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Vol.261 より良いPharmacovigilance Plan策定に向けての提言

医療ガバナンス学会 (2015年12月18日 06:00)


(2015年10月16日合意)

日本薬剤疫学会タスクフォース
小宮山靖、青木事成、古閑晃、久保田潔

2015年12月18日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

1.提言発出の背景

昭和54年(1979年)10月の薬事法改正により新設され,昭和55年(1980年)4月に施行された我が国の再審査制度は,世界に先駆けて制度化されたものである。再審査の目的は,承認時以降に集積された情報により更新された知見に基づき,新医薬品などの品質,有効性,安全性を再確認することにある。新たな作用機序を示す医薬品,希少疾患や特殊な患者集団に対する医薬品など承認時までに安全性情報が十分に収集できない品目が増えている今日,この制度の重要性は増してきている。また,新薬が世界で同時に上市されることは珍しくなくなったし,先駆け審査制度は我が国が諸外国に先行して販売開始する状況を作りつつある。総じていえば再審査制度と再審査の目的は,今日においても適正であると我々は考えている。しかしながら,制度とはその運用の次第によって,真に価値のある制度にも形骸化した制度にもなりうるものである。我々は以下に述べるさまざまな問題の根本原因が,我が国の制度の運用にあると考え,日本薬剤疫学会としてここに提言を発出するに至った。

2.表出している問題

ICH-E2E「医薬品安全性監視の計画について」(厚生労働省医薬食品局審査管理課長,安全対策課長,薬食審査発第0916001号,薬食安発第0916001号,平成17年9月16日)が発出され,企業が安全性検討事項によって特定された個々の問題に対処するための医薬品安全性監視の方法を検討する一助として一般的と考えられる方法が紹介された。しかし,企業も規制当局もICH-E2Eの実装に本気で取り組むことはせず,日本においてICH-E2Eは“閑却された書”となり,今日に至っている。
「医薬品リスク管理計画指針について」(厚生労働省医薬食品局安全対策課長,審査管理課長,薬食安発0411第1号,薬食審査発0411第2号,平成24年4月11日)により,医薬品のリスクの低減を図るためのリスク最小化計画を含めた,「医薬品リスク管理計画(RMP)」を策定するための指針が整備された。同指針の中で「医薬品安全性監視活動の手法については,医療情報データベースを活用した薬剤疫学的手法も含め,ICH E2Eガイドラインの別添「医薬品安全性監視の方法」を参照する」とされたにもかかわらず,公表されたRMPに見られる追加の安全性監視の方法は,市販直後調査,従前どおりの使用成績調査,特定使用成績調査(注1)に強く依存している。
(注1) ここで「従前どおりの使用成績調査,特定使用成績調査」とは,比較群をもたず,3000例など一定の症例数を確保し,0.1%など特定の発生割合の未知の副作用検出を主たる目的とする「従前どおりの使用成績調査」と,患者特性を限定するか長期使用者を調査対象にすること以外については「従前どおりの使用成績調査」と同一の「従前どおりの特定使用成績調査」を指す。
企業も規制当局も,自発報告の報告数を確保すること,調査等において有害事象の発生割合を求めることには熱心である。もちろんこれらも安全性監視の重要な側面ではあるが,集積された情報をどのように評価するか(因果関係評価,リスク因子の特定など)にはほとんど興味が向けられていない。実際,現状の安全性監視計画においても,調査等の報告においても「比較すること」(対照との比較,自己対照を含む)に真剣に取り組んだ例は稀である。
GPSP省令およびGPSP省令関連通知は,「比較」(対照群/コホートとの比較,自己対照との比較)の概念が欠如している。比較なしには,背景発生率が無視できる事象以外の事象は評価できない。
GVP省令のもとで作成されるRMPにおいて,安全性検討事項が整理されても,ほとんどの課題に答える安全性監視の方法はGPSP省令のもとで実施される従前どおりの使用成績調査,特定使用成績調査になってしまっている。つまり,GVP省令とGPSP省令のつながりが良くない。

適正な制度の運用を可能にするための条件が整いつつあるものの,それを十分に活用できていない類の問題もある。

日本薬剤疫学会は,1996年の発足以来,薬剤疫学の社会における活用を推進する立場から,その運用に関しては種々の提案や啓発活動に力を注いできており,平成24年度からはファーマコビジランス・スペシャリスト認定制度を開始するなど,人材育成についても貢献をしてきた。その他,医学部・薬学部における薬剤疫学・疫学教育を目的とする講座・専攻の設立や,薬剤疫学の素養をもつ人材育成を目的とする財団法人の継続的な努力の結果として,薬剤疫学の素養を持つ人材は増えてきているものの,それぞれの組織の中では必ずしも十分な数になっていないばかりか,現在の再審査制度の在り方は,それらの人材の疫学的に適正な意見を組織の行動に反映させることを困難にしており,再審査における調査のデザイン・実施にそれらの人材が活用された例は極めて稀である。
昨今は製薬産業に留まらずビッグデータ,リアルワールドデータと呼称される電子情報活用の機運が社会的にも高まっているが,本来その活用として最も社会への貢献が期待できると目されている電子診療情報(注2)の再審査申請資料の一部としての使用については,規制の体系の中で明確に位置づけられておらず,躊躇せざるを得ない状況にある。
(注2)データベース研究は安全対策の意思決定につながるエビデンスを与えることもありうるが,アウトカムなどに関する指標のバリデーションが不十分であるか,他のデータ源との連結が困難で,医療機関内の元データにもどっての確認ができない場合には次のアクション(Primary Data Collectionを含む)を行うべきかを判断するためのスクリーニングの役割にとどまるだろう。

3.根本的な原因
これらの問題は,樹木に例えるならば,表面的に見えている“枝葉”に過ぎない。根本的な原因は我が国の制度の運用にあり,この“根幹”を変えなければ,我が国において真に科学的で世界の育薬に貢献できる“健全なる枝葉”は育たないと我々は考えている。図1に現在の規制の構造を示す。

図1 安全性監視に関わる規制の大枠

http://expres.umin.jp/mric/mric261_fig.pdf

<1>医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律,http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S35/S35HO145.html
<2>医薬品,医薬部外品,化粧品,医療機器及び再生医療等製品の製造販売後安全管理の基準に関する省令,http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H16/H16F19001000135.html
<3>医薬品の製造販売後の調査及び試験の実施の基準に関する省令,http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H16/H16F19001000171.html

医薬品医療機器等法の第14条の4は,新医薬品等の再審査について述べている。同4項および同6項には以下の記載がある。(下線は筆者ら)
4.第1項の申請は,申請書にその医薬品の使用成績に関する資料その他厚生労働省令で定める資料を添付してしなければならない。この場合において,当該申請に係る医薬品が厚生労働省令で定める医薬品であるときは,当該資料は,厚生労働省令で定める基準に従って収集され,かつ,作成されたものでなければならない。
6.第1項各号に掲げる医薬品につき第14条の承認を受けた者は,厚生労働省令で定めるところにより,当該医薬品の使用の成績に関する調査その他厚生労働省令で定める調査を行い,その結果を厚生労働大臣に報告しなければならない。

医薬品医療機器等法は,「当該医薬品の使用の成績に関する調査その他厚生労働省令で定める調査」について収集方法を特定の方法に限定してはおらず,具体的な基準は厚生労働省令で定めることとしている。医薬品医療機器等法には,「使用成績調査」の記述はなく,条文に用いられている「調査」という用語は,英語におけるInvestigation, Examination, Research, Survey, Surveillance, Studyなどを含む一般的な用語であるとの解釈も可能である。つまり,医薬品医療機器等法は,安全性監視の方法を縛っておらず,本提言においては医薬品医療機器等法の改正を主張しない。

GPSP省令,「医薬品の製造販売後の調査及び試験の実施の基準に関する省令」(平成16年12月20日厚生労働省令第171号,最終改正:平成26年7月30日厚生労働省令第87号)は,医薬品医療機器等法で述べられた,医薬品の製造販売承認を受けた者が行う「当該医薬品の使用の成績に関する調査その他厚生労働省令で定める調査」の実施方法を定めている。しかし,GPSP省令では,医薬品医療機器等法の「当該医薬品の使用の成績に関する調査その他厚生労働省令で定める調査」が「製造販売後調査等」という用語に置き換えられている。同第2条では「製造販売後調査等」が使用成績調査,特定使用成績調査,製造販売後臨床試験の3つを指すこととしている。(下線は筆者ら)
(定義)
第二条 この省令において「製造販売後調査等」とは,医薬品の製造販売業者又は外国製造医薬品等特例承認取得者(以下「製造販売業者等」という。)が,医薬品の品質,有効性及び安全性に関する情報の収集,検出,確認又は検証のために行う使用成績調査又は製造販売後臨床試験をいう。
2.この省令において「使用成績調査」とは,製造販売後調査等のうち,製造販売業者等が,診療において,医薬品を使用する患者の条件を定めることなく,副作用による疾病等の種類別の発現状況並びに品質,有効性及び安全性に関する情報の検出又は確認を行う調査をいう。
3.この省令において「特定使用成績調査」とは,使用成績調査のうち,製造販売業者等が,診療において,小児,高齢者,妊産婦,腎機能障害又は肝機能障害を有する患者,医薬品を長期に使用する患者その他医薬品を使用する条件が定められた患者における副作用による疾病等の種類別の発現状況並びに品質,有効性及び安全性に関する情報の検出又は確認を行う調査をいう。
4.この省令において「製造販売後臨床試験」とは,製造販売後調査等のうち,製造販売業者等が,治験若しくは使用成績調査の成績に関する検討を行った結果得られた推定等を検証し,又は診療においては得られない品質,有効性及び安全性に関する情報を収集するため,医薬品について法第十四条第一項 若しくは第九項 (法第十九条の二第五項 において準用する場合を含む。)又は第十九条の二第一項 の承認に係る用法,用量,効能及び効果に従い行う試験をいう。

根本原因は制度の運用を規定しているGPSP省令およびGPSP省令関連通知にある。 GPSP省令では,「医薬品の製造販売後の調査及び試験」として,従前どおりの使用成績調査,特定使用成績調査,製造販売後臨床試験のみが述べられており,安全性監視の方法をこれら3種類の調査あるいは試験に限定し,事実上,方法の選択肢を著しく狭めてしまっている。選択肢をこれら3つに狭めることはICH-E2Eの主旨とは相いれない。GPSP省令の関連通知は,GPSP省令で狭められた選択肢を前提として構成されており,GPSP省令の脇を固める構図になっている。GVP省令のもとで作成されることが期待されるRMPにおいて計画されるべき研究は,GPSP省令で規定される「製造販売後の調査及び試験」,「製造販売後調査等」と矛盾する。比較の概念が欠如した現在のGPSP省令における調査の在り方からは有用な情報が生み出されないことは既に何度も指摘されているところである。<4>
<4>成川ら,医薬品リスク管理計画制度の着実かつ効果的な実施のための基盤的研究,平成24~26年度総合研究報告書,平成26年度総括・分担研究報告書,厚生労働科学研究費補助金医薬品等規制調和・評価研究事業,平成27年3月

4.提言
以上で述べたさまざまな問題と根本的な原因の考察に基づき,より良い安全性監視計画が策定され,我が国の安全性監視体制および安全対策が世界に誇れるものとするために,我々は以下の提言を行う。

【提言1】GPSP省令は,「医薬品安全性監視の計画について」(薬食審査発0916001号・薬食安発0916001号厚生労働省医薬食品局審査管理課長・安全対策課長連名通知,平成17年9月16日)に記載の「別添-医薬品安全性監視の方法」を参照することを促し,安全性監視の方法やエビデンス創出のための研究の方法を一部の方法に限定しない方向で全面的に改正されるべきである。(注3)
(注3)GPSP省令関連通知は,GPSP省令の改正に伴い見直しの必要があるであろう。おそらく研究班や検討グループなどによる精査が必要であろう。本提言では,改正すべき箇所のすべてを詳細に示すことはしない。
【提言2】GVP省令には,製造販売後安全管理の基準(市販直後調査,医薬品リスク管理など)が与えられている。市販直後調査はICH-E2E別添にも含まれており,この仕組みを持ち続けることに異論はないが,適用場面を画期的な新薬が世界同時あるいは日本先行で上市された場合などに限定するべきである。このような状況においては,市販直後調査は新たなリスクを世界最速で発見できる可能性があるからである。
【提言3】GVP, GPSP省令の一部を改正する省令の施行通知(薬食発0311第7号,平成25年3月11日)は,GVP省令とGPSP省令を結びつける通知である。同通知「(2)総括製造販売責任者の業務及び安全管理責任者の業務」の「イ」の「「製造販売後調査等管理責任者との相互の密接な連携」とは,・・」の項で,「連絡調整,情報の共有等」にとどまらず,「医薬品リスク管理計画書をRMP通知に規定されたICH E2Eガイドラインの医薬品安全性監視計画に関する定めに基づき作成されるよう促すこと」といった規定を含めるべきである。
【提言4】「医療用医薬品の再審査に係る製造販売後調査等基本計画書等について」(薬食審査発第1027007号,平成17年10月27日)別紙様式1の後半部分,および別紙様式2は,本提言別添のように改正すべきである。(注4)
(注4)別添中,別紙様式1後半部分には「製造販売後調査等」,別紙様式2には「使用成績調査」の用語を用いているが,これらは従前どおりの使用成績調査,特定使用成績調査に限定することを意図していない。
【提言5】医薬品リスク管理計画の策定について(薬食安発0426第1号薬食審査0426第2号,平成24年4月26日)の冒頭部分に本提言別添の様式の趣旨を活かした記載を追加することに関して,「1.医薬品リスク管理計画の作成について」に「(3) 追加の安全性監視計画が必要かどうかについては,その追加情報の医学的・社会的重要性を鑑み,代替治療との比較の必要性,情報の正確性,迅速性,医療現場の負担感等を十分に考慮のうえ実施を判断すること。」(4) 追加の安全性監視計画を行う際には,「医薬品安全性監視の計画について」(薬食審査発0916001号・薬食安発0916001号厚生労働省医薬食品局審査管理課長・安全対策課長連名通知,平成17年9月16日)に記載の「別添-医薬品安全性監視の方法」を参考のうえ,医療現場にも納得性のある調査デザインの策定に努めること。」との趣旨を加える。
【提言6】外国でも販売される医薬品については,RMPにまとめられた安全性検討事項に対応づけ明確化された検討課題(リサーチクエスチョン)の全てに対して,日本人データで回答を与えることは科学的にも経済的にも合理的でない。因果関係のさらなる検討,リスク集団の特定,リスク要因の影響評価など必ずしも日本人での検討が必須でない課題に対しては,世界で協働/分業すること,あるいは非臨床研究(分子レベルの研究,Genome-Wide Association Studyなども含む)で回答を与えることも可能である旨,省令あるいは関連通知において周知させるべきである。

図2 提言のまとめ

http://expres.umin.jp/mric/mric261_fig2.pdf

別紙

http://expres.umin.jp/mric/mric261_file.pdf

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