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Vol.024 被曝より怖い問題に、世界の研究者が目を白黒 ~ベラルーシで開催された原子力被害の勉強会から(2)

医療ガバナンス学会 (2016年1月25日 15:00)


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※このコラムはグローバルメディア日本ビジネスプレス(JB press)に掲載されたものを転載したものです。

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/45177

森田知宏

2016年1月25日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

前回に引き続き、ベラルーシで行われた勉強会について述べる。

勉強会は5日間にわたり、各国の原子力関係者によるプレゼンテーションや、チェルノブイリ原発事故で被害を受けた集落や避難地域の見学が行われた。福島第一原子力発電所事故に関する話が、世界各国の原子力関係者を驚かせていたことが印象的だった。

まず、原子力災害の避難に関することだ。これまで、チェルノブイリ原発事故、スリーマイル島原発事故などの教訓を基に、原発事故後の対応は迅速な避難に重点が置かれていた。

ところが、福島の経験を通じ、拙速な避難が高齢者を中心に健康被害を招くことが明らかになった。

●跳ね上がった高齢者の死亡率

例えば、元東京大学の野村周平氏らの研究によると、福島第一原発から20~30キロ以内にあった5つの老人施設からは328人の入所者が避難した。それから1年以内に75人が死亡し、死亡率は過去5年平均の2.7倍にも上った。

原発事故直後は患者の移送先を見つけるだけで精一杯だった。移送中の環境は自衛隊の輸送車にベッドを4台詰めて運ぶ簡素なもので、十分な設備を用意する余裕はなかった。

さらに、患者の正確な情報を移送先に伝えることができず、治療の継続に支障をきたした可能性もある。

避難すると死亡率が上昇するかもしれない、というのは大きな衝撃だろう。日本から登壇した坪倉正治氏がこの教訓について言及した後、私は「では原子力災害後の避難はどうすればいいのか」という質問をスロバキアの原子力当局関係者から受けた。

実際、原子力災害が起きた直後の不安定な状況下で、避難するか留まるべきか正確な判断を下すのは難しい。前回に述べたジャック・ロシャール氏も、「原発事故後の正しい避難行動は大変難しい課題だ」と述べていた。

空間線量は分からないことが多いし、分かったところで明日の線量が増加するかどうかは誰にも分からない。「SPEEDI」による放射性物質の拡散予測も、風向きや事故状況などの正しい情報が得られていないと困難だ。

しかし、避難一辺倒の対策では原発災害の犠牲者が増加するかもしれないというのは大きな教訓だ。

もう1つ明らかになったのは、原子力災害の長期的な影響、なかでも高齢化が起きることだ。

原発から10~40キロ圏にある南相馬市では、原発事故後の避難によって、人口が一時的に1万人未満にまで減少したと言われている。しかし、2014年12月現在、79.8%(6万4539人中5万1481人、数字は住民基本台帳による)の住民が戻ってきている。

●若者は去り高齢者が戻る

さらに、65歳以上の高齢者に限ると87.5%(1万9691人中1万7226人、同上)の住民が戻ってきている。高齢者層は生まれ育った土地に戻る希望が強いからだろう。その結果、高齢人口割合は30.5%から33.5%へと増加した。

原発事故から4年以上経過した現在、福島県の医療者として実感するのは、この急激な高齢化による医療問題の方が、放射線自体による問題よりもはるかに影響が大きいことだ。

現在では、介護需要が増加して介護施設の収容能力を超える、家庭内での介護が困難となって介護保険の申請が増加する、など高齢社会の問題が表出している。このような事態は、原発事故が起きたときには誰も想定していなかっただろう。

自らが育った土地に戻りたいという思いは世界共通だ。実は、チェルノブイリでも同様の現象が報告されている。
チェルノブイリ原発から30キロ圏内は、事故後も放射線量が高いため立ち入り禁止地域とされた。しかし、強制避難後に地域に戻ってきた住民がいる。

かつては1万人以上いたが、2009年時点で400人以下にまで減少したと言われている。ほぼ全員が高齢者であり、彼らはその地域で自給自足の生活を送っている。

違法であることを知りながらも政府当局は見て見ぬふりをしている。英語では彼らのことを「samosely」と呼ぶ。元はロシア語で「自分で歩く人」「わがまま」、というニュアンスを含むらしい。現地の博物館にも彼らを描いた絵が象徴的に飾られていた(上の写真)。

しかし、きちんとした戸籍データがなく、ソ連崩壊直前の混乱した政治状況の中で実態をつかむことは困難だった。したがって、原発事故が起きた後の人口動態変化は福島第一原発事故が最初の記録となる。

このように、福島第一原発事故の経験は、今後の原子力災害の対応を大きく変える可能性がある。日本にいると気づかない、福島にいると見慣れていることでも、世界の原子力関係者にとっては貴重な知見であると感じた。

さて、福島の教訓を強調してきた。しかしこれは、事故から現在までの4年半にわたって集められた教訓である。

一方で、10年単位の経験はチェルノブイリから学ぶ点が多い。次回は、30年以上続く原子力災害の影響、特に風評被害に対するチェルノブイリ原発事故の経験、取り組みについて述べたい。

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