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Vol.014 <時代刺激人コラム>第278回

医療ガバナンス学会 (2016年1月15日 06:00)


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経済ジャーナリスト
牧野 義司

2016年1月15日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


●日本食文化はミラノ万博で世界の「市民権」、でもガラパゴス症候群脱却が課題
「食」をテーマにした6か月に及ぶ長期開催のイタリア・ミラノ万博で、日本の食文化が「おいしさ」「おもてなしサービスのよさ」などで高評価を受けたのをご存じだろうか。日本の食文化は、EU(欧州共同体)はじめ世界市場へのパスポートともいえる「市民権」を事実上、得たと言っていい。実は、私自身が7月に万博で各国パビリオンの食文化を見比べるチャンスがあったほか、日本食レストラン7社コンソーシアムによる日本フードコートのプロジェクトにかかわり、外国人の日本食評価を聞いて、それを実感したからだ。

●伝統の和食以外に、カレーなど日本由来でない日本食にも外国人の高い評価
そこで今回は、ミラノ万博の現場で高評価を受けた日本食をめぐる問題を取り上げよう。興味深いのは、評価対象がユネスコ(国連教育・科学・文化機関)の無形文化遺産として登録された伝統的な和食だけでなかったことだ。日本由来ではなく、ある意味で輸入メニューと言えるハンバーガーの「ライスバーガー」やカレーなど、今や「日本食」化している食べ物に関しても、外国人の誰もが違和感を持たず味のよさをすごく評価したのだ。
海外外国人の間で人気が定着したラーメンは、ミラノ万博会場に登場しなかったが、伝統の和食以外のこれら日本食が、日本で独自進化を遂げ本来の和食と融合して日本食文化をつくりだしたことに関して、世界中の人たちの評価が高まったことの意味は大きい。

ところが今回、ミラノ万博で別の問題が生じた。日本フードコートで使用頻度の高かったカツオブシと日本産豚肉2品目が、EUの食品・調理面での安全管理基準のHACCPに抵触し、「ミラノ万博特区」だけでしか使用が認められなかったのだ。日本品質を誇示しても、外国でその品質評価を得られず孤独な戦いを強いられる「ガラパゴス症候群」に陥った面がある。日本食文化が世界の「市民権」を得ながら安全管理基準でEUなどの巨大市場への参入NOとなれば、大問題なので、今後、どう対応すべきか問題提起しよう。

●ミラノ万博日本館はピーク時に9時間待ち、連動して日本食フードコートも大人気
本題に入る前に、日本食文化がどんな高評価を受けたか、まず、レポートしよう。私が7月にミラノ万博会場で見た日本政府館への入場は約1時間待ちだった。地元イタリア、次期万博開催国のカザフスタンのパビリオンの人気も高かったが、日本パビリオンは日本食文化をうまくアピールしたのに加え「未来の地球食」という最上階のテーマフロアで、四季の日本料理を巧みにショースタイルで描くエンタテイメントが大うけだった。
すごかったのは8月サマータイムに入って以降のことで、5時間待ちがざらになり、10月には行列最後尾が9時間待ちとなったという。特定の国のパビリオンに9時間の長蛇の列はすごいことだ。日本政府館関係者は当初、入場者数を140万人と見込んでいたが、9月中旬に150万人を超え、閉幕前の10月下旬には200万人を突破した、という。

これに伴い日本食レストラン1店&日本フードコートのレストラン4店の売上高も、当初予想を大きく上回る成果をあげた。日本フードドサービス協会(JF)関係者によると、売上目標は当初、1日あたり2万3000ユーロ(円換算300万円)を見込んでいた。ところが日本館への入場客がうなぎ上りに増えたのに比例して、10月には連日4万ユーロを超す勢いとなった。日本円換算で1日平均520万円の売上高だった計算になる。
出店した企業は、日本食レストランが和食の美濃吉、また日本フードコートはそばなど麺類のサガミチェーン、カレー&トンカツの壱番屋が万博開催期間中の6か月をフル操業、そしてすき焼の柿安、人形町今半、ライスバーガーのモスフードサービス、スシの京樽がそれぞれ2社ずつペアを組み、3か月交代で出店した。

●政府お目当ての和食店が参加断念、日本フードサービス協会が独自発想で引き受け
この出店企業の顔触れをご覧になって、日本食をアピールするならば、伝統の和食懐石やスシ、和牛ステーキ&すき焼の専門店に特化すべきなのにカレーやハンバーガー、そばの出店は意外だなと思われるかもしれない。実は、これには理由がある。日本政府は当初、「一汁三菜」などをコンセプトに、有名な和食レストラングループに出店を働きかけた。ところが和食店グループが食材調達などの事業化調査を行ったら、EU安全基準の確保など、予想外にハードルが高いことを知り、とても採算が取れないと出店を断念したのだ。

あわてた農林水産省などが急きょ、外食産業を束ねるJFへの協力・参加要請を行ったが、JFは突然の依頼にとまどった。会員企業は伝統の和食よりもファーストフードの業態が多く、日本食の代表という点に躊躇があった。しかし最終的に出店を決断、その際、会員企業の個別レストラン出店ではなく、日本の外食産業としての力を発揮すべく調理・おもてなしの接客にとどまらず、食材調達・物流・厨房器具などのインフラづくりなどを含めて「オール・ジャパン」型のフードコート・スタイルで臨むこと、本格的な和食の京懐石料理店を加えるが、ベースは現代の日本食店を中心に据え、日本の外食産業の新たな「強み」部分を世界に向けてアピールしようとしたことだ。

●伝統の和食と融合して日本食化したカレーライスや「ライスバーガー」勝負が成功
JF関係者は「和食がユネスコの世界無形文化遺産に登録されたのは誇りだ。しかし日本の食文化は和食の枠にとらわれず、世界中から食材やメニューを取り入れ、うまく融合させて独自の進化・発展を遂げてきている。この点をアピールしようと考えた」という。その関係者は「代表的なメニューをカレーライス、てんぷら、すきやき、そばにすると同時に、ハンバーガーの『ライスバーガー』も加えた。いずれも日本食化を遂げてきている。これらのメニューがミラノ万博の会場で、スシとともに認知され、しかも『おいしい』といった形で受け入れられたことの意味は大きい」と述べている。そのとおりだ。

カツオブシや昆布、シイタケなど出しで旨味を出す日本の調理手法が「UMAMI」という英語にもなるほど、主要国で評価を受けている。これに発酵技術も加わり、日本の食文化は、ソース主体のこってりしたフランスやイタリアの料理とは格段に違い、人間の健康にプラスなヘルシー料理で、健康志向の時代を先取りした食文化、とも言われている。
今回、日本フードコートに参加した外食企業は、そうした評価に磨きをかけた。そればかりでない。互いに連携して味に工夫をこらすと同時に、外国人客のニーズを探って現地でメニュー追加を行うなどの努力も行った。外国人になじみのないトンカツを急きょ、メニューに加えたのもニーズ調査の結果だ。ところが、そのトンカツ素材の日本産豚肉がEUのHACCP基準に抵触すると、イタリア政府から「待った」がかかったのだ。

●HACCP基準に合わないカツオブシ、日本産豚肉は「ミラノ特別区」限定使用に
いい機会なので、ミラノ万博の日本フードコートへの搬入が条件付きでしか認められなかった日本産のカツオブシとトンカツ用の冷凍豚肉のことを申し上げよう。まず、カツオブシには発がん物質のベンゾピレンが含まれている、とEUが強硬で、HACCP指定工場以外からの輸入を厳しく制限した。あわてた日本政府は、日本食の味だしの基本部分なので譲れないと主張、イタリア政府との間で必死の交渉を行い、ミラノ万博特区だけでの使用限定、ということで搬入を認めるところまでこぎつけた。

トンカツ用冷凍貯蔵の生豚肉も同じだった。HACCP基準を満たしていないと強硬だったイタリア政府は、例外的に「特別区」での限定使用を認めるまで譲歩した。しかし、日本からミラノ万博現場までの輸送が問題だった。JF関係者によると、千葉県産「いもぶた」を200キロ分、空輸してミラノまで運んだが、HACCP「禁制品」扱いのため、厳重な監視での輸送の上に、関税や輸送料以外に、政府指定倉庫に運び込むに際して特別課税、倉庫費用が求められた。また日本フードコートの冷凍庫スペースが狭く大量保存が難しいため、万博会場から8キロ遠方の政府指定倉庫に一時保存せざるを得なかった。しかも調理で必要なたびに搬出せざるを得ないなど、大変な手間ひまがかかった。という。

●HACCPやGAPなど世界共通ルールに日本基準を合わせ、対等条件での競争必要
そこで本題だ。ポストミラノ万博を考えた場合、冒頭に述べたように、日本の当局が独自の食品安全基準で問題ないと自負する基準について、この際、EUのHACCP、さらに世界共通のGAP(農業生産工程管理手法)などグローバル基準に合わせ、同一レベルで世界競争することだ。早い話がガラパゴス症候群からの脱却が必要だ。
ミラノ万博後、オランダでホテルオークラの料理長さんに調理現場でのHACCP対応を見学させてもらった。肉類、魚類、野菜類などの調理まな板はすべて色違いの合成樹脂製のものを使うように義務付けられていた。日本の調理現場ではかつてヒノキ造りの大きなまな板を調理ごとに洗ったり、ぬれた布巾で拭いたりしたが、EUでは100%、NOだ。築地卸売市場でのマグロのセリをいまだに地面で行うが、EUではこれもNOだ。

●日本政府が国内農業や食品企業を守ることに重きを置いた結果、輸出対策に弱さ
日本政府は、「攻めの農業」を全面に押し出し、1兆円の農産物輸出目標を打ち出している。それ自体、全く異存ないどころか、遅すぎたと思うほどだ。しかし、問題は農林水産省が外国産農産物・食品の輸入攻勢から日本の農業、食品加工企業を守ることに重きを置き過ぎたため、輸出への積極的な取り組みが長い間、二の次になっていたことだ。要は、EUなど外国の輸出先市場における規制や要件のクリア研究を十分に行っていなかったばかりか、規制緩和に向けての交渉に関しても重きを置いてこなかったことが響いている。

その結果、欧米で主流の食品安全管理基準のHACCPに関して、日本は導入が遅れた。あおりで日本の水産加工物はじめ、HACCP基準を満たしていない農産物やカツオブシなどの食品は、EUの厳しい規制で、輸出が相変わらず困難だ。1兆円輸出目標の実現は現状では厳しい。中国や韓国が一早くHACCPを導入しているだけに日本が問われる。

●ガラパゴス症候群にとどまれば世界市場展開は望めない、ポストミラノ万博対策を
今回のミラノ万博での教訓は、日本食文化が高い評価を受けた半面、日本の外食企業がその評価を武器にEU市場へ本格進出しようとしても、HACCPをクリアしない限り、大きな成果を上げられないだろう、ということだ。
EUとは安全文化、企業文化が違うと言ってしまえば、それまでだが、EUは多数の民族国家の集合体のため、食品1つとっても安全ルールを厳しくせざるを得ない。ここは冷静に問題対応が必要だ。日本の外食企業だけでなく農林水産業、食品加工企業にとっては、
ミラノ万博で得た日本食評価とは別に、EUを含めた世界の市場に市場進出、もしくは輸出していくにはグローバル基準のHACCPやGAPなどをクリアする対応策が必要だと言えないだろうか。異文化のイスラム教の食の安全基準ハラルへの対応も全く同じだ。

その点でも「日本のさまざまな食品安全基準は厳しい安全審査の上に成り立っており、問題はないし、判断に間違いはない」というガラパゴス的な思い上がりを払しょくして、謙虚に、かつ冷静に海外市場研究をしっかり行うことが重要だ。日本の食文化は素晴らしい、という名声がミラノ万博をきっかけに、ややオーバーに言えば、世界中に広がっているのは間違いない。このチャンスをうまく活用し、「攻めの日本食文化」輸出を行う時だと思う。「攻めの農業」を全面に押し出すのならば、まずはポストミラノ万博対策だ。

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