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Vol.228 英国で子宮移植が実施へ…出産の希望を満たす選択肢になる? 日本の現状は?

医療ガバナンス学会 (2015年11月13日 06:00)


この原稿は日経トレンディネットより転載です。
(イラスト画像を含むオリジナル記事はこちら↓)

http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/column/20151009/1066948/

大西睦子

2015年11月13日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


食、医療など“健康”にまつわる情報は日々更新され、あふれています。この連載では、現在米国ボストン在住の大西睦子氏が、ハーバード大学における食事や遺伝子と病気に関する基礎研究の経験、論文や米国での状況などを交えながら、健康や医療に関するさまざまな疑問や話題を、グローバルな視点で解説していきます。
女性の中には、先天的に子宮に問題を抱えていて、子どもを望めないケースもあります。これに対し、研究が進み、スウェーデンでは子宮移植による出産の成功例が報告されています。さらに先月、英国でも子宮移植が倫理審査で承認されて話題を呼んでいます。

◆英国で子宮移植が倫理審査により承認! 選択肢が増える?

2015年9月末、英国で10例の子宮移植が倫理審査により承認されたというニュースが、世界中で報道されました。これは2014年10月にスウェーデンで、世界で初めて子宮移植を受けた女性が妊娠・出産に成功した例に続くもので、英国では2016年春から子宮移植の臨床試験が始まります。移植が成功すれば、2018年初めに、英国初の子宮移植を受けた女性が赤ちゃんを出産する予定です。

英BBCによると、子宮移植チームを指揮するのはプロジェクトに19年間取り組んできた、ロンドンのクイーン・シャーロット&チェルシー病院の婦人科医リチャード・スミス博士です。

生まれつき子宮がない女性は、5000人に1人います。また子宮を持って生まれてきても、がんなど病気のために失う女性もいます。スミス博士は、「子どもがいないことは、カップルにとって不幸の要因になるかもしれません。(英国では)これまでは養子縁組か代理出産だけが選択肢でしたが、子宮移植は妊娠の可能性をもたらすのです」と話しています。

■参考文献
BBC「Womb transplants given UK go-ahead」

http://www.bbc.com/news/health-34397794

◆スウェーデンで2014年に世界初の成功例

スウェーデンでの子宮移植による妊娠、出産の成功例については、2014年10月6日に医学雑誌「The Lancet」の電子版に報告されています。

子宮移植を受けた35歳の女性(レシピエント=臓器を提供される人)は、ロキタンスキー症候群で、生まれつき子宮がありませんでした。子宮を提供した女性(ドナー=臓器を提供する人)は、2回の経腟分娩を経験し、約7年前に閉経した61歳の友人でした。

レシピエントは、移植した子宮への拒絶反応(レシピエントの子宮として受け入れられず、異物として排除されること)を防ぐために、免疫抑制剤を服用しました。移植から1年後に、体外受精で作成した胚を移植し、妊娠。妊娠中、胎児に異常はありませんでしたが、31週(※)で母体に妊娠高血圧症候群を認めたため、帝王切開で赤ちゃん(1775g)が産まれました。

※通常、出産予定日は妊娠40週0日を指し、妊娠37週0日~41週6日の間の5週の間に出産することを「正期産」という。

The Lancet

http://www.thelancet.com/journals/lancet/issue/currentc

◆移植した子宮は妊娠、出産後に摘出される

BBCによると、英国ではスウェーデンと異なり、ドナーは心臓がまだ鼓動している脳死状態の人が選ばれます。これは子宮を摘出する手術は複雑でリスクが高いためで、ドナー自身への影響を考慮してのことです。

子宮移植は以下のような手順になります。

1.ドナーの子宮をレシピエントに移植するための手術
2.移植後、レシピエントは移植した子宮の拒絶反応を抑えるために、免疫抑制剤を服用
3.移植後は約1年間、女性の健康状態を経過観察し、その後、女性自身の卵子とパートナーの精子を体外受精させてできた受精卵を子宮に戻す
4.順調に進めば、約8カ月後に帝王切開によって出産
5.拒絶反応のリスクを避けるため、出産後は子宮を摘出する。摘出前にカップルは2度目の妊娠の選択肢が与えられる
6.子宮がもはや必要ないと判断されると、外科チームにより子宮を摘出。レシピエントは免疫抑制剤服用の必要がなくなる

BBCのラジオ番組に対して、スミス博士は次のように語ります。

「子宮移植のプロジェクトを続けるうえで、長年、さまざまな危機に直面してきました。ただ、生まれつき子宮を持たない女性や、何らかの理由で子宮を失った女性に出会うと、本当に胸が張り裂けそうな気持ちになりました。その気持ちこそが、プロジェクトを推進できた動機です」

スミス博士の移植チームによれば、通常、子宮移植にかかる費用は5万ポンド(約900万円)ながら、彼らのプロジェクトは自己資金と公共の寄付によって支えられており、個人が費用を支払う必要はないそうです。

■参考文献

http://www.bbc.com/news/health-34401940

◆日本の子宮移植の現状は?

一方、日本でも子宮移植の実現に向けて、日々研究が重ねられています。

2013年には日本で世界初の霊長類への子宮移植が発表されました。

チームの中心メンバーである、慶應義塾大学病院産婦人科、木須伊織先生に、日本における子宮移植に関し、いくつか質問をしたところ、以下のように答えてくださいました。

まず、移植後の拒絶反応が問題になるのではないかという疑問に対しては、

「子宮が移植により拒絶されやすい臓器かされにくい臓器かは、まだ分かっていません。現時点では、もともと第三者(胎児)を受け入れるため、拒絶されにくい臓器だろうという意見や、腟を通して外界と接しているため免疫機構が多く存在し、拒絶されやすい臓器だろうという意見があります。

通常の生命維持臓器での臓器移植の場合、拒絶反応をきたして回復できないと、危機的な状況になります。これに対し、子宮は生命維持臓器ではないので、そのような状況は起きにくく、最悪のケースでも子宮を摘出すれば、救命はできるのではないかと思っています。

スウェーデンで行われた子宮の移植は、7例行われ、そのうち5例に拒絶反応が認められましたが、いずれも軽度のもので回復しています。ただし、妊娠中に拒絶反応が起きた場合は、胎児のことも考え、非常に慎重にならなければならないと考えています」(木須先生)

では移植したあと、子宮の生着(レシピエントの子宮として受け入れられること)は、どのように確認できるのでしょうか?

「臨床所見として、月経の回復。あとは子宮生検(組織の一部を切り取り顕微鏡などで調べる検査)を行い、組織を確認することだと思います。子宮が生着しても、妊娠に至らない場合に、レジピエントがどこまで移植子宮を持ち続けるべきかは、事前にプロトコル(手続き)で決めておく必要があるでしょう。

生命に関わる臓器ではないというのはメリットともいえますが、だからこそ免疫抑制剤のリスクや慢性拒絶反応のリスクのために、レシピエントが亡くなることは絶対に許されない移植です。免疫抑制剤を服用したことで、感染症にかかり亡くなる方もいらっしゃいますから、術後は慎重な管理が必要」(木須先生)

◆胎児に免疫抑制剤の影響はあるのか?

薬剤の影響はすべての妊婦にとって気になるもの。しかも、移植後に必要な免疫抑制剤のために感染症のリスクを負うとなると、胎児への影響も心配されます。

「最近では腎臓移植、肝臓移植後に妊娠、出産する方が増えている通り、こうした臓器の移植後、1~2年が経過して、免疫抑制剤を減薬したり、減量したりしてからの妊娠は許可されています。同様に子宮移植の場合も、移植後に少なくとも1年以上は空けてから、妊娠するべきだと考えられています。

胎児への奇形性に関しては、移植後の方と正常妊娠の方では有意差はないというのが今の見解です。若干リスクが上がりますが、大差はないというのが国際的にも日本においても共通認識となっています。

ただ妊娠中の合併症に関してはハイリスクとなり、妊娠中の血圧上昇(妊娠高血圧症候群)や早産のリスクは高まるといわれています」(木須先生)
英国では脳死ドナーからの子宮提供だが、日本ではどうなる?

これから行われる英国の臨床試験は脳死ドナーが対象で、BBCでは子宮摘出の手術のリスクなどドナーへの負担という面からプラスにとらえられていることに対しては、「臓器移植の基本概念は脳死ドナーから行うべき」(木須先生)としたうえで、「残念ながら、日本だけが生体間と脳死の症例数が逆転しています」といいます。

「海外では脳死ドナーが多いのですが、日本では圧倒的に生体ドナーが多いのが現状で、これは文化の違いやシステム整備の違いもあるかもしれません。日本では脳死ドナーから移植する際には、脳死臓器移植法という法律も絡んでくるため、即時性が期待できず、まだ生体間の移植の可能性が高いと思います」(木須先生)

◆倫理的なハードルなどは?

子宮移植手術の場合、出産後は子宮を摘出するため、免疫抑制剤の副作用などは少ないと思われますが、では他にレシピエントにリスクはないのでしょうか? また問題点はないのでしょうか?

「もちろんあります。手術自体のリスク、免疫抑制剤によるリスク、感染症のリスクなどが挙げられますし、不妊治療を受けなければならない負担、精神的負担、金銭的負担、などもあるでしょう。

また、ひと言では言い表せないものの、子宮移植手術については、生命に関わる臓器の移植ではなく、QOL(クオリティー・オブ・ライフ)向上のための移植であるという点が大きな議論を生む可能性があるのではないでしょうか。

さらに生殖医療で一番重視されるのが、生まれてくる子どもの福祉です。つまり、生まれてくる子どもが本当に将来幸せと感じてくれるかどうかなのです。ただし、倫理的ハードルは、精子提供、卵子提供などの第三者の配偶子を用いる生殖医療より、低いという意見は多いですね。子宮移植による妊娠、出産は精子や卵子は夫婦のものを用いることが前提なのです。つまり子どもは親の遺伝子を引き継いでいるからです。

また代理懐胎とも異なり、自分のお腹で子どもを育てる、母性を育めるという点でも代理懐胎よりも倫理的ハードルが低いという意見もあります。

ただ、他の生殖医療同様に、移植時には子どもは存在せず、子どもの選択権なしに夫婦のみの選択で行われる医療となることは大きな問題です。

スウェーデンのケースで世間では成功と考えられておりますが、子どもが成人になるまで子どもをフォローするべきであり、その子どもが生まれて幸せであると感じるまでは決して成功であるとはいえないと思っております」(木須先生)

◆費用は“不妊治療の一環だから”自己負担の可能性

リスクを理解し、倫理的ハードルをクリアして、いざでは子宮移植を…となったときに、問題となりそうなのが費用面。英国のケースのように、寄付金などで子宮移植が推進されるようにならないと、かなり負担は大きそうです。

「おそらく今後、日本で行う場合は、研究費もしくは患者負担となるでしょう。個人的にはあくまでもQOL向上のための移植に対して寄付金を集めることは、社会に受け入れられるかどうか疑問に思っています」(木須先生)。たしかに現在、当たり前に行われている体外受精などに関しても、まだ反発を持つ層がいるのは事実です。「またそもそも不妊治療は日本では自費診療であり、子宮移植も不妊治療と考えられますので、将来的にも患者の自費負担となる可能性が高いと思われます」(木須先生)。となると、実現までの道のりはかなり厳しいように思えます。

しかし、将来的な日本での子宮移植に関しては、

「海外で行われてきたために、日本でも議論をしなければならないでしょう。そのために、子宮移植プロジェクトチーム(http://www.pt-ut.org/index.html)や日本子宮移植研究会(http://js-ut.org/)を立ち上げ、社会への啓発をしたり、議論の場を整備したり活動をしています」(木須先生)。

“自分で出産したい”という人には希望の光

木須先生の話から見えてくるのは、子宮移植という新しい医療の革新により、子宮を持たない女性や、子宮を失った女性の“自分で出産したい”という希望に光が差していることです。

日本でも、将来、子宮移植によって赤ちゃんが誕生する日が期待されますね。そのためにも、技術的な問題、倫理的な問題など、私たちは十分に理解を深め、議論を重ねるべきだと思います。

さて、英国における子宮移植の臨床試験に選ばれるための基準は、38歳以下で、長期的なパートナーをもつ健康的な体重な女性です。300人以上の女性の中で、104人が基準を満たしました。

ソフィー・ルイスさん(30歳)は、今回の子宮移植の臨床試験に選ばれたいと希望しています。16歳のときにロキタンスキー症候群と診断されたソフィーさんはパートナーのティル・デンラムさんと来年結婚する予定です。彼女は年を重ねるごとに、子どもを持ちたいという思いが強くなっているといいます。そして、次のように語っています。

「5年半パートナーとして過ごしており、彼は私と同じように感じています。初めて出会ったときから、私たちはオープンに身体のことを話し合い、代理出産や養子縁組についても話し合ってきました。“なるようになる”という考えではいますが、彼は子宮移植によって“出産の可能性”が得られるかもしれないという事実に興奮しています。

16歳のときに自分で子どもを授かることがないだろうということ、そのため子どもを持たない人生を送るか、あるいは代理出産や養子縁組で持つかという選択肢を(医師から)告げられました。でも、全く違う可能性が開けてきたのです。

現時点では、子宮移植は実験的な段階ですが、臨床試験を指揮するリード医師を信頼しています」

■参考文献
BBC「’To feel your baby move must be amazing’」

http://www.bbc.com/news/health-34397991

大西睦子(おおにし・むつこ)
医学博士。東京女子医科大学卒業後、同血液内科入局。国立がんセンター、東京大学医学部附属病院血液・腫瘍内科にて、造血幹細胞移植の臨床研究に従事。2007年4月より、ボストンのダナ・ファーバー癌研究所に留学し、ライフスタイルや食生活と病気の発生を疫学的に研究。2008年4月より、ハーバード大学にて、食事や遺伝子と病気に関する基礎研究に従事。著書に『カロリーゼロにだまされるな――本当は怖い人工甘味料の裏側』(ダイヤモンド社)。

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