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Vol.035 福島原発事故後の避難による高齢者死亡リスクの発展分析

医療ガバナンス学会 (2016年2月5日 06:00)


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インペリアル・カレッジ・ロンドン公衆衛生大学院博士課程
野村周平

2016年2月5日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

私は福島第一原子力発電所事故以降、同県南相馬市と相馬市において、放射線事故時における高齢者避難の検証を行っています。高齢者にとって避難は、被ばくリスクを低減するものの、身体的にも心理的にも負担になります。原発事故後、避難が実施された後の数ヶ月間にわたって、高齢者死亡率が大きく上昇したという報告が、東京電力福島原子力発電所事故調査委員会(国会事故調)や福島県立医大の安村教授らの研究チームを始め、いくつか出ています[1-3]。

昨年、南相馬市及び相馬市の7つの老人介護施設と共同で行っていた、原発事故後の高齢者の避難に伴う死亡リスクを分析した論文が、米医学誌Preventive Medicineで発表されました[4]。論文自体は下記のリンクから購読可能です。

http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0091743515003412

本研究では、その死亡リスク要因となる避難プロセスの詳細な分析を行いました。目的は大きく2つ。一つ目は、各施設の事故前過去5年間と事故後1-2年間の死亡率を比較し、事故後の死亡リスクの上昇率を推定すること。二つ目は、事故後の死亡率上昇にはどういう要因(避難の有無、避難回数、距離など)が関連しているかを分析することでした。なお、本研究は2013年に米国誌PLOS ONEに発表した南相馬市での調査(1年追跡)に対し[1, 5]、相馬市のデータ(2年追跡)を加えた発展研究になります。

本研究は避難するべきだったか、しないべきであったかを議論したものではありません。本研究において主張したいのは、放射線災害(さらには高齢者の避難を伴う自然災害)に対する事前の備えとして、高齢者の避難に伴うリスクを減らす余地が極めて大きいことです。

本調査にご協力下さった7施設の事故時の施設入所者526名のうち、南相馬5施設の328名は事故後避難を余儀なくされ、1-2週間かけて200-300km以上離れた神奈川県や新潟県に避難し、その後も複数の避難を重ねました。一方、相馬市2施設の198名は幸い外的支援もあり、避難を行わずに済みました。

結果、南相馬5施設は、事故後1年で平均で2.68倍(95%信頼区間:2.04-3.49)の死亡率上昇が見られました(過去5年間比較)。一方、相馬2施設は事故後1年で若干の死亡率上昇が見られたものの(1.68倍、95%信頼区間:1.21-2.29)、2年後にはその統計的有意性は消えました(1.29倍、95%信頼区間:0.98-1.68)。

元々の市間の施設死亡率の違いや(市内の高齢者に対する介護施設数の違いにより、市によっては入所者の元々の健康・介護度合いに差は生じる)、年齢、性別、介護度といった施設間で分布の異なる個人属性を調整した結果、今回の事例において、事故後に「避難を経験する」ことには、「避難を経験しない」場合に対し、1.82倍(95%信頼区間:1.22-2.70)の死亡リスクが認められました。

さらに、避難経験をその回数別に見ると、「一次避難(元々いた施設からの最初の避難)」には、「避難を経験しない」場合に対し、3.37倍(95%信頼区間:1.68-6.81)もの死亡リスクが認められました。一方、その後の「二次避難以降」には、死亡リスクに統計的有意性は見られず、また「避難距離」にも有意な死亡リスクは認められませんでした。

これらの結果から幾つか考察できる点があります。

今回の事故直後の避難は、(後出しの言い方になってしまいますが)結果的には高齢者にとって最善の選択ではなかった可能性があります。ただし、今回のような放射線災害の場合、実際に被ばくが多くなる可能性があること(これも後出しですが、今回は被ばくリスクは少なく[6]、急性期障害も報告されていません)、物資の供給が途絶えることや、放射線への恐怖など、避難を余儀なくされる場合は十分に考えられます。実際南相馬の施設においては、強制避難区域外に位置していたものの、放射線という目に見えない恐怖、職員・入所者の肉体的・心理的な負担、そして日用品や医療品の不足などもあり、止むおえず避難を決行したと聞いています。相馬市の2施設は、紙おむつや酸素ボンベ、ガソリンなど、幸いにも貯蓄や支援を何とか取り付けることが出来、避難をせずに済みました。もちろんその後も、限りある物資が尽きる不安、そしていつまた事故が起きるかという恐怖の中での職員・入所者の疲労は、話を聞くたびに言葉を失います。

「一次避難」による死亡リスクが高い一方、「二次避難以降」に有意なリスクが認められなかったことは、時間をかけ十分な準備(避難手段の手配や避難先の受け入れ調整など)が整った上での避難であれば、リスクを大きく減らすことが出来る可能性を示唆しています。ですが一方で、被災施設は緊急時、入所者の安全確認やケアなどの業務に追われ、避難に向けた調整まで手が回らないのが実態です。例えば、南相馬施設の一次避難の折には、介護車両の手配が難航し、入所者は観光バスや一般車両に分乗し避難することになりました。また、足の曲がらない人や、座位を保てない人、酸素ボンベを必要とする人は、二人がけのシートに斜めに横になるような体勢で、避難を余儀なくされたというケースも報告されています[3]。住民の避難も当然同時平行されるため、交通インフラは逼迫し、10-13時間にも及び長時間の避難となってしまいました。入所者のケアに手一杯で、避難先施設との調整も十分に行えず、避難先では介助ベットの手配が間に合わなかったため、簡易マットレスでなんとか数日を凌ぎました。薬の処方が追いつかず、服薬が一週間近く途切れてしまったケースもありました。さらに、介護方法や食事の取り方など普段から入所者の事をよく知る施設職員と、避難によって離れ離れにならざるを得なかったことも、入所者にとっては大きな負担であったと考えられます。

このようにして被害が拡大した背景には、原発付近の医療機関や福祉施設は、県地域防災計画の中で、避難計画(避難場所、避難経路、避難手段、市町防災関係科、県医務課等の関連機関との連絡体制など)を独力で策定し実行することになっている事情があります。自治体には災害時、補完的な役割に留まらず、医療福祉施設の災害対応を主導していく事が求められます。

そこで本研究論文では、災害時自治体に求められる具体的な役割として、大きく以下の2点を提案しました。

(1) 介護人材と物資の手配:今回の事故においては、物資と人材の不足が避難決行の決定打の一つでした。県や市町村は災害時に、県内外の医療関連施設から派遣できる応援職員数を把握し、少なくとも一次避難が十分な対策(避難手段、避難先の受け入れ調整)の上で遂行できるよう準備が整うまでの間、被災した施設の人材補充や物資手配を主導して行くことが求められます。

(2) 安全な移動手段の確保と受け入れ先の調整:避難を余儀なくされる場合は、避難が必要な施設とその受け皿となる施設の状況把握に努め、入所者らの実態に見合った安全な移動手段の手配、受け入れ要請を自治体自らが行う事が求められます。

もちろん県や市町村も災害時、自らが被災者となりながらも、避難所運営の援助や、援助物資の支給、住民の被災状況の把握など、さまざまな業務に追われることは必至です。実際原発事故時は、度重なる避難区域の拡大によって、避難が必要な自治体の住民は15万人に達し、各役所の職員たちは対応に追われました[3]。自治体のキャパシティー(人員配置、予算配分、訓練など)強化を含む、平時からの危機管理体制の再構築が必要です。

繰り返しになりますが、本研究は避難するべきだったか、しないべきであったかを議論したものではありません。本究は、南相馬市・相馬市の事故後経験を元に、将来に起こりうる放射線事故、さらには高齢者の避難を伴う自然災害に対する備えとして、避難に伴う死亡リスクを減らす余地を示すものです。本災害から得られた教訓と、細かいノウハウを、今後の災害時に生かす努力が求められます。

最後に、本研究は「残さなくてはいけないもの」という各老健施設様のご意思によって実行に移りました。事故当時施設に入所されていた方は約500名ですが、詳細な分析をする上で過去5年間の入所者も含め、計1,200名を超える方の入所者情報を、施設職員の方が全て手作業でまとめて下さりました。避難をされた方に関しては、一人一人丁寧に、避難先にご連絡をされ、追跡下さいました。その多大なご尽力を頂けたからこそ形に出来た研究成果になります。
【参考資料】
1.Nomura S, Gilmour S, Tsubokura M, et al. Mortality risk amongst nursing home residents evacuated after the Fukushima nuclear accident: a retrospective cohort study. PloS one 2013; 8(3): e60192.
2.Yasumura S, Goto A, Yamazaki S, Reich MR. Excess mortality among relocated institutionalized elderly after the Fukushima nuclear disaster. Public health 2013; 127(2): 186-8.
3.The National Diet of Japan Fukushima Nuclear Accident Independent Investigation Commission. Overview of the damage and how it spread.  The official report of The Fukushima Nuclear Accident Independent Investigation Commission. Tokyo: The National Diet of Japan Fukushima Nuclear Accident Independent Investigation Commission; 2012: 30.
4.Nomura S, Blangiardo M, Tsubokura M, et al. Post-nuclear disaster evacuation and survival amongst elderly people in Fukushima: A comparative analysis between evacuees and non-evacuees. Preventive medicine 2015; 82: 72-82.
5.野村周平. 福島原発事故後の避難による高齢者死亡リスクの分析. その教訓は. 2013. http://medg.jp/mt/?p=1971 (accessed 27 November 2015).
6.Murakami M, Ono K, Tsubokura M, et al. Was the Risk from Nursing-Home Evacuation after the Fukushima Accident Higher than the Radiation Risk? PloS one 2015; 10(9): e0137906.
【略歴】野村 周平(のむら しゅうへい) インペリアル・カレッジ・ロンドン公衆衛生大学院博士課程。昭和63年、神奈川県生まれ。平成23年東京大学薬学部卒業。同年、同大学大学院国際保健政策分野の修士課程に進学し、福島県南相馬市・相馬市の災害復興支援に従事。国会事故調の協力調査員、及び国連開発計画(UNDP)タジキスタン共和国事務所の災害リスク事業でのインターンを経て、平成25年秋より現大学院へ留学。高齢者の避難リスク、及び災害後中長期における慢性疾患リスクに関する研究を行っている。昨秋、世界保健機関(WHO)本部の災害リスク・人道支援部門政策実施評価局におけるインターンを修了。

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