医療ガバナンス学会 (2016年3月3日 06:00)
結果から申し上げると、10年後の2025年、この地域に必要な病床数は、現在の1,890床から483床減って、1,411床と算定されてしまいました。この数字は元々双葉郡から他の医療圏に避難された住民の中で、現在入院している患者さんの数から算出されているのですが、双葉郡で唯一稼働を続けている当院にとっては非常に厳しい算定です。資料の中では、「相双医療圏、特に双葉地域においては将来の不確定要素が大きく、医療需要の見通しも困難である。」と書かれています。
確かに双葉郡の医療の未来は不確定です。しかし、正確な(必要な入院の)数字が出ないから医療需要がわからない、と言われてしまっては、現在帰還している住民、これから帰還する人達、双葉郡内に入っている何千人の復興関係者の医療は必要がないのでしょうか。このままでは自分の故郷で体調を崩し、入院が必要になっても、データ上医療需要がない地域のため、医療機関はなくなっていきます。
双葉郡の復興のためには、そしてこの地域の医療を守るためには、どこでもいい、この地域で稼働している病院の機能強化が絶対に必要です。(1)帰還した住民や警戒区域に立ち入る住民、広野町に平成27年4月に開校した高校の生徒や職員など、住民の安心を担保するプライマリケア提供の場として、(2)双葉郡の救急隊や、いわき市内の病院の負担軽減、住民及び復興労働者の安全確保としての救急受入病院として、(3)いわき市内の急性期病床の空床確保、帰還住民のリハビリテーションの場としての、後方受入病院として。です。
双葉郡は、決して医療ニーズが無い地域ではありません。当院の院長は、「受ける病院がいないのであれば、自分が受ける。そうするしかないだろう。患者さんが気の毒だ。」と言って、夜間や休日を問わず多くの救急を受け入れています。非常勤の先生も、この地域の実情と高野病院のこの地域での役割をよく理解してくださり、「救急は決して断らない!」とがんばってくださっています。救急隊も夜中にいわきまで走り、収容病院を探し、また双葉郡に帰ってくると朝方になってしまうこともあります。「郡内搬送はとても助かる」と言ってくださっています。53床の精神科病床(内保護室1床)は既に50床は埋まっています。
院長は精神科専門医ですが、精神科疾患だけではなく内科合併症も診るので、近隣の精神科病院から、内科的治療が必要な患者さんが送られて来ます。先日も、「受け入れてもらわなくては困る!!」と、突然他の精神科病院から患者さんの紹介がありました。救急の患者さんでも、精神症状が少しでもあると、内科系の病院では対応できないからと、なかなか受け入れてもらえません。逆に精神科の病院では内科的治療が出来ないからと断られてしまいます。そういった患者さんが次々に当院に来られるのです。先日も南相馬市から、内科的疾患を持った精神科患者さんが医師の同乗のもと救急車で搬送されてきました。医師からは「受け入れ先がなく、どうしようかと本当に途方に暮れていた」とお話がありました。これから精神科の患者さんが高齢化し、内科的な疾患も対応しなければならなくなったら、どうしたら良いのだろう、と考えるときがあります。
今年度は東京都の立川市にある災害医療センターから、1週間ずつではありますが、4名の研修医の先生の受入をさせていただきました。当院は最先端の医療機器を導入しているわけでもなく、精神科、神経内科、内科、消化器内科と、一般的な標榜しかない病院です。しかし、皆さん驚かれるのは、院長が精神科医にも関わらず、腰や肩に痛み止めのブロック注射をしている、ということです。ここでは専門だけではない、患者さんのニーズに応える医療が必要です。そんな丁寧な診察をみて、若い先生が、院長から学ぼうという姿勢で、院長にぴったり付いて回っていました。この地域の医者は、当然疾患を診ますが、まず人を見ます。本人を小さい頃から診て、その両親、祖父母、子供、孫と、ずっとこの地域の患者さんを診ているのです。頭痛の訴えがあって痛み止めを処方する場合、禁忌の薬がないかなど、その患者さんを見ればわかるのです。そうやってこの地域の医者達は、地域の医療を継続させ、患者さん達と接してきました。残念ながら、そうやって守ってきた地域の医療が、突然断ち切られてしまいました。研修医の先生だけでなく、多くの方に今この地の現実を知っていただきたい。そんな風に思っています。