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Vol.065 福島第一原発事故後の避難が長期的に慢性疾患に及ぼす影響

医療ガバナンス学会 (2016年3月11日 06:00)


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インペリアル・カレッジ・ロンドン公衆衛生大学院博士課程
野村 周平

2016年3月11日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

私は福島第一原子力発電所事故以降、同県沿岸北部に位置する南相馬市と相馬市において、放射線事故時における避難に伴う健康リスクの検証を行っています。避難は被ばくリスクを低減するものの、身体的にも心理的にも負担になります。例えば、事故後に避難が実施された後の数カ月にわたって、高齢者における死亡率が大きく上がったという報告が、東京電力福島原子力発電所事故調査委員会(国会事故調)や、福島県立医大の安村誠司教授らの研究チームによって、いくつか出されています[1,2]。当南相馬市においても、避難を余儀なくされた介護施設入所者328名には、事故前過去5年間と比較し、事故後1年で平均2.68倍の死亡率の増加が見られました[3,4]。これらの結果は、将来起こりうる放射線事故、さらには高齢者の避難を伴う自然災害に対する備えとして、避難に伴う死亡リスクを減らす余地を大いに示しました[3,4]。

その一方で、事故に伴う長期的な健康リスクに関しては情報が少ないのが現状です。被災地域では元来の医療者不足に加え、若い人々の流出によって高齢化が加速し、事故から5年が経つ現在でも、保健医療体制は依然と十分とは言い難い状況です。さらに、現在でも18万人近くが避難生活を余儀なくされており(福島県だけでも6万人)、被災住民の避難生活の長期化は避けられません。このような状況の中、Stuart at al.(2015)やSatoh et al.(2015)によって、脳卒中や糖尿病を始めとする慢性疾患リスクの中・長期にわたる悪化が報告されており、現場では住民の長期的な健康状態のさらなる評価及び対応が求められています[5,6]。

そして今年2月、南相馬市及び相馬市と共同で行っていた、原発事故後の避難に伴う長期的な健康影響を分析した論文を、英医学誌BMJ Openで発表致しました。論文自体は下記のリンクからフリーで閲覧可能です。

http://bmjopen.bmj.com/content/6/2/e010080.full

本研究では、事故が起こる前(2008~2010年)と事故後(2011~2014年)において、毎年の慢性疾患リスク(糖尿病、高脂血症、高血圧)を算出し、さらに、事故時に強制避難区域内に住んでいた人(以降、避難グループ)と、区域の外に住んでいた人(20 km圏外の緊急時避難準備地域も含む:以降、自主・未避難グループ)の間で、事故後の慢性疾患リスクを比較しました。

使用したデータは、両市の特定健康診断(40-74歳の国保加入者)で、疾患リスクは投薬を行っているか否かと、採血結果(糖尿病:HbA1c ≥ 6.5% 、高脂血症:LDL-C(LDLコレステロール)≥ 140mg/dl、高血圧:SBP(収縮期血圧)≥ 140mmHg あるいは DBP (拡張期血圧)≥ 90mmHg)で判断致しました。

結果、避難グループでは事故前に比べ、糖尿病の疾患率は2013年以降1.55から1.60倍に増え、高脂血症の疾患率は2012年以降に1.16から1.30倍に増えていました。自主・未避難グループにおいては、糖尿病は2013年以降(1.27~1.33倍)、高脂血症も2013年以降(1.12~1.14倍)に増加が見られました。これらの解析では、毎年の健診受診者における年齢分布の違いは調節してあります。

さらに、個人属性(年齢や性別等)、臨床情報(採血結果)、生活習慣や既往歴、また自宅前の放射線空間線量を調整した上で、高脂血症の疾患率には、避難との間に小さいながらも統計的に有意な関連が見られました(1.18倍、95%信頼区間:1.06~1.32)。つまり、避難グループが自主・未避難グループよりも、事故後疾患率の増加具合がやや高い、という結果です。一方で、糖尿病及び高血圧疾患率には避難との有意な関係は認められませんでした。

これらの結果から幾つか考察できる点があります。

糖尿病と高脂血症の疾患率が事故から3年以上経過しても、事故前と比較し増加していたことは避難の有無にかかわらず認められており、災害後、長期的にこれらの慢性疾患管理が重要であることを示唆しています。食事管理や運動の継続の難しい避難生活を強いられたことが関係しているほか、避難していなくても働く場所が変わったなど、生活の変化が影響している可能性があります。

例えば、事故前は農作業をして生活を送っていた方の多くは避難に伴い田畑を失い、日常生活で体を動かす機会がめっきり減っています。事故後の失業に加え、仮設住宅などでの避難生活が長引き、将来の見通しが中々見えてこないという状況の中で慢性的なストレスに晒され続けている方もいます[7]。仮設の狭い居住空間の中で引きこもり、運動不足になるというケースも見られます。本調査では、避難している住民には3kg以上の体重の増減を示す人が多く、睡眠の質の低下も認められました。

一方で、高血圧リスクは事故後の上昇が見られませんでした。可能性として、他の2疾患(糖尿病と高脂血症)に比べ、セルフモニタリングが悲侵襲的(体を直接的に傷を付けずに済む)でかつ簡便であり、もともと社会一般の関心の高さが働いたことが考えられます。内服によるコントロールのしやすさも関係しているのかもしれません。

本研究は、当該地域にて避難と高脂血症の長期的リスクの関係を示した最初の調査です。今後も避難者の健康に対しては長期的な介入が求められます。もちろん、食事管理を含め生活習慣を変えることは容易ではありません。地域住民の健康を守るためには、例えば仮設住宅での継続的な健康相談のさらなる推進や、住民の足を健康指導や運動の場に向けさせる工夫など、地域全体での生活習慣病予防の取り組みが一層求められます。

繰り返しになりますが、本研究は避難するべきだったか、しないべきであったかを議論したものではありません。本研究は、南相馬市・相馬市の事故後経験を元に、将来に起こりうる放射線事故、さらには避難を伴う自然災害に対する備えとして、長期的な健康リスクを減らす余地を示すものです。本災害から得られた教訓と、細かいノウハウを、今後の災害時に生かす努力が求められます。

最後に本研究は、南相馬市役所、相馬市役所のスタッフの方々は勿論、南相馬市立総合病院の坪倉医師、尾崎医師、相馬中央病院の森田医師、英国インペリアル・カレッジ・ロンドンのホジソン・スーザン博士、ブランギャルド・マルタ博士のご支援を賜り、論文発表に至りました。

【参考資料】
[1]国会東京電力福島原子力発電所事故調査委員会. 第4部 被害の状況と被害拡大の要因. 2012.
[2]Yasumura S, Goto A, Yamazaki S, Reich MR. Excess mortality among relocated institutionalized elderly after the Fukushima nuclear disaster. Public health. Feb 2013;127(2):186-188.
[3]Nomura S, Gilmour S, Tsubokura M, et al. Mortality risk amongst nursing home residents evacuated after the Fukushima nuclear accident: a retrospective cohort study. PloS one. 2013;8(3):e60192.
[4]Nomura S, Blangiardo M, Tsubokura M, et al. Post-nuclear disaster evacuation and survival amongst elderly people in Fukushima: A comparative analysis between evacuees and non-evacuees. Preventive medicine. Jan 2016;82:77-82.
[5]Gilmour S, Sugimoto A, Nomura S, Oikawa T. Long-Term Changes in Stroke-Related Hospital Admissions After the Fukushima Triple Disaster. Journal of the American Geriatrics Society. Nov 2015;63(11):2425-2426.
[6]Satoh H, Ohira T, Hosoya M, et al. Evacuation after the Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant Accident Is a Cause of Diabetes: Results from the Fukushima Health Management Survey. Journal of diabetes research. 2015;2015:627390.
[7]嶋田裕記. 南相馬市の仮設住宅の健康影響について. 2016; http://medg.jp/mt/?p=6431. Accessed 15 February, 2016.
【略歴】野村 周平(のむら しゅうへい) インペリアル・カレッジ・ロンドン公衆衛生大学院博士課程。昭和63年、神奈川県生まれ。平成23年東京大学薬学部卒業。同年、同大学大学院国際保健政策分野の修士課程に進学し、福島県南相馬市・相馬市の災害復興支援に従事。国会事故調の協力調査員、及び国連開発計画(UNDP)タジキスタン共和国事務所の災害リスク事業でのインターンを経て、平成25年秋より現大学院へ留学。高齢者の避難リスク、及び災害後中長期における慢性疾患リスクに関する研究を行っている。昨秋、世界保健機関(WHO)本部の災害リスク・人道支援部門政策実施評価局におけるインターンを修了。

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