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Vol.227 現場の「当事者」だけでは医療費増大は止められない ~医療の充実を追求する一方で疎かにされる費用対効果~

医療ガバナンス学会 (2015年11月12日 06:00)


ただともひろ胃腸肛門科院長
多田 智裕

2015年11月12日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


◆9月3日に厚生労働省が発表した2014年度の概算医療費

http://www.mhlw.go.jp/topics/medias/year/14/dl/iryouhi_data.pdf

は40兆円に達し、過去最高となりました。
厚生労働省発表のデータの大きなポイントをまとめると、以下のようになります。
・調剤費用(7.2兆円)の増加率が2.3%と、診療費用の増加率1.6%を上回って高い。
・75歳以上の高齢者の医療費が1人当たり年間93万円と、75歳未満の1人当たり年間21万に比べて4倍以上の水準となっている。
・医療費増加率の都道府県格差がある。秋田県は前年度比マイナス0.2%なのに対して、千葉県はプラス3.1%となっている。
以上のことから、医療費を抑制(みんなが支払う健康保険料を削減)したいのであればやるべきことは次のようになるでしょう。

・調剤費用の伸び率を診療費並みに抑える。
・75歳以上の高齢者の医療費を削減する。
・都道府県ごとに競わせて格差が生じないようにする。
政府では安全保障関連法案が9月19日に成立したことを受けて、次の改革の焦点が医療に向けられています。しかし、最大の問題は政府の方針がはっきり見えてこないことです。
「医療の岩盤規制を打破する」とのスローガンは良いのですが、結局のところ医療費を削減したいのか、それとも高齢化社会を見据えて、ある程度医療費は増加させてでも医療の充実を図りたいのか──。
方針が曖昧なまま医療当事者たちで改革を進めさせると、費用対効果を無視して医療の充実を追い求めることになり、医療費の削減は行われません。

◆調剤費用の増加は自治体病院の再建の切り札?
2013年の話になりますが、兵庫県小野市の「北播磨総合医療センター」(三木市民病院と小野市民病院が統合)が建設される際に、病院前の門前薬 局用の土地が1坪1280万円(78坪=10億円)で、その隣の区画も1坪540万円(78坪=4億円)で薬局に落札されたことが話題になりました。
病院を建てる土地の坪単価は1坪5万円でしたので、病院用地取得費用(2万7000坪で約14億円)のほぼ全額(!)を薬局への土地売却によってまかなえたことになります。
病院案内地図

http://www.kitahari-mc.jp/1060/9306.html

を見ると門前薬局と病院がほぼ同じ敷地内に見えるという問題はさておき、このように老朽化した病院を新規移転建築する際には、薬局に土地を高額で売却して総工費用を大幅に削減することが可能なのです。
本来であれば、このような取引が行われることのないように、薬局の調剤料を抑制し、院外処方の規制を緩和して院内に薬局を誘致できるようにするべきだと思います。院外薬局は不便な上に、調剤料が上乗せされて高額になっています。
しかし、制度が変わらない以上、現場レベルとしては、このように土地を薬局に高値で売却することで病院赤字の補填を行うのがベストの方策となってしまうのです。

◆高齢者の自己負担率の低さが引き起こす問題
高齢者の1人当たり医療費が高いのは、ある程度仕方がないと言えます。しかし、75歳以上の高齢者の医療費が75歳未満の人の4倍以上もの水準となっているのはなぜでしょうか。
可能性が非常に高いと思われるのは、「1割」という高齢者の自己負担率の低さがその状況を後押ししていることです。
医療従事者側からすると、1割負担は通常の3割負担に比べると、同じ検査や投薬を3分の1の費用で提供できます。現場レベルでは、様々な検査や投 薬を「絶対に必要というほどではないが、念のためにはやっておいた方がよい」という状況が頻繁に発生します。その際、高齢者は様々な病気を抱えている可能 性が若年者に比べて高いこともあり、医師は「これくらいの費用で済みますから、やっておいた方が安心ですよ」と検査や投薬を丁寧に行ってしまう傾向がある のです。より良い医療を提供しようとする医師であればあるほど、おそらくそのようにするでしょう。
一例として、さいたま市の胃内視鏡検診(胃がん検診)を取り上げてみます。
さいたま市では、年1回の胃内視鏡検査を40歳以上の市民の方には1000円で、70歳以上の方には無料で行っています。
これに関しては、胃内視鏡検査ではなく、コストが大幅に安い「ABC検診」(血液検査で胃がんリスクを判定する検診)の導入が検討されたことがありました。しかし、専門の先生を招き研究会を開催し議論ところ、「(血液だけで判定する)ABC検診より、毎年胃内視鏡検査をやった方が良いに決まっている」と喝破され、現在の胃内視鏡検診が続いているのです。
ちなみに、今年から乳がん検診は2年に1回に、前立腺がん検診も2年に1回、80歳までと改正されました。医療当事者が改革を行うと、どうしても“より良い医療を“が先に立つため、この程度の改革スピードとなってしまうのです。

◆費用対効果のタブー視は続く
病院建設費用の補填を門前薬局から行うにせよ、胃がん発見率がわずか0.1%にすぎない胃内視鏡検診を続けるにせよ、「医療の充実」が最大の目標であれば、決して間違った選択ではありません。むしろ、現場は最大限の努力をしていると評価されるべきでしょう。
しかし、ここで欠けているのは「費用対効果」の概念です。医療費を削減したいのであれば、「保健医療2035」

http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/hokabunya/shakaihoshou/hokeniryou2035/

の提言通り、この概念を医療に持ち込むことが必須でしょう(参考「ちゃんと使えるWEB自動問診システムを作ってみた
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/44649   」)。
安全保障関連法案成立後の9月24日、安倍首相は記者会見を開き、「GDP(国内総生産)600兆円」と「介護離職ゼロ」の方針を打ち出しました。名目でGDP成長率が3%以上というのは実現性の乏しい前提であり、“費用対効果”を無視した政策と言わざるをえません。
これからも日本の医療において費用対効果の概念はタブー視しつづけられ、結果として、医療費の削減は行われないでしょう。しかし、それは国民にとっては決して悪いことばかりではないのかもしれません。

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