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臨時 vol 273 「接種可能人数」増大の切り札の「10mlバイアル」の怪

医療ガバナンス学会 (2009年10月4日 08:39)


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           東京大学医学部医学科
           4年
           篠田 将
~リスク評価~
 突然ですが、乗り物の話をします。
 私は飛行機が怖いです。皆さん「何を馬鹿なことを」とお思いになるでしょう
が、怖いものは仕方がありません。
さて、そんな「私」(東京在住)に質問を。
質問:
 東京から札幌に行くには、飛行機を使うのが一般的。
 一応、電車を乗り継いでいくことも可能。
 それぞれの方法での費用・所要時間は以下の通り
 電車ルート:往復29100円 片道約10時間
 飛行機ルート:往復29880円 片道約3時間半
 (JR東日本・JALが用意する一般的な最安運賃。12月1日に東京駅から札幌駅ま
で、で計算)
 どちらの方法で行きますか?
答え:
 「飛行機嫌い」な私も、飛行機に乗ります。
 さて、なぜ「私」は飛行機を選択したのでしょうか。「6時間半の差」という
ベネフィットと、「飛行機墜落」のリスクを比較考量し、「6時間半」を取った
訳ですね。
 その際、飛行機墜落のリスクを正確に把握しなければ比較考量は不可能です。
「日本では、旅客機の墜落事故が1985年以降には発生していない」という事実を
もとに、リスクは極めて小さい、と判断したわけですね。
次の質問に移ります。
質問2:
 さらに、宇宙人(仮)さんが以下の提案をしてきました。
 乗り物X:3万円で15分
 Xは素敵な乗り物のようですが、「私」はXを利用しますか。
答え:
 おそらくXを利用しません。
 なぜなら、リスク評価が不可能だからです(ひょっとしたら宇宙人さんに地球
から連れ去られるかもしれないし、またXが不審すぎるので自衛隊の飛行機に撃
ち落とされてしまうかもしれない)
 要するに、リスクが不明ならいくらベネフィットがあっても選択できない、と
いうことです。
~厚労省素案中の「X」~
 ここからが本題です。
 先ほどは、宇宙人(仮)さんの素敵な乗り物が「X」でしたが、今回紹介する
「X」は、
MRIC臨時 vol 264 「危険」らしい輸入ワクチン
http://medg.jp/mt/2009/09/-vol-264.html#more
(以下、MRIC vol 264)でも紹介した、新型インフルエンザのワクチン接種への
パブリックコメント(=国民の意見)募集に当たっての厚労省素案に出てきます。
以下では、当素案を「厚労省素案」と表記します。
~「X」=10mlバイアル~
 さて、素案を見てみましょう。
 http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=Pcm1030&btnDownload=yes&hdnSeqno=0000056355
 4ページから5ページの
3.ワクチンの確保について
(1)国内産ワクチンの確保
には以下のように書かれています(一部を抜粋)。
 なお、文中で出てくる「バイアル」とは、口がゴムで出来ている容器で、注射
液が入っているボトルのことを指すと思われます。注射の際、注射針をバイアル
の口に突き刺して注射器で注射液を吸い出し、注射します。
 国内産ワクチンについては、優先接種対象者に対して、できる限り早期に接種
機会を提供するためには、早急に必要量を確保する。
 日本国内におけるワクチンの製造については、7月中旬以降、各メーカーにお
いて順次製造を開始し、現時点の見通しとしては、10月下旬以降順次出荷され、
1mlバイアルの場合には、平成22年3月までに、約1,800万人分(*)が出荷可能
と考えられている。また、できる限り多くの者が国内産ワクチンを接種できるよ
うにするため、ワクチンの効率的な確保と接種の際の利便性とのバランスを図り
ながら、可能な限り10mlバイアルによる効率的な接種を行う計画を策定し、それ
に応じた10mlバイアルと1mlバイアルの生産割合を決定する。
* 現在のワクチン製造株の増殖率に基づく、年度内の製造推定量は、約2,200
万人分(1mlバイアルで製造した場合)から約3,000万人分(10mlバイアルで製造
した場合)。今後、製造株の増殖率が減少する可能性を考慮し(2割程度減少と
の見込み、1mlで製造した場合)、約1,800万人分としている。
要約すると、
 「10mlバイアルを採用すると、接種可能人数が増えますよ」
ということですね。
 今回の「X」はこの「10mlバイアル」です。10mlバイアルの安全性について以
下で考えていきたいと思います。
~臨床現場での「常識」~
 厚労省素案中の「10mlバイアル」について考える前に、実験や臨床の現場での、
注射の取り扱い方について調べましたので紹介します。
前提知識1:菌があらゆるところに
前提知識2:菌が増えるスピードは意外と速い(大腸菌は20分に1回分裂し、1匹
の大腸菌は8時間経つと約1600万匹まで増える可能性がある)
 さて、これらの前提知識2つをもとに導き出される教訓は
教訓:
 注射は身体に薬を直接打ち込む操作であるので、菌による汚染を防ぐために器
具の準備・薬の取り扱い・針の刺し方などには細心の注意を払わなければならな
い。
 その教訓をもとに、医療現場などでは以下のような注意がなされています。
「常識」1:
 バイアルから注射液を注射針で取り出す場合、針によるバイアル内への細菌の
混入を防ぐため、バイアルに針を刺す回数はできるだけ少なくする。
 最近では、その操作すら不要にするため、「予め1回分の注射液が装填されて
いる針付き注射器」(prefilledと呼ばれているそうです)なども製造販売され
ています(テルモなど)。注射液入りの注射器をパッケージから開け、そのまま
患者さんに注射するので、汚染のリスクが低減されますね。
「常識」2:
 注射液を吸
い出すために1回でも針を刺したバイアルは、針によって菌が混入
している可能性があり、時間が経過するとバイアル内で菌が増殖してしまいます。
したがって、バイアルを開けたら必ず当日中に捨てます。
 余談ですが、2008年6月に、三重県のある病院で点滴を受けた複数の患者さん
が異状を訴え、1人が死亡した、という事件がありましたが、三重県の調査によ
ると、原因は点滴液の作り置きを、日を跨いで使用していたことでした。
 以上の知識をもとに、10mlバイアルについて考えてみましょう。
~10mlバイアルのベネフィット~
 1mlバイアルと10mlバイアルの違いは、単純に「バイアルの容量」だけです。
なぜ大きなサイズのバイアルだと接種可能人数が増えるのでしょうか。
 バイアルから注射器で注射液を吸う場合、どうしても「吸い残し」がバイアル
の壁面などに発生してしまいます。そのため、メーカーは吸い残し分を想定して
注射液をバイアルに装填します。つまり、1mlバイアルには(1+α)ml入ってい
る、ことになるわけですね。
 よって、バイアルのサイズを大きくしたほうが、αの量が相対的に節約できる
ので接種可能人数が増える、ということでしょうか。
 しかし、厚労省素案には「10mlバイアルの採用で、接種可能人数が36%(=
3000÷2200)増える」と書いてあるだけで、根拠は書いてありません。根拠は一
体何なのでしょうかね。
~10mlバイアルの使い方~
 当然ながら、10mlバイアルには、複数回の量が入っています。すると、
1つのバイアルから1人分のワクチンを人数分の注射器に装填する
という操作が必ず発生します。
 具体的な操作方法を、実際のワクチンの添付文章(薬の取扱説明書、みたいな
もの)から調べてみましょう。
 インフルエンザワクチン(A型インフルエンザHAワクチンH1N1「北研」
(10mL))の添付文章中の、バイアルの取り扱いに関連がありそうな項目を
一部引用します。
接種時の注意
1. 接種時
(2)
 容器の栓及びその周囲をアルコールで消毒した後、注射針をさし込み、所要量
を注射器内に吸引する。この操作に当たっては雑菌が迷入しないよう注意する。
また、栓を取り外し、あるいは他の容器に移し使用してはならない。
(4)
 注射針及び注射筒は、被接種者ごとに取り換えなければならない。
取扱い上の注意
2. 接種時
 (2)
 一度針をさしたものは、当日中に使用する。
この文章から、
・バイアルから抜き出した後に、注射液の「小分け」操作は絶対に行ってはいけ
ない
・開封したら、使用期限は当日中
と分かります。
 つまり、複数回の量が入ったバイアルは、接種する回数分だけ針をバイアルに
刺し、1日が終わった後に開封済みのバイアルは中身が残っていようと廃棄する、
という操作を行うことになります。
~10mlバイアルのリスク1 菌による汚染~
 したがって10mlバイアルを用いると、1mlバイアルに比べ、1つのバイアルに針
を刺す回数が飛躍的に増大します(回数が10倍以上に)。その場合、前述の「常
識」の、「針をバイアルに刺す回数を極力減らす」に抵触し、菌が混入・増殖す
るリスクが著しく上昇してしまいます。
 また、内容量が増えるので、1mlバイアルに比べ、開封してから使い切るまで
の時間も長くなります。すると、もう1つの「常識」である、「1度針を刺したバ
イアルはできるだけ早く使い切る」とも抵触します。
~10mlバイアルのリスク2 操作ミスによる汚染~
 更に、針による菌の混入のリスクは先ほどの例だけではありません。操作のミ
スによって汚染が起こる可能性もあります。以下で説明を。
人間はミスをするものですので、以下のような事故が接種時に発生することは十分考えられます。
・針をバイアルに刺す時、バイアルの蓋をアルコールで消毒するのを忘れる
・未使用の針をバイアルに刺して注射液を吸い出すはずが、間違って接種後の針をバイアルに刺してしまう
1mlバイアルでは、作業が簡素なので、事故が起こりにくいです。
 一方の10mlバイアルでは、作業が煩雑なので、事故が起こりやすく、かつ事故
が起こった際には、大人数で同じバイアルを共有しているので、被害が拡大して
しまいます
 ちなみに、工学の分野では「フールプルーフ」という考え方があります。これ
は、「ユーザーが誤った操作をしても、被害を発生させない/被害を最小限に抑
える仕組み」のことです。
例)
 ・電子レンジは、レンジのドアを閉めないとスイッチが入らないようになって
いる(蓋をあけたままレンジを作動させ、使用者に「火が通って」しまうのを防
ぐため)
 10mlバイアルはフールプルーフの考え方に反していますね。一方、prefilled
のワクチンは、医療現場での操作が極力少なくなるように設計されていますので、
フールプルーフの考え方に合致しています。
~厚労省素案中にリスクに関する記載がない~
 ここまでで、10mlバイアルの(1mlバイアルと比べた時の)リスクとベネフィッ
トが判明しました。
 しかし、厚労省素案中には10mlバイアルのベネフィットについては(根拠は全
く提示されていませんが)記載されていましたが、リスクに関しては説明を含め
ても全く書かれていません。
 今回のリスクは安全性に関する重大なリスクであり、それを全く提示しないで、
「10mlバイアルを製造します」と素案中に記載する。これでは、冒頭の
>宇宙人(仮)さんが提案する、素敵な乗り物X
と全く変わらないのではないでしょ
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