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Vol.249 <時代刺激人コラム>第277回エディー・ジョーンズHCのラグビー組織論から何を学ぶか、「勝利の方程式」に関心

医療ガバナンス学会 (2015年12月4日 06:00)


経済ジャーナリスト
牧野 義司

2015年12月4日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


●エディー・ジョーンズHCのラグビー組織論から何を学ぶか、「勝利の方程式」に関心
ラグビーが俄然、日本中を湧かせるスポーツになっている。ご存じのとおり日本代表チームが英国でのワールドラグビー大会初戦で、優勝候補の強豪南アフリカ代表に対しゲーム終了間際に劇的逆転トライした見事な勝利がいまだに脳裏に焼き付いているからだ。

日本は結果的にスコットランドに敗退したものの、事前予想を覆して3勝1敗で勝ち進み、一時は決勝リーグに残る可能性もあった。見事というほかない。日本ラグビーは当初、体力差などでニュージーランド、豪州、南アフリカ、英国などの強豪には勝てない、といったイメージが定着していたが、今回、それを覆す「勝利の方程式」を世界中に見せつけたのだから、間違いなくすごいことだ。その方程式はどんなものなのか、関心が高まる。

●外国人選手を含む「多国籍チーム」を指導し世界中を興奮に巻き込んだ秘密は?
そこで、経済ジャーナリストの私にとってラグビーは異分野ながら、今回、日本代表チームのヘッド・コーチ(HC)、エディー・ジョーンズさんの組織論から何を学ぶべきかをテーマにしたい。私自身は以前から「人を動かす」「組織を動かす」といった組織の研究に関心を持っていた。今回もエディーさんが外国人選手を含めた多国籍の日本代表チームをすごいチームに押し上げ世界中を興奮に巻き込んだ秘密を知りたいと思い、探ってみた。

そんな矢先、ソニーOBで、グーグルジャパン日本法人社長を経て現在、ベンチャービジネス経営の友人、辻野晃一郎さんが週刊文春の連載企画「出る杭は伸ばせ」で、エディーさんに学ぶ「強いチームづくり」を取り上げた。辻野さんは、エディーさんが「多国籍軍」チーム編成を行う一方で、海外スタイルをコピーせず日本人の強みを生かしたチームづくりにこだわり速いパス回しと体格差を跳ね返す低いタックルで臨んだこと、「チームの背骨になる意思決定ポジションは日本人がやる」というエディーさんの考え方を高く評価し「グローバルに勝負できる競争力を涵養するためには、ブームやブランドに流されず自国や自社の持ち味をしっかりと把握することだ」と指摘している。100%同感だ。

●独自の攻撃的ラグビー「ジャパン・ウエイ」を主張、「マインドセットを変えろ」がカギ
エディーさん自身の組織論をもっと深く知りたいと思っていたら、ノンフィクションライターの生島淳さんが長時間インタビューした「エディー・ジョーンズとの対話 コーチングとは『信じること』――ワールドカップに挑む指揮官が語る組織論」(文藝春秋社刊)という格好の本に出会った。わくわくするタイトルなので読んでみたら大当たりで、思わず引きずり込まれた。そこで、この本を中心に組織を動かすポイントを探ってみよう。

エディーさんがそのインタビューで述べたいくつかのキー・メッセージに組織づくりのヒントがある。「日本の独自スタイル『ジャパン・ウエイ』を示して世界を驚かせろ」「攻撃的ラグビーが重要。世界一厳しいトレーニングを通してスクラムで相手に押し負けない筋力と80分フルに走り切れるスタミナを養い、攻撃は最大の防御とすべきだ」「自分たちは勝つために戦っているのだという意識改革が必要。人間はどうせ負けると思ったら絶対に負ける。そう思い込むマインドセットを変えるのだ」「コーチングはアートでサイエンスだ。コーチが練り上げる練習計画は科学的データをもとに行う。信じることだ」などだ。

●「日本人選手は戦う前から言い訳を用意」「強みを生かす肯定的な考え方がない」
これらのメッセージの中で、私が強い関心を持ったのは、「マインドセットを変えるのだ」という発言部分だ。エディーさんは、日本人選手のマインドセットに問題あり、と感じていたという。要は、日本代表チームが世界の強豪に大差で負けてきたことに関して、「日本人選手は、外国人選手の体格が違い過ぎるとか、彼らは全員がプロじゃないか、といった言い方から、中には(彼ら狩猟民族と違ってわれわれは)農耕民族だからと、意味不明な言い訳までする。農耕民族ならばニュージーランドだって農業国だ。戦う前から言い訳が用意されているようなマインドセットは変えてしかるべきだ、と思った」と述べている。

さらにエディーさんによると、日本人選手に「強みは何か」と質問すると、みんなは判で押したように、まず自分のできないこと、自分が向上すべき部分を3つぐらいを挙げる。「そんなことは聞いていない。強みを教えてほしいのだ」と迫ると、選手たちはそこで黙ってしまう。自分の「強み」を生かす肯定的な捉え方をせず、否定的なところから入って自分の成長ルートを導き出す。その方が指導者に評価されると思っているからだという。
エディーさんは、日本代表選手に「革命」を起こすこと、とくに戦う前から心のどこかに潜在的に持っている言い訳をなくすことが必要と考え、自分たちは勝つために戦うのだということを練習や試合を通して徹底してたたき込んだという。素晴らしいリーダーだ。

●集団的思考型マインドセットを変えること重要、責任回避や前例踏襲などが先行
このマインドセットという言葉はなつかしい。私が東電原発事故調査の国会事故調の事務局にかかわった際、当時の黒川清委員長がさかんに使った問題提起の言葉だ。黒川委員長は、原発事故を引き起こした背景要因の1つとして、集団的思考型マインドセットがあったとし、「自分の職業人としての属性よりも、所属する(行政官庁や企業などの)組織で自分を相互認識してしまう。当然、そこには集団的思考の愚が働く」と、原発にかかわる人たちの体質を厳しく批判し、マインドセットを変えることを主張した。

国会事故調で調査統括だった宇田左近さんは、そのマインドセットの組織体質について「責任回避」「問題先送り」「不作為」「前例踏襲」「改善の否定」「組織の利益優先」を挙げ、異論の出ない組織体質が改革や改善を妨げる、と問題視した。エディーさんが問題視した日本代表チームの日本人選手には、宇田さんの挙げた「改善の否定」などの組織体質とは別のものがあるように思えるが、エディーさんにすれば、少なくとも戦う前から、言い訳が用意されているような後ろ向きのマインドセットだけは変えたい、と思ったのだろう。

●「勝つための組織」策として外国人の異分子を導入、純粋日本人選手主義に対抗
興味深いのは、エディーさんが「勝つための組織」づくり策として、「異分子」を代表チームに投入したことだ。代表チームのスクラム強化のため、フランス出身の腕力あるスクラム・コーチ、マルク・ダルマゾさんを投入した。「マルクは、私よりもはるかにスクラムのことを知っている。スペシャリストが鍛え上げるので、チームの意識も変わり練習すればするほど強くなる」と考えたという。インタビュアーの生島さん分析によれば、エディーさんは同じタイプの人間ばかりが集まると、時間がたつにつれて緊張感が失われてしまいかねないので、異分子投入で組織を変えようと考えたのだろうという。なかなか鋭い。

エディーさんの組織強化論には数多くの「異分子」コーチ投入があるが、私の見るところ、外国人選手の積極起用による「多国籍チーム」づくりも大きかった、と思う。日本国内で優勝経験のあるヤマハ発動機の清宮克幸監督がNHKテレビで、南ア戦勝利の際、「ラグビー観が変わった。私は常々、日本ラグビーのためには日本選手や監督、スタッフは日本人でなきゃだめだと発言してきたが、今回、そんなことにこだわっていても仕方がない、と思った」と言うのを聞いて驚いた。清宮監督ほどの人物が、グローバル時代にラグビー選手の純粋日本人主義論者であった、というのは何ともがっかりする話だ。

●ディシジョン・メーカー・ポジションに日本人選手を配置し責任感を植え付ける配慮も
ワールドラグビーはオリンピックと違って、一定の条件で、外国人選手起用を認めるルールをつくっているのだから、そのルール活用し「強い日本代表チーム」づくりをするのは何ら問題ない。今回の日本代表チームのように、エディーさんのみならず外国人選手が日本のために一体となって感動的な勝利のドラマを作り出したことを評価すべきなのだ。

しかしエディーさんがプロ指導者としてすごいと思ったのは、ラグビー試合を方向づける中核のディシジョン・メーカーのポジション、フッカーやナンバーエイト、スクラムハーフ、スタンドオフ、フルバックに関して、冒頭の辻野さんの部分で取り上げたように、日本人選手に委ね、責任感を持たせた点だ。日本代表チームに敬意を表しているのだ。
ただ、エディーさんに厳しい部分もある。キャプテンに関してインタビューで「キャプテン指名は組織がいま何を必要としているかで判断する。2012年代表チームの時はチームを団結させることが重要だったので、廣瀬俊朗(当時、東芝)を選んだ。全員がまとまって戦うマインドに持っていく資質があったからだ。しかし2015年代表チームは世界と戦うため、常に身体を張ってプレーするキャプテンが必要で、リーチ・マイケルしかいなかった。彼に期待したのは身体を張る勢いでいい影響を与えてもらうことだった」と。キャプテンは必要な役割によって外国人選手もある、といいたいのだ。冷静な判断だ。

●岩渕GM「日本は先手で揺さぶり続け相手が体力消耗の後半に勝負かける」戦法
また、「ジャパン・ウエイ」導入に関しても、指導者の見識を感じた。エディーさんは「日本代表が(世界で勝ち抜いて)成功するためには選手たちが『自分たちのプレースタイルで戦うのだ』ということに自信を持つことだ。そう信じることだ。それをもとにジャパンらしいオリジナリティあふれるラグビーを創造していかねばならない」と述べている。

この日本らしい戦い方、攻撃的ラグビーに関して、日本代表チームのゼネラル・マネージャー(GM)、岩渕健輔さんがTVで述べているのを聞いて納得した。それによると、日本代表は、厳しい練習を踏まえても、相手とがっぷり四つに組んだパワー勝負の展開になれば、試合に勝てるチャンスがなくなる。しかし序盤から常に先手を取って揺さぶりをかけ続け、相手の体力が消耗した後半に勝負をかけると効果的になる。この戦い方こそが、日本代表が世界で戦う際の定石になる、という。私が知りたかった「勝利の方程式」だ。
その点に関連して、エディーさんは「日本は第2次世界大戦後、国を作り直した。アジアの他の国々とはスタンダードが違った。なぜそれが可能になったのか?日本らしさを生かし、自分たちの方法で再建できると信じたからだ。ラグビー日本代表が(ワールドラグビー大会で)勝つことで、日本の文化は変わる」とも述べている。なかなか含蓄がある。

●「本物リーダーは周りの人間に責任を持たせ、最大限のものを引き出すこと」も至言
私は、ラグビーに関して、以前、大学ラグビーの早稲田―明治戦、また社会人ラグビーの新日鉄―神戸製鋼戦などを興奮してみた。その日本ラグビーがなぜ世界で勝てないのか、と不思議に思っていたが、今回のエディーさんのワールドラグビーで勝つための組織論を聞いて、目的意識をもった厳しい指導方針、マインドセットを変えることで組織が変わるのだという点を知り、プラスの戦略的思考の重要性が改めてわかった。そのワールドラグビー決勝リーグで、日本に敗れながら決勝リーグに行った南アが、ニュージーランドと死闘の末に敗退した。それを見て日本代表の戦いぶりのすごさが改めて浮き彫りになった。
最後に、エディーさんの組織論でもう1つ興味深かったのは、リーダー論だ。リーダーは一般的にはロジックをしっかりと持ち、集団をぐいぐいと引っ張っていくイメージがあるが、エディーさんによると、周りの人間に責任を持たせ、その結果、チーム全体として、最大限のものを引き出すのが本物のリーダーだ。先頭に立ってプレーするだけでなく他の選手たちを生かすのがリーダーだ、というのだ。至言だ。本当に学ぶことが多かった。

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