医療ガバナンス学会 (2016年1月26日 06:00)
※このコラムはグローバルメディア日本ビジネスプレス(JB press)に掲載されたものを転載したものです。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/45451
森田 知宏
2016年1月26日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
また、放射線汚染地域出身者が亡くなると、まだ「チェルノブイリのせいで死んだ」と言われるという。こうした負のイメージが、30年以上経過しても残っていることに驚いた。
その負のイメージへの対策は現地にあった。
これまで2回(1回目、2回目)にわたってお伝えしてきた「原子力被害の勉強会」で、ブラギンという村を訪れたときだ。この村は原発から40キロほど離れた地域だ。
●30年以上経っても高い放射線量
空間線量は毎時0.1μSv(マイクロシーベルト)を下回っていたが、現在もキノコなどでは高い放射線量が検出される。
ここでは、現地高校生によってプレゼンテーションが行われた。身近にある作物を取って放射線量を測定した結果を発表するもので、普段から授業の一環として行っているそうだ。
この授業は非常に重要だ。
まず、自給農家が多いブラギンでは、自分の畑で収穫した作物の放射線量を計測する習慣が重要だ。若いうちから放射線教育をすることで、放射線量の高低や、どのようにして放射線量を下げるかなどの知識が自然と身につく。
その結果、不必要な放射線被曝を避けることができる。さらに、この知識があれば、言われなき偏見や差別から受けるダメージを少しは軽減してくれるだろう。
「自分たちの土地は毎時○マイクロシーベルト程度で、年間内部被曝量は○マイクロシーベルト程度でしかない」と言い返すことができるからだ。
この授業が始まったのは10数年前、1人の教師の熱意がきっかけだと言う。
その教師はブラギンに赴任したばかりで、自身の幼い子供への放射線の影響に対して不安を抱いていた。ちょうどその時、ベラルーシ支援を行おうと視察に来ていた、ルシャール氏などの原子力関係者と出会い、このプログラムが開始された。
この業績が認められ、その教師はブラギン市の放射線対策の責任者となっている。
●中傷、デマを呼ぶ穢れ思想
ベラルーシ住民に福島の話をすると、「福島はチェルノブイリに比べると放射線量も低いし、ここで起きているような差別は起きないでしょう」と答える。
しかし、福島産の農産物への言われなき中傷や、原発事故後に流れた福島での健康被害に関わるデマなどを考えると、そうは思えない。恐らく原子力災害後の差別は、放射線量の高低とは関係なく発生する。
この問題は、「穢(けが)れ」思想に通ずる部分があるように思う。
血や死の穢れを忌避することから、女性差別、職業差別などが生まれた。曹洞宗常円寺住職の阿部光裕氏によると、「穢れ」思想は、「平穏な『日常』を送りたいと思う人が『非日常』を忌み嫌うという中から生まれてきた」と言う。
福島県から避難した子供が、放射能汚染を理由に保育園への入園を拒否される、学校でいじめにあうなどの例は、まさしく「穢れ」思想からの差別と同様の構図と言えよう。
こうした「穢れ」は、いったん刷り込まれてしまうとなかなか覆すことができない。ベラルーシの例を引くならば30年以上続く可能性もある。
それに対抗するためには、差別をタブー視せず、真正面から取り組む必要がある。まず正しい情報が必要だ。
前述の通り福島はチェルノブイリと比較して原発事故によって放出された放射性物質の量が少ない。野生のキノコなどを計測すると放射性セシウムが検出されるだろうが、流通している食べ物で放射性セシウムが検出されることはほぼない。
さらに、相馬市、南相馬市、いわき市などでは小学生・中学生にホールボディカウンターを用いた内部被曝検診が行われ、99%以上の子供で内部被曝が検出されないという結果が出ている。
●教育、宗教、メディアの連携が重要に
このように、医療者は子供たちの被曝量や健康被害を定量化することは可能だ。しかし、それだけでは差別問題への取り組みには不十分だ。
客観的な情報を子供たちに伝えるためには、教育者の努力が不可欠だ。さらに社会全体へ伝えるためには、メディア、作家、宗教家など多くの専門家の連携が重要だ。
ブラギンでは、現地の教育者や放射線防護の関係者とルシャール氏など外部の原子力関係者との信頼関係を見た。世界の人種差別問題、日本の被差別部落問題、ハンセン病問題なども、様々な関係者が連携し社会運動にまで高まったことが効果的であった。
福島の子供たちが将来自信を持って過ごせるためにも、医師として現地住民と交流するとともに、専門家達との交流を大切にしたい。
次回は、福島から情報を発信する重要性について述べたい。