医療ガバナンス学会 (2016年3月16日 06:00)
この月刊集中2月末日発売号からの転載です。
井上法律事務所 弁護士
井上清成
2016年3月16日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
2.判定会議の目的
院内で医療事故判定会議を開催する目的は、医療事故の該当の有無の判断を法令に則って過不足なく適正化することと共に、判断手続を適切にすることによって組織としての判断を正当化することにある。
平成27年5月8日付け厚生労働省医政局長通知の別添には、各種の定めが明示された。たとえば、別添1頁には「施設管理等の『医療』に含まれない単なる管理は制度の対象とならない。」とあり、別添2頁には「『医療に起因する(疑いを含む)』死亡又は死産の考え方」を示し、原則として「療養」「転倒・転落」「誤嚥」「身体抑制」が除外され、併発症(提供した医療に関連のない、偶発的に生じた疾患)や「原病の進行」も除外されている。また、別添5頁では、「医療機関での判断プロセスについて」は、「管理者が判断するに当たっては、当該医療事故に関わった医療従事者等から十分情報を聴取した上で、組織として判断する。」と明確化された。
3.判定会議のもう一つの機能
さらに、直接の目的以外にも、院内での医療事故判定会議にはもう一つの機能を持たせることもできよう。
それは、仮りに「医療事故」には該当しなかったとしても、不適切な事例とも疑われて院内でよく検証する必要性が感じられた場合、管理に起因する事故として院内での医療安全管理を見直す必要性が感じられた場合、まさに「医療事故」ではないものの「医療過誤」ではあるとして取り扱うべき場合、医療安全の基盤たる医療の倫理を検討すべきと感じられた場合、特別に当該医療行為の質の医学的評価をすべき場合、逆に、適切な対処がなされたとして今後の参考にすべき場合など、諸々の検証事例を見い出す契機とする機能である。諸々の検証事例を見い出したら、それらをたとえば、医療安全管理委員会または院内事例検証会に回す手立ても考えられよう。
このようにして、院内医療事故判定会議を、院内の医療安全推進体制の基盤充実に役立てることもできるのである。
4.判定会議の構成員
実際上、医療事故の判定会議は機動的に開催されることが要請されよう。すると、院内の主要な者が少人数だけで会議を行うべきである。したがって、管理者(院長)、医療安全管理者(副院長)、医療安全推進室の担当者、当該診療科の長、事務担当職員といった数名が限度であろうし、また、通常はこれで十分であろう。
ただ、「医療事故である」と判断すればこれから大事(おおごと)となるし、「医療事故でない」と判断すれば患者遺族から非難されるかも知れない。すると、院内の少数幹部だけでなく、院外の専門家の意見も聞いておきたい場合も生じうる。もちろん機動性が確保される前提の下ではあるが、地元の病院団体や医療者団体から一人くらいは構成員になってもらう手もあろう。
しかし、医療事故判定会議の専門家構成員として最もふさわしいかも知れないのは、法医学者のようにも思える。法医学者は司法解剖や法医解剖をするだけが仕事ではない。むしろ、解剖しなくても、医療記録や関係者の供述、血液・尿等の検体などからだけで、「医療事故」該当性の有無に関する知見を提供してもよいし、さらにはそれこそが適切であるようにも思う。場合によれば、大学の法医学教室を借りて、急ぎそこで出張の院内医療事故判定会議をしてもよいかも知れない。
なお、念のために付け加えると、現状においては弁護士等の法律家は、判定会議の構成員にすべきではないであろう。甚だ残念ではあるが、弁護士等の法律家の多くは、今もって「医療過誤の呪縛」から解放されていないように感じられるので、構成員として適切とは思われないからである。
5.医療安全管理指針の改定を
今般の医療事故調査制度によって、今まで慣用されて来た「医療事故」の語義に変化が生じた。そこで、院内医療安全管理指針において、少なくとも「医療事故」の定義をし直さなければならない。すると、今まで「医療事故」として来たものは、「アクシデント」などの広い用語に置き換えるべきである。
これに伴い、すべての死亡症例の管理者の下での一元的チェックのシステムを導入することが望ましい。その上で、「院内医療事故判定会議」の設置をするとよいと思う。併せて、「医療事故」の場合における「院内医療事故調査委員会」の設置と、「医療事故」でない「アクシデント」の場合における「院内事例検証会」の設置も行うことが望ましい。
その他、WHOドラフトガイドラインにおける「非懲罰性」と「秘匿性」を諸々の場面において現実化すべく、自主的・自律的に各医療機関ごとに実情に即して医療安全管理指針の改定をするのが適切であろう。