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Vol.255 高齢化時代の金の卵、高学歴看護師を養成せよ ~日本で始まった最先端の教育手法~

医療ガバナンス学会 (2015年12月11日 06:00)


この原稿はJB PRESSからの転載です。

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/45169

星槎大学大学院教育学研究科教授
佐藤 智彦

2015年12月11日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

現場における看護師不足解消に時間がかかっている。

高齢化に伴う医療需要の増加により看護大学などの定員増加が影響しているためか、2014年度の就職中看護師は108.7万人と、この10年間で4割、20年間で2倍に増加しているがそれでも充足とはいかない。
需要の伸びに供給が追いつかず看護師の取り合いが起きている。看護師は今後10年でさらに50万人必要とされる。
こういった看護師不足の根底に看護師を養成する看護教員の不足があり、各医療圏で看護教員も取り合いになっている。

●死亡率に影響を及ぼす看護師の学歴

看護教員不足というボトルネックを解消することが全体の看護師不足の改善に大きく影響すると考え、通信教育による看護教員養成コースを2015年度より星槎大学大学院で主宰している。
豊富な看護経験があり、教育学修士取得に興味を持ち、あるいは教養を身につけたいと望んでいる看護師に対して、仕事をしながらでも「学ぶ場」を提供するためである。
看護に限らず、仕事の経験が上がってくると教育が重要性を増す。看護師の学歴の高さが入院患者の死亡率と相関することはすでに欧米で示されており*1*2、看護教育の重要性を強調するものである。

しかし、日常業務の中で看護教育も担う看護師たちは、「忙しい中で教える時間を見つけるのが難しいことが多い」と感じており、新入職者や中途入職者に対する教育や研修の機会の不足を問題視している。
「人手不足で教育専任をそろえるのは難しい」「入職してすぐに合わないと感じて辞めてしまう人もいる」といった現状(前出の看護師)から考えても、限られた時間の中で「必要な内容を分かりやすく伝える」ことが重要だと考えられる。
看護の現場でしばしば見られる、こういった「習うより慣れよ」の状況を打破するにはどのようにするのがいいだろうか。

*1=Aiken LH et al. JAMA. 2003;290(12):1617-1623.
*2=Aiken LH et al. Lancet 2014;383(9931):1824?1830.

大規模病院では院内の教育システムを整備するマンパワーがあることも多いようだが、中規模以下の病院では「院外の研修で対応している」という。ただし、時間を作って院外研修を受けてくるのはいいが、それを自施設に持ち帰って研修内容を取り入れられず、毎回各教育担当者が単発の受講に終わってしまうことが問題である。
これではいつまでも教える側の負担は大きく、達成感も薄いまま、バーンアウトにもつながりかねない。ここからも働きやすい職場環境づくりを目指すうえで教育の充実が大切な案件と言える。
ICT(情報通信技術)の目覚ましい発展のおかげで、様々な教育現場にもICTが導入されてきている。JMOOC、GACCOをはじめとしてデジタルコンテンツで学修を促している成功例が増えてきている。
その長所は、学習者自身が問題を発見し、自らの力で解くプロセスにある。

●期待高まる反転授業

「問題解決シンドローム」に陥る学習者が増加し、問題は与えられるもので、必ず答えがありその答えは誰かが教えてくれると考えてしまいがちな従来の知識伝授型教育の欠点を補う手法として期待されている。
生徒の創造性を尊重して、知識の獲得、自ら学ぶ主体性を養おうというわけだ。さらに最近注目されているのが「反転授業」。
詳しくはカーン・アカデミーに譲るが、そこでは授業は教室で、宿題は家でというスタイルから、ビデオ教材を用いて授業は自宅で受け、学校で問題に取り組む。これまでの受講スタイルを「反転」するのである。
活発なコミュニケーションを生み、学生間での「互学互習」が可能となる。単なる知識の交換だけでなく、「コラボレーション」が誘導され、気づきや学びを通じて新たな知見が生まれやすくなる。
社会人においてもこの反転授業の有効性は高いと言われ、まず知識を学び、全体の研修などで演習とフィードバックを繰り返し、現場での実践で忘れないように、全員が身につくまで繰り返す。

こういった反転授業は、人材に対する投資対効果を最大化する方法と考えられている。
ここで、あまり広く知られていない通信制大学院の実際を紹介したい。
現在私が指導している7人の大学院生は、現役看護教員3人(40代以上2人、20代1人)、看護師4人(40代以上3人、20代1人)からなる。
看護教員の3人はみな看護学生の学習意欲の向上に苦心しながら日々教えており、3人の看護師は管理職と一般看護の兼務、1人の看護師は新入職者向けの教育を担当している一般看護師である。

7人に共通するのは、教育に対する興味と向上心である。どのようにしたら効果的に学生や看護師を指導することができるのか、それを2年間で学ぶのである。

●効率的な自主学習と対面式授業

この学生たちは忙しい日常業務をこなしながら、より働きやすい職場を目指して、大学院で教養を深め、新規の看護研究を立ち上げ、研究論文としてまとめ、教育学修士取得を目指している。
そこでは自学自修をはじめ、対面式授業(スクーリング)があり、横断的学修として、教育関連専門職の大学院生とともに議論する研究発表会も経験する。
実は、受講科目の主軸になる自学自習と対面式授業の関係は、先述した反転授業に重なる。
テキストの自学自修とリポート作成をしながら座学として必要なことを覚え、指導教員とのメールやテレビ会議などを利用しながら学修を深め、貴重な対面時間であるスクーリングでは、自身のプレゼンテーションとそれに対する教員からのフィードバックを中心に、教員と学生との双方向のコミュニケーションを目指す。
先日、あるスクーリングで学生たちは模擬授業を行った。

看護師や看護学生対象の看護学の授業を想定して、授業計画や授業用スライドが事前準備として必要になる。テキストの学修と自分で教えたいことをもとに、指導教員とメールでやり取りしながら準備を進めていた。
それぞれの職場で教えた経験があるためか、緊張から話せない状況はなかったが、普段の職場環境から飛び出て授業を周囲に披露することから大いに刺激を受けた様子だった。
学生たちとの密な連絡を取るために、私はフェースブックを利用して情報共有している。
学生同士で受講する科目の相談、リポートやスクーリングでの発表スライドの質問など、大学院に関する連絡だけでなく、「大学院で受けた発表スライド作成におけるポイントを職場の後輩看護師に教えた」「職場を代表して高校生を対象に社会人講義をした」といった活動報告も行っている。
私自身も大学院外での講演や見聞きした看護関連情報などを紹介しており、学生同士の輪や、教員との連絡のとりやすさを促すことにつながっていると考えている。

●ピアサポートは大きな武器

こういった職場外での貴重な情報ネットワークの形成は学生の結びつきを強くしモチベーションを高めることに役立つとも考えている。
ポイントはピアサポートであり、学生同士が助け合い、学修内容を共有し、社会的技能であるリーダーシップや信頼形成、コミュニケーション能力の養成がさらに進むことを期待している。
実際に、従来の通信教育の大きな課題である低い修了率、中途退学者についても、ピアサポートでカバーし得るのではないかと感じている。
上記の大学院生の中で3人は職場における幹部看護師であり、職場から学費援助を受けている。こういった職場がその看護師たちへ求めることは、各部署における「リーダーとしての指導力」である。
学費を援助する医療施設にとって、その看護師が職場のリーダーとなって一般看護師を指導し、その中から次世代の指導者を作るもとになるのが最大のメリットである。
私の取り組んでいる看護専門職通信教育では、数十年にわって通信教育を進めてきた星槎大学の既存のシステムを活用して、看護職リーダーを育成するという、低コストで高付加価値な側面を持つ。
社員のモチベーションアップや人材育成に重きを置くために、職場の「教育への投資」は各方面で行われている。米国のスターバックスの学費補助は大きく取り上げられた一例である。

医療施設における教育でも、本来は新入職者や中途採用者に対して、専任の教育担当を配置して対応することが望ましい。そのためには慢性的な人手不足だとしても、職場外で学んでもらうことで「教えることができる人」を自道に増やしていくことが重要だと考えられる。
600床規模の米カリフォルニア州のある地域病院では、各部署における看護教育担当(エデュケーター:educator)が専従し細部にわたり対応している。そのエデュケーターたちの中にも看護師をしながら通信教育で教育学修士を取得した者が少なくないという。
通信教育による学士や修士の取得は米国の看護師では一般的だそうだ。さらに大学院進学にあたっても奨学制度があり、学費の大半を賄うことができる。
日常の看護教育を進めていくうえで大切にしていることは「一人ひとりの看護師をよく見ること」だという(前述の地域病院のエデュケーターより)。
米国でも看護師不足は問題となっている。学士、修士と学位を取得することが看護師の収入に反映される米国のシステムをそのまま導入することは容易ではないが、看護教育を充実させ、看護師のモチベーションを上げることができる好事例として参考になる。
この看護専門職通信教育の修了生が、在学中に指導教員や他学生と支え合いながら自己学修を進めていくことで、現場では一般看護師にさらに目を向けながら彼らの自学自修を促し、看護業務の“肝”を直接指導する、そういったバランスの取れた教育ができるのであればこの上ない喜びである。

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