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Vol.267 ついに始まった医療事故調査制度~自分の身は自分で守ろう~

医療ガバナンス学会 (2015年12月25日 06:00)


諫早医師会副会長 満岡渉

2015年12月25日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

昨年(2014年)6月改正医療法が成立し、今年10月、ついに医療事故調査制度が始まってしまいました。長年この制度に反対してきた者としては痛恨の極みとしかいいようがありません。本稿では法律の成立から現在までの1年数カ月を振り返りつつ、現状を、事実、推測、憶測に偏見と妄想を交えて分析してみたいと思います。以下、「です・ます」調を、「だ・である」調に切り替えさせていただきます。

●坂根班・医法協ガイドライン・厚労省検討会
医療事故調査制度推進派の中心にいるのは、医療に恨みを持つ一部の被害者団体と医療事故を商売と考える法律家であり、彼らの目的は、調査報告書を訴訟・紛争の証拠として利用することである。
筆者は昨年春、事故調成立に備えて、全国の有志とともに「現場の医療を守る会」を結成した。会のコアメンバー約10人は、代表の坂根みち子医師にちなんで「坂根班」などと自称している。「坂根班」では、昨年6月に成立した事故調法(改正医療法)の条文が予想外に穏当で、制度運用の重要部分がほとんど厚労省令に委ねられていることに着目した。これなら厚労省への働きかけ次第で、運用レベルで挽回できる。そう考えた我々は、厚労省に先んじて民間版のガイドライン(以下、GL)を作成し、我々が適正と考える運用を提示することに決めた。日本医療法人協会の協力を得て、2カ月弱の突貫工事で仕上げたのが「現場からの医療事故調GL(医法協GL)中間報告」である。この「中間報告」を9月に、「最終報告」を10月に厚労省に提出した結果、11月発足した厚労省検討会(医療事故調査制度の施行に係る検討会)では、「医法協GL」が正式な資料として採用された。加えて我々のメンバー3人を検討会の委員として送り込むことが出来た。もちろん検討会でも激しい論争が繰り広げられたが、「医法協GL」が叩き台となったことが功を奏して、我々の主張は大部分省令・通知に採用された。とりわけ報告基準の部分では、この制度が暴走するのを防ぐ「安全弁」(後述)を組み込むことが出来た。

●医療安全≠紛争解決
事故調論争に長年首を突っ込んで、最近になって分かったことがある。それは、わが国の医療安全担当者、あるいは医療安全専門家と呼ばれる人々の大半が、「医療安全」と「紛争解決」を区別していないという驚くべき事実だ。
事故調査の目的は「医療安全」と「紛争解決」とに大別できる。紛争解決のための調査は責任の所在を明らかにしなければならないから、必然的に責任追及に直結する。一方、医療安全が目的であれば、「非懲罰性」「秘匿性」などを担保して調査を責任追及から切り離さないと有効な情報を得られない。これがWHOドラフトGLに示された世界標準だ。このように「医療安全」と「紛争解決」とは、事故調査の方向も手法も正反対なので、両者は別制度で行わねばならない。両者が混同されれば、事故当事者から十分なエラー情報が得られず医療安全が損なわれるか、エラー情報が紛争に流用されて当事者の人権が損なわれる。これは事故調査のイロハのイのはずだが、わが国の医療安全「専門家」の大半が、これを知らないか、あるいは無視している。日本の医療安全が諸外国に比べて●十年遅れているといわれる所以である。

http://expres.umin.jp/mric/mric267-1.pdf

●誰のための制度か
言い方を変えると、医療安全は科学であり、紛争はそうではない。科学に公正も中立も誠意も納得もない。人間は確率的にエラーを起こすから、それがアクシデントに繋がらないようシステムを構築する、それだけである。エラーをいくら非難しても再発防止は出来ない。わが国の医療安全「専門家」は、事故当事者の過失判定をして公表することが医療安全だと信じているふしがあるが、筆者はこのような「専門家」をまったく信用していない。
厚労省が再三明言しているように、今般の制度の目的は医療安全・再発防止であって、紛争解決でも責任追及でも説明責任を果たすことでもない。だからこそ事故に関わった医療従事者の情報は非識別化されねばならない。これが意味するところは何か。ドライに聞こえるかもしれないが、この制度は事故で亡くなった人やその遺族のためのものではないということだ。事故情報は再発防止、つまりこれから医療を受ける国民のためにのみ利用される、これが制度の趣旨である。

●院内調査支援委員会の憂鬱
この制度では院内調査を支援する「医療事故調査等支援団体」が定められている。全国の都道府県医師会などが支援団体に指定され、長崎県医師会内にも「院内事故調査支援委員会」が作られた。新しい制度なので、医療事故を報告し、院内調査を行い、調査報告書を書けといわれても、現場の医師は何をどうやっていいのか分からない。これを支援するのが県医「支援委員会」の役割だ。
筆者もその委員になったが、これまで数回の会合は筆者にとって苦行のようなもので、憂鬱この上ない。残念ながら、ほとんどの委員の関心はただただ「紛争」である。「この制度は医療安全が目的だから、紛争を離れて議論しよう」、「報告対象は紛争になる・ならないではなく、医療安全に資するかどうかで決めよう」と筆者が言っても、話題は紛争、紛争、また紛争だ。この委員会で医療安全・再発防止が正面から議論されたことは、今のところ一度もない。紛争の議論は紛争処理委員会でやるべきだ。
おまけにオブザーバーとして参加しているはずのある法律家は、筆者に対し、「その解釈はおかしい、日医の言っていることと違う、個人の考えは言うな」という。筆者は日医の代弁者ではないので、日医と同じことをいう義理はない。法律家は「報告対象か否か迷う事例は積極的に報告すべきだ」といい、筆者は「この制度は危ないから報告は慎重にせよ」と主張する。「それでは遺族の納得が得られない」と法律家がいうので、「遺族の納得が得られるか否かはこの制度に関係がない」と反論すると、「そんなことをいうと紛争が悪化するぞ」という。ちなみにこの法律家は、事故調査報告書を紛争に使うことを是認するという立場で、筆者とは意見が正反対だ。そもそも筆者は制度そのものに否定的だが、支援委員会は制度をきちんと運用するための組織である。筆者の居心地が悪いのも当然だ。間違った場所にいる自分が悪いのだ。

●正しい法令解釈をしているのは誰か
繰り返すが、省令・通知の骨格になったのは、我々が作った医法協GLである。さらに検討会メンバーのうち3人は我々のグループだ。議事録を読んでもらえば分かるが、この制度を紛争に利用したい被害者・弁護士団体に同調して、「過誤」はすべて報告しろ、「管理」による死亡も報告しろと主張したのは日本病院会であり、西澤班だ。これを防いだのは我々であり、日医ではない。検討会のメンバーでありながら、ほとんど発言しなかった日医の某常任理事が、今頃になって「事故調の第一人者」などと呼ばれて全国で講演しているのには笑ってしまう。
いたずらに悪口をいうつもりは決してないが、こと事故調に限っていえば、日医は一貫しておかしい。2007~08年の第一次事故調論争で、大綱案という責任追及型の制度を積極的に支持したのは日医だった。さらに2011年以降の第2次論争でも、日医は一部の被害者・弁護士団体の意見を国民の声と勘違いし、彼らに押しまくられて、調査報告書を患者側に渡すことを容認し続けた。医療安全のために調査報告書を渡してはいけないと言い続けたのが我々であり、ただの一度もそう言わなかったのが日医である。

●日本医療安全調査機構は信用できない
少なくとも今のところ、筆者はこの制度が医療安全に寄与するとは露ほどにも思っていない。制度の中核にある医療事故調査センターに指定されたのが「日本医療安全調査機構」だからだ。同機構はかつて診療関連死モデル事業をやっていた組織で、前述した「専門家」の巣窟だ。モデル事業がどのようなものだったのか、公開された報告書や関係者の発言を見れば分かる。個人の医療行為を「評価」し、それを遺族に報告する、これがモデル事業である。「評価」とは過失の判定だ。WHOドラフトGLで医療安全のために必要とされる、「非懲罰性」も、「秘匿性」も、「システム指向性」も、「応答性」も何もない。要するにこのモデルの目的は、医療安全ではなく、説明責任を果たすことであり、今般の制度とは相いれない。彼らは日本「過失判定」調査機構なのだ。モデル事業関係者が講演会で配布した過失判定の資料を以下に示す。

http://expres.umin.jp/mric/mric267-2.pdf

この事業によって過失が無いことが明らかになった事例もあったが、逆に紛争になった事例もある。過失の判定をし、説明責任を果たすことを一概に否定はしないが、それは医療安全とは関係がない。ウログラフィン事故も、カリウムのワンショット事故も、これまで何度となく過失認定がなされ、有罪判決が下されたが、再発を予防できず新たな死亡事例が発生しているではないか。
モデル事業は、個人の医療行為の「評価」は熱心に行うが、システムエラーの科学的な分析はしない。だから医療安全・再発防止に寄与したというエビデンスは一切ない。1例あたり10カ月・95万円という莫大なコストをかけて、医療安全に役立たないものだから、民主党時代に事業仕分けされて資金難に陥った。それが今回の制度で救済されたというのがモデル事業=日本医療安全調査機構の真の姿だ。

●本物と偽物の医療安全専門家
10月18日、日本医師会で、日本医療安全調査機構の事実上のトップである木村壮介氏と、阪大病院中央クオリティマネジメント部の中島和江教授の講演を聞いた。木村氏は昨年春ウログラフィン事故を起こした国立国際医療研究センターで事故の半年前まで病院長を務めた人物である。同事故が典型的なシステムエラーの産物であるにもかかわらず、同院は事故を警察に通報し、事故原因は当事者の研修医の過失だと断じた報告書を発表した。その結果、研修医には禁固1年執行猶予3年の有罪判決が下され、システムエラーの責任を取らなかった木村氏は日本医療安全調査機構の常務理事に昇格した。これをモラルハザードと呼ぶ。
一方の中島氏はWHOドラフトGLを監修した真の医療安全専門家だ。中島氏は昨年末に大阪府立急性期・総合医療センターで起こったマスキュレート事故(*)を紹介し、その背景にあったシステムエラーを、機能共鳴分析モデル(FRAM)を用いて見事に解き明かしてみせた。中島氏はこの分析を意見書として警察に提出したのだが、その結果どうなったか。同じ誤薬・死亡事故でありながら、ウログラフィン事件が有罪になったのに対し、マスキュレート事件は不起訴になったのだ。事故原因を個人の過失に帰着させる似非専門家と、システムエラーを科学的に分析する本物との違いがここに表れたのではないか。中島氏が日本医療安全調査機構のトップであれば、筆者は喜んでこの制度を利用したいと思う。

*抗菌薬「マキシピーム」を注射すべきところ、誤って筋弛緩剤「マスキュレート」を注射し、患者が死亡した事故

●複合利権と化す医療安全
先にも述べたが医療事故調査制度推進派の中心にいるのは、一部の被害者・法律家団体だ。この動きに、医療安全「専門家」や、厚労省、日医などがそれぞれの思惑の下に加わり、事故調査制度は彼らの複合利権と化しつつある。被害者・法律家団体は過失を判定した報告書を入手し、医療安全「専門家」は、みずからの存在理由と居場所を確保し、厚労省は天下り先と医療現場の統制ツールを獲得する。彼らにとって報告の多寡は死活問題だから、なるべく多くの事例を報告させるべく、法律を逸脱した解釈・説明を全国で展開している。
加えて問題なのが、「地域間における事故調査の内容や質の格差が生じてはならない」として、事故の報告基準や調査内容を平準化しようとする動きだ。一見もっともらしいが、医療事故は、患者により、施設により、地域によって異なり同じものはない。また、再発防止の本質はシステムエラーの発見とその改善だが、システムエラーの多くは当然ながらそのシステムに固有のものだ。現場の実情を無視した全国一律の基準や水準を押し付けたところで、現場の負荷を増やすだけで医療安全には役立たない。院内調査を重視するのはそのためである。事故調査はそれぞれの現場の実情に応じて出来る範囲で行うべきだ。

●事故調査制度の安全弁
先に述べたこの制度の安全弁とは、報告基準の「予期した死亡」の3条件(医療法施行規則第1条の10の2第1項)である。これを判断するのは施設の管理者であり、その裁量は極めて広い。本制度では「医療事故」の報告は義務なのだが(罰則はない)、この裁量の広さ故に、事実上「任意」に近い。これこそが我々を守る安全弁だ。
任意に近いのであれば、何を目安に報告を判断すべきか。法律の趣旨が医療安全・再発防止だということに立ち返ればよい。例えば個人の手技的な問題は、いくら「評価」しても、他の医師・施設の再発防止には通常役立たない。抗生剤のショックなど、一定の確率で必ず起こる(予期できるが予見できない)合併症を調査しても無駄だ。筆者は、システムやデバイスを改善すれば予防できる可能性が高い事故を優先すべきだと思う。
事故が紛争化するか否かとこの制度とは無関係だ。紛争には、この制度の外で、誠意を尽くしてしかるべき対応をする必要がある。紛争化した・しそうな事例で、報告したほうが医療安全に寄与すると思われるものは、一時保留して紛争解決後に報告すればよい。いずれにしろ、この制度が紛争に利用されず、医療安全に真に役立つということがはっきりするまでは、慎重に対応するべきだ。
上記の「予期した死亡」の3条件をはじめ、制度への対応を詳しく知りたい方のために以下に参考書を推薦しておく。制度全般を平易に説明した「医法協GL」の完全版が(1)、より詳しく解説したのが(2)(3)(4)である。現場の医療者には、我々が組み込んだ安全弁をフルに利用して、自分で自分の身を守っていただきたい。

推薦図書
(1)医療事故調運用ガイドライン 編集:日本医療法人協会医療事故調運用ガイドライン作成委員会 出版社:へるす出版
(2)医療事故調査制度 法令解釈・実務運用指針Q&A~ 著者:井上清成 出版社:マイナビ
(3)医療事故調査制度早わかりハンドブック 著者:小田原良治、井上清成、山崎祥光 出版社:日本医療企画
(4)Q&A医療事故調ガイドブック 監修:一般社団法人日本医療法人協会 出版社:中外医学社(12月発売予定)

http://expres.umin.jp/mric/mric267-3.pdf

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