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Vol.036 時代錯誤の厚労省、医師養成に口出しはやめて

医療ガバナンス学会 (2016年2月8日 06:00)


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※このコラムはグローバルメディア日本ビジネスプレス(JBpress)に掲載されたものを転載したものです。

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/45477

森田麻里子

2016年2月8日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

2020年度から、医学部の定員を減らすことが議論されている。2008年度から定員を増員し、医学部新設も進められている最中だというのに、なぜ急に定員を減らすことになったのだろう。

さらに、医療界では、2017年から新専門医制度が始まる。この制度では、初期研修を終え、専門研修を始める医師(後期研修医)が市中病院から大学に集められることになりそうだ。これは2004年の初期研修制度制定によって大学勤務の医師が減少した反動と見なすことも可能だ。

前者は厚生労働省の政策、後者は業界団体(学会)が主導し、厚労省が支援した。国は、業界団体と協力して、医師養成数や養成システムを通じて医療をコントロールしようとしていることになる。

●国の統制による医師の育成と医局制度

私にはこの政策が場当たり的に感じられる。そもそも医師養成システムを国や業界団体が管理することが可能で、それが長期的に国民のためになるのだろうか。
実は、国が大学を通して医師育成を統制する基盤は、戦時中に完成した。戦争による医師不足への対策として、1940年からの数年間で43校もの医師養成機関が増設されたのである。
さらに1973年には、国民皆保険制度導入後に増大してきた医療需要に対応するため、1県1医大構想が閣議決定された。
この当時、ほとんどの医師は大学医局に所属して研修・研究を行い、専門分野を確立していった。感染症に代わって増加してきた脳血管疾患やがんを克服するため、医学研究にも多くの税金が投入された。
医師は研修・研究をさせてもらう代わりに、医局が決定する人事に従い、地方の関連病院で勤務した。そして、適当な時期になれば、医局を辞めて、地方病院に就職したり、開業した。
これはかつての製造業に酷似する。国は繊維産業に代わって鉄鋼業に資源を集中投資した。そこで働く人たちは会社の指示通りに転勤し、一定の年齢になれば関連会社に再就職した。
確かに、このような国家総動員体制によって、GDP(国内総生産)で年間15%を超える高度経済成長を遂げたという面はある。
しかし、様々な分野で日本の製造業が世界をリードするようになると、国が主導する「追いつけ追い越せ」の政策は効力を失った。独自のアイデアと工夫によってしか企業は成長できなくなったのだ。
医療界でも、1970年代に10%にも満たなかった高齢化率は2014年に26%となり、1990年頃に約20兆円だった国民医療費も2014年には40兆円に膨らんだ。医療政策は医療費を抑制する方向へ舵が切られ、大学の運営交付金の減額により、研究費は横ばいかやや減少傾向となった。
政府は、医師数を抑制するために幅広い領域をカバーする総合医の養成を打ち出し、医療資源の節約のため在宅医療を推進するようになった。
●ニーズを無視した国の政策

この結果、国民の医療ニーズは増えているのに、多くの病院の収支は急速に悪化するという皮肉な状況を招いた。
さらにインターネットの発達により、大学が情報を独占することができなくなった。大学にいなくても最先端の論文が読めるようになり、自分で就職先を探すことも容易になった。
一方、大学にいても研究費は減っているし、どの時期にどこで働くかも、他の医局員の事情に左右されて自由に選べない。大学の優位性は消えた。
そこで、自分でキャリアを最適化したい医師は、医局を離れて生きていくようになった。2014年度には、56.3%の医学生が市中病院での初期研修に採用されており、その後も大学と関係なく臨床や研究を行う医師が出てきている。
私もその1人だ。医師として成長するためには、経験できる症例数と、その中でいかに診療を任せてもらえるかが重要と考え、縁もゆかりもなかった仙台で昨年度から働き始めた。
市中病院の中には、小さい組織ならではの意思決定の速さを利用していち早く変化に適応し、大学を超える利益、業績を上げる病院がでてきている。
私が勤務している仙台厚生病院は、もともと結核患者の病院だったが、目黒泰一郎理事長のもと循環器・呼吸器・消化器に特化した病院として生まれ変わった。
その結果、平成25(2013)年度には年間退院患者数が循環器疾患で全国第2位、消化器疾患で第2位、呼吸器疾患で第4位(東北ではいずれも第1位)となり、2013年度の利益率は16.5%と、全国の医療法人でトップになっている。かつてなら、考えられないことだ。
なぜ、このようなことになってしまったのだろう。それは、医療界に時代に合わない規制が残っているのが原因だ。残念ながら、厚労省も医師会・医学会もこのことを認識していないように見える。
例えば、総合医が必要となると、国家総動員と言わんばかりに、総合医ばかりを作る方向へ制度を急に作り変えてしまう。
●大学で総合医療の不思議

特に内科では、すべての医師に心臓も肺も腎臓もジェネラルに診療することを求めるカリキュラムに変更されてしまった。そこに多様性、競争、チェックアンドバランスという発想はない。
その結果として国民につけが回る。国民のニーズが多様化した現在、臓器別専門医もまた求められているのに、新しいカリキュラムでは専門性を磨くのが遅れ、専門医が不足しかねないからだ。
驚くことに大学でも総合医を養成しようとしている。時代の変化を読めなさすぎる政策は、ため息を通り越して滑稽ですらある。
そもそも大学は最も総合的でない診療をする施設だろう。在宅医療についても同じで、限られた資源しか利用できない在宅の医療は、潤沢な医療資源を使って最先端の医療を目指す大学での医療とは対極に位置するものである。
国が大学を通じて医療をコントロールすることはもはや困難だ。
それぞれの地域、病院、医師が、国や大学を通じたトップダウンの司令系統だけではなく、独自の横のつながりを持って自律的に動き始めている。
医療が多様化しているとき、その一つひとつに合わせたきめ細かな政策や、時代に合わせたスピード感ある対応をするには、国という単位は大きすぎる。
日本の人口も経済も縮小していく中で、もっと効率よく人的・経済的資源を使わなくてはいけない。国に頼るのではなく、私たち医療者も一人ひとりが国民のニーズに耳を傾け、それに応えるよう努力すべきである。

参考:
『戦後経済史』野口悠紀雄
『平成27年版高齢社会白書』内閣府
『国民医療費の状況』厚生労働省

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