学院を休学し福島県相馬市の民間病院で整形外科医として勤務しました。大学院復学後も非常勤の医師として診療に相馬市に通うかたわら、整形外科医の視点から被災者の健康診断や復興支援に関わっています。11月12日、冒頭の体力測定の結果が英文医学誌Preventive Medicine Reportsで発表され[1]、仮設住宅住民では明らかに足腰の力が衰えていることがわかりました。一番の原因は仮設住宅生活にともなう生活習慣の変化から身体を動かす機会が減ったことに有ると考えられます。足腰の衰えは転倒そして要介護のリスク因子となり寿命を縮める可能性も指摘されています。仮設住宅生活にともなうリスクの一つとして啓発そして対応が求められます。

今回の発表では65歳以上の高齢者で、仮設住宅住民を対象とした体力測定の結果と、一般住民を対象とした体力測定の結果を比較しています。仮設住宅での体力測定は、2012年7月におこなわれた仮設住宅健康診断に併せて実施されました。一般住民を対象とした体力測定は、同年9月から10月にかけておこなわれた特定健康診査、後期高齢者健康診査に併せて実施されました。それぞれ207人、1683人の方が受診しています。

体力測定の項目として「握力」、「バランス」、「歩行能力」を測定しました。「握力」は握力計を用いて測定しました。「バランス」は、目を開けて両手を腰においた姿勢で何秒間片脚立ちができるかを測定しました。「歩行能力」は椅子に座った姿勢から、立ち上がって3m先の目印を回って椅子に戻り、座るまでの時間を測定しました。それぞれ2回測定して良い値を結果として採用しています。「バランス」は15秒未満、「歩行能力」は11秒以上が体力低下の指標とされています。

仮設在住高齢者では、「バランス」および「歩行能力」で体力低下と判定された割合が、一般高齢者の約2倍という結果でした。「バランス」で体力低下であったのは、仮設在住高齢者の約60%に対して一般高齢者は約30%。「歩行能力」で体力低下であったのは仮設在住高齢者の約8%に対して一般高齢者は約3%でした。特に「バランス」においては年齢のばらつきを考慮した統計学的解析でも差がある(偶然ではない)と判定されました。仮設住宅で体力測定を実施している際に、あまりに成績が悪いことに戸惑いを感じたことを覚えています。

仮設在住高齢者の成績の悪さは、仮設住宅生活にともなって身体を動かす機会が減ったことが一因となっていると考えました。仮設住宅の世帯あたりの面積は30㎡弱であり、「半径3mの生活」と自嘲する人もいます。「家じゃ畑してたんだけどな」「掃除する部屋もへって家事が減ったんだ」と家でじっとしている時間が増えているようです。病院の患者さんからは、「介護ベッドを置くと他に何もおけなくなる」といった悩みも聞こえてきます。周辺環境の変化も影響が有るようです。「震災前は散歩してたんだけど、仮設の周りは散歩しても気がめいるからな」と運動を止めてしまったという人もいます。また多くの仮設住宅は市街地から慣れた場所に建設されて、買い物等の移動も基本的には車での移動となり生活の中で体を動かす機会が減少しています。

今回の震災の特殊事情として原発事故による失職もあげられます。仮設住宅には沿岸部の漁業関係者も多数生活しています。2012年当時、放射能汚染への不安から本格的な漁は再開されておらず、仕事で身体を動かしていた人が家で時間を持て余している話も聞こえてきました。農業従事者に置いても、作付けを控えて家で過ごしていたという方もいます。実際に外来患者さんで、1年ぶりに耕運機を動かそうとした所、思うように動かせずに転倒して背骨を骨折してしまった方がいます。「(耕運機は)慣れた操作だったのに、身体がなまっていたのかもしれない」と気を落としていました。失職に伴う身体活動の低下という要因も見逃せません。

一方で、「握力」は仮設在住高齢者が一般高齢者より強いという、「バランス」や「歩行能力」と一見矛盾する結果なりました。仮設高齢者の握力平均値は男性35.2kg, 女性23.7kgに対して、一般高齢者の握力平均値は男性32.2kg, 女性21.3kgでした。年齢のばらつきを考慮した統計学的解析でも差がある(偶然ではない)と判定されています。これは下肢の筋力が低下し、上肢の筋力は保たれていることを示唆します。

この矛盾が生じた理由として、仮設高齢者は震災前より一般高齢者より「握力」が高かった可能性を考えています。仮設住宅に避難しているのは、津波で家を失った沿岸部の住民の方がほとんどです。震災前は漁業関連の体を動かす仕事をしていた方が多く、少なくとも震災前に「握力」を含め体力が一般高齢者より弱かったとは考えにくいです。また「バランス」や「歩行能力」の低下が疑われる中、「握力」だけあがったと考えることにも疑問を感じます。ベッドで寝たきりになった人でも上肢筋力は比較的保たれやすいとの過去報告もあり、今回の結果と矛盾しません。

今回の結果を受けて、相馬市は高齢者の体力維持・増進に寄与する公園を整備する計画でいます。また相馬市社会福祉協議会のメンバーが市内4カ所ある仮設住宅を毎日訪問しており、定期的にお茶会を開催しています。お茶会では住民同士の「交流の場」となるように活動が展開されていますが、そのなかで運動不足解消のための運動も取り入れられています。地域の理学療法士も介護予防講演会などで積極的に地域住民に啓発活動を行っています。また仮設住宅では今回の結果の説明会をかねた運動教室も複数回開催されています。

今回の体力測定は筆者が当地で整形外科診療をおこなうなかで気付いた問題意識から始まりました。仮設住宅の患者さんとの会話の中から、「家じゃ何にもしてねぇ」、「まえは散歩してたんだけどな」など身体を動かさなくなった話を多く聞いていました。足腰の力が弱ることによる転倒・骨折のリスクが高まっていると思いました。また相馬市には骨折した時に手術可能な施設が公立相馬総合病院のみでした。しかも、そこで常勤ではたらく整形外科医は一人という明らかな医師不足の状態でした。そこで転倒・骨折の予防が必要と考え、そのために体力測定を行って自分の体力に対して啓発をおこなうことが有効ではないかと思い至りました。

仮設住宅での体力測定には福岡豊栄会病院の旧知の理学療法士の力が大きな助けになりました。もともと仮設住宅での一般的な健康診断が計画されていましたので、同時に体力測定をおこなうことを相馬市長に提案したところ了承を得ました。そこで福岡豊栄会病院の旧知の理学療法士に相談したところ、手弁当で駆けつけてくれることとなりました。実際の健診では、体力測定をした後に、結果を踏まえて経験豊富な理学療法士あるいは作業療法士から個別に時間を取って日常生活指導を行いました。

実際の体力測定中に、測定結果が想定より悪いため首をかしげる事態となりました。体力測定の練習のため、整形外科手術後の入院中の患者さんで希望者を対象に、同様の項目を測定していたのですが、手術後の患者さんに比較しても、仮設住宅の測定結果が悪いように感じられたからです。集計の結果でも成績が悪いことがわかりました。相馬市長に報告したところ、一般住民と比較する必要を指摘され、特定健康診査、後期高齢者健康診査でも同様の体力測定を実施することが決まりました。その結果は前述のとおりです。

体力測定を行うことは、一部の方ではありますが行動変容のきっかけになったようです。自身の体力と向き合うきっかけとなり、後日受診した方から「散歩を始めた」、「近くのジムに通い始めた」、「バランスの練習してんだ」などの話を聞くことが出来ました。年齢に伴いなんとなく体力の低下を感じているひとは多いのですが客観的な結果を知る機会は限られています。健診の機会を利用して体力測定することは、近所の顔見知りや年齢平均の値と結果を比べることで、自分の体力を振り返る機会となります。子供の体力測定をおこなっているので大人も体力測定を実施してもおかしくありません。

また体力測定では病気という程では無いが、これから病気に向かうリスクのある「未病」状態の方を見つけることが出来る可能性があります。これらの方々は病気としては捉えられませんので、病院の診察室で出会うことはありません。しかし何らかの介入を行うことで元気に老いを過ごしてもらえる可能性が高まるかもしれません。超高齢社会に突入した日本では、病は未病の状態で食い止め健やかな老いを過ごしてもらう援助が有効と考えています。

健診での体力測定はその一つの方法になりうると思いますが、今回の経験から反省すべき点も有りました。まずは測定項目に再考の余地がありそうです。秒単位で測定する「バランス」「歩行能力」は結果のばらつきが大きい印象が有ります。次に、仮設住宅での成績が悪い原因として、身体を動かさなくなったことが一番の原因だと考えていますが、他の原因が有るかもしれません。そのほか、仮設住宅での体力測定ではリハビリ専門家による丁寧な個別指導が実施できましたが、特定健康診査、後期高齢者健康診査ではそこまでの対応は出来ませんでした。実現可能な方法を探って行く必要が有ります。また体力測定の効果も、今後取り組みが進む中で検証の必要が有ると思っています。

最後になりましたが、今回の論文でとりあげた体力測定は、相馬市職員、福岡豊栄会病院の他、瀬戸健診クリニック、星槎グループ、相馬郡医師会、公立相馬総合病院、相馬中央病院、相馬市社会福祉協議会、東京大学医科学研究所の皆様をはじめ、多くの健診支援者の御協力のもと実施されました。この場をお借りして厚く御礼申し上げます。

[1] Ishii T, Ochi S, Tsubokura M, et al. Physical performance deterioration in temporary housing residents after the Great East Japan Earthquake. Prev Med Rep. 2015;2:916-919

MRIC Global

お知らせ

 配信をご希望の方はこちらのフォームに必要事項を記入して登録してください。

 MRICでは配信するメールマガジンへの医療に関わる記事の投稿を歓迎しております。
 投稿をご検討の方は「お問い合わせ」よりご連絡をお願いします。

関連タグ

月別アーカイブ

▲ページトップへ