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臨時 vol 56  「人」の力で未知の薬害を制せよ! (上)

医療ガバナンス学会 (2009年3月16日 14:16)


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――薬害肝炎後の医薬品行政 何が変わったのか? 変えていくのか?

帝京大学医学部附属病院腫瘍内科
帝京大学医療情報システム研究センター
堀 明子

2008年1月、フィブリノゲン製剤等の血液製剤による薬害肝炎事件について、
国と原告・弁護団が基本合意に至った。これを機に、厚生労働省は2008年5月、
薬害肝炎事件の検証及び再発防止のための医薬品行政のあり方検討委員会」を
発足。現在までに10回開催され、薬害肝炎事件の検証、薬害再発防止に向け行政
や医療機関等が取り組むべき安全対策、さらには薬事行政の組織論など、極めて
多岐にわたる内容が議題となってきている。舛添厚生労働大臣が相当力を入れて
いる会議でもあり、来年度も継続の方向性が示されている。

薬害肝炎の悲劇を繰り返してはならない。過去の例を検証し、そこから学ぶこ
との重要性については誰しも異論ないだろう。ただ、留意すべきは、様々な薬害
の反省を基に改善を重ねて来た結果、薬害肝炎が生じた当時と今とで、薬事行政
のあり方、特に厚生労働省医薬食品局と医薬品医療機器総合機構(以下、PMDA)
の体制が大きく異なることだ。当時の制度では対応できなかったが現在の制度で
は対応できる問題点と、過去の薬害からは想定できないため、現在の制度でも対
応し得ない問題点とに分け、冷静に議論する必要があるだろう。

加えて、将来薬害を繰り返さないためには、現在を基点として将来を志向した
薬害防止体制の構築が必要である。今、薬事行政に求められているのは、現在対
応できているリスク管理をより良いものにするにはどうするか、また、現在の体
制でも対応し得ないような未知の薬害・事態が発生するリスクにどう対応してい
くかである。その際、明暗を分けると思われるのが、組織を構成する人材と、デー
タベースや薬剤疫学的手法等の科学的なツールの活用である。特に、組織におけ
る人材の採用・育成および環境形成においては、職員の出入りの流動性確保と、
異分野の専門家の融合がカギを握るものと考える。

私は2003年7月から2007年12月まで、旧医薬品医療機器審査センター及び現在
の医薬品医療機器総合機構(PMDA)で新薬審査関連業務に従事し、現在、同委員
会の委員を務めている。今回は、医療現場と審査の現場、双方の経験を有する立
場から、薬事行政の現状報告とともに、薬害再発防止のための提言を行いたい。
これにより医療者や患者はもちろん、広く国民の間で議論が深まることを期待す
るものである。

※「薬害」とは明確な定義がなく、個人によって解釈が異なる可能性がある。こ
こでは、安全性上の問題を早期に発見、対応、情報公開できずに、健康被害とし
て拡大し、社会問題化することを「薬害」と表現する。


【 1 】 PMDAによる安全対策 ≪現状と課題≫

最初に、PMDAが実践している安全対策と今後の課題、それに対する提言を行い
たい。

(1) 安全性は大丈夫? 治験中の医薬品

治験中は、厳密な副作用報告が義務付けられており、PMDAの新薬審査部におい
てこれらの副作用報告をタイムリーに把握する工夫・努力がなされている。また、
治験実施中に、危険な副作用の頻度が多い可能性がある場合などは、PMDAが当該
製薬企業と話し合い、場合によっては治験を一度差し止めて解析を行わせること
が可能となっている。

(2) 審査部門と安全対策部門の連携強化を!

現在でも、PMDAの審査部門と安全対策部門は連携・情報共有するよう個別に努
力がなされているが、さらに密な連携を可能とする体制づくりが必要である。そ
のために注目すべきは、審査に携わった職員が市販後の安全対策にも関わる仕組
みだろう。実際、PMDAでは、プロダクトマネージャーとして開発から市販後まで
一貫してみる立場の職員を置くなどの試みが始まっている。 

PMDAでは企業に対し、審査段階、場合によっては治験相談の段階から、国際標
準(ICH)に基づき、すでに特定されたリスクを明示し、それに対する対応方法
を考え、リスクを最小化するための計画を練ることを求めている。最終的には審
査において、市販後に注意すべき副作用(リスク)に関する対応とその根拠が明
らかにされていくので、現行でもそれらを審査報告書で見ることは可能である。
だが、よりわかりやすく、より効率のよい情報開示の工夫を行う必要があるだろ
う。これまでに、適正使用を目的とした医師向けのマニュアルを企業と協力して
作る試みや、患者向け医薬品ガイド作成などが自主的に行われてきたが、果たし
てそのような方法が実際に有効な手段であったか、検証した上で改良を続けてい
くことが重要である。

また、PMDAが、市販後の(製造販売後の)調査や試験を企業に課する場合には、
1、目的とする内容を正確に検討できるために、合理的な調査計画を企業に示し、
2、企業に指示した内容と、そのような指示をする根拠について、よりわかりや
すい形で情報公開する必要があると考える(現行では、審査報告以外では、その
調査・試験を行う企業に公開を依頼する形になっている)。

こうした工夫により医療者や患者は、なぜそのような調査や試験をPMDAが指示
するのか、知ることができる。そうなれば、調査や試験の遂行に対しても納得し
て協力できるようになると期待される。また、十分な情報が開示されることによっ
て、PMDAの判断・指示内容に対するそれぞれの専門分野からのチェック機能(フィー
ドバック)も期待できる。企業に対しても、国民の目からチェックが入ることに
なると考えられる。

(3) 「市販後の安全対策」が全世界的なテーマ

情報のグローバル化を受け、現在ではタイムリーな安全対策が全世界的に要求
され、どの国にとっても重要なテーマとなっている。日本だけが遅れているとい
うわけではない。例えば米国でも、COX2阻害剤(鎮痛薬、非ステロイド性抗炎症
薬)と心血管系リスク、あるいはSSRI(抗うつ薬)と自殺の関係が指摘され、社
会問題となった。現在、FDA再生法(FDAAA)により、市販後の安全対策について
様々な改革が行われようとしている。とはいえ、日本が医療システムの異なる国
での安全対策を模倣しても機能しない。日本の社会・文化・医療システムに適し
た最良の安全対策について、前向きに、日本独自の議論を行う必要がある。

勿論、すでに現在までにも、薬害の反省をうけて様々な改良がなされてきた。
今後は、<1>徹底した情報公開の促進、<2>講じた安全対策のアウトカム評価を実
行できる体制、<3>未知のリスク発見や副作用を含め疾病の発生情報を把握する
ための国家レベルでのデータベース構築、さらに<4>新たな手法へのチャレンジ
が必要と考える。


<1> 徹底した情報公開

市販開始に向けて行う現行の情報公開については、【1】(2)で既述のとおり。

市販後は、調査・試験の実施状況について、PMDAのウェブサイト上での公開な
ど、より積極的な開示が求められる。また、添付文書改訂など何らかの対応が市
販後に行われた場合の経緯や判断根拠なども、審査報告が公開されているのと同
様、開示されるべきと考える。


<2> 講じた安全対策の評価、フォローアップ

PMDAは審査終了後、市販後の安全確保を目的とした情報提供(注意喚起)を行
い、必要な場合には、調査・臨床試験の実施を企業に指示している。特に、それ
が承認条件の場合には、製薬企業に義務を課することができるようになっている。

しかし、現在ではPMDAの人員不足の問題から、実際に行った対応の結果につい
て系統だった評価ができていない。今後、少なくとも以下の3点を評価する体制
を作る必要があるだろう。

◆ 市販前に予想していた安全性上のリスクと、実際のリスクとにどのような違
いがあったか?

◆ 企業は、確実に安全対策(調査や試験を含む)を実施していたか?

◆ PMDAの、国民や医療関係者に対する情報開示は十分であったか?

特に、医療現場に対する情報開示が十分であったかは、PMDAが医療機関と連携
して、何が不足か、不足しているとすればボトルネックは何か、現場が望む情報
開示方法は何かなどを情報収集し、今後の安全対策に役立てていくべきだろう。
この場合、決して監視・取締りといった姿勢ではなくて、現場のサポートでなけ
ればならない。現場のサポートこそが、患者を守ることにつながるためである。


<3> 大規模データベースの必要性と課題

承認を受けて市販されると、その医薬品を使用する人数が爆発的に増えるため、
限られた人数の治験データからは分からなかった副作用(未知の副作用)が明ら
かになってくる可能性がある。また、遅発性の副作用も、市販後に明らかになる
可能性が高い。

現在でも、承認時点において、市販後に速やかに多くの情報収集が必要と判断
された場合や、その医薬品の使用者の把握が必要な場合には、PMDAが企業に全例
調査を課すという方法をとっている。全例調査は、文字通り使用者全例を登録す
るため、特定の医療機関で行う調査や副作用自発報告とは異なり、最速で多くの
副作用情報を得ることができ、使用人数や使用医療機関を把握できるという利点
もある。

欠点としては、(ア)その医薬品を使った患者の副作用情報しかないため、そ
の医薬品を使っていない患者と比べてどのようなリスクがあるのかという検討は
困難、(イ)市販後に行う全例調査は、治験と違って製薬企業からの人的サポー
トがないため、多忙な医療機関に全面的に業務が委ねられており、現在でもその
負担は非常に大きい、(ウ)そのような業務契約を交わせる医療機関のみにその
医薬品の納品が行われるため、実質的に医療機関や患者のアクセス制限が起きる、
ということが挙げられるだろう。(ウ)については、例えばサリドマイドのよう
に厳格な流通管理が必要な場合には有意義だが、そうではない場合には、患者側
からすると欠点となる恐れがある。

したがって、その医薬品の使用人数や使用医療機関の把握が目的の場合には、
「全例調査」とは別の枠組みのもと、リスクに応じて幾つかの方法を使い分ける
必要があると考える。

特に、次のような点が求められるだろう。
・ 当該医薬品を使用している全体の人数(副作用頻度を知るための分母)を把
握しておき、何かあった場合に、薬を使った人数と副作用が起きた人数がわかり
発現頻度がわかる
・ 誰が使用しているかわかる
・ ある集団において医薬品を使用している人としていない人を把握し、医薬品
使用による影響を調べることができ、未知のリスクや遅発性のリスクも検討でき


具体的には、多数の病院および診療所の処方、検査結果、病名などを統合した
大規模データベースが必要である。日本で最も考えやすい例は、レセプトデータ
ベースを活用することだが、これにはいくつかの課題がある。

◆ 厚労省保険局が出した「医療サービスの質の向上等のためのレセプト情報の
活用に関する検討会」報告書(平成20年2月7日
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/01/dl/s0130-16a.pdf)では、「特定の個
人が識別できないよう、国がデータを収集する際には、患者等の氏名等個人情報
を削除する」としている。このため、重篤な副作用の医薬品を誰が使っているか
(使ったか)わからず、本人に知らせることができないといった患者の不利益が
生じる。勿論、個人情報保護の観点から匿名化は必須だが、十分に注意した上で、
いざという時のために連結可能性を残す工夫が必要だろう。

◆ レセプトデータベースからは、生死などの転帰や、保険病名から本当の疾患
名が正確に把握できない可能性が指摘されている。レセプトに記載されている保
険病名を上手に使うためには、通常は匿名化されている情報に関する「連結」を
必要なデータに限って可能として、国が有する他のデータベースや医療機関内の
原データと見比べて検証し、「信頼できる保険病名」と「信頼できない保険病名」
を区別することが必要となる。

◆ 現状では、国以外の主体によるレセプトデータの活用は著しく制限されてい
る。上述の厚労省保険局による報告書でも、データの利用にあたり、公益性の確
保、目的、計画、分析方法、データの使用・管理方法などについて個別に事前審
査を受けなければならないとされている。もちろん個人情報保護の観点から一定
のルールが必要だが、多様な主体による多様な分析によって薬害を早期発見・早
期防止するという国民の利益を損ねないような運用方法が求められる。


<4> 新たな手法へのチャレンジ

すでに、データマイニング(薬剤と副作用の関係に気づくことが目的)やファー
マコゲノミクス(副作用の「予測」「予防」が目的)などが再三指摘されている
とおりである。PMDAでも取り組みが始まっているようだ。


(4) 未承認医薬品の安全対策を!

情報のグローバル化を受け、いまや患者も海外での医薬品や医療情報を簡単に
知ることができるようになった。国内未承認の医薬品が個人輸入されて使用され
ることも多いのが現実である。

ところが現状では、未承認薬を使用する患者は、承認されている医薬品や治験
中の医薬品に対する安全対策の枠組みの外にあって、保護されていないことが最
大の問題といえる。未承認薬をやむなく使用する場合の使用件数(分母)も副作
用件数(分子)も明らかにされておらず、薬害の拡大を防ぐことができない。

患者のために未承認薬をやむなく使用した場合の副作用報告については、未承
認薬だからという理由で無視するのではなく、積極的に収集、分析、公開する必
要がある(これを行う組織としては、治験薬や承認済みの医薬品でノウハウを有
するPMDAが行うのが妥当であろう)。そのためには、副作用報告の窓口(受付先)
が設置され、薬監証明のデータから、未承認薬を使用している全体の人数(副作
用頻度を知るための分母)が把握されるべきと考える。

また、未承認薬を個人輸入する場合の代行業者に副作用報告を義務付けるなど、
未承認薬の使用による安全管理を徹底する必要もあるだろう。そして、得られた
情報は、未承認薬の場合であっても、速やかに国民に向けて情報公開されるべき
である。



【 2 】 「適応外使用」はほんとうに悪なのか?

第9回委員会(平成21年1月15日)において、「医師の裁量による適応外や研究
的な医療行為については、倫理審査委員会等による院内のチェック機能を徹底す
べき」という議論が出た。しかし、意外に聞こえるかもしれないが、すべての適
応外使用をなくそうという発想は国民の不利益を招くことになるため、以下少し
考えてみたい。

(1) 適応外使用とは?

<1> 一口にいっても、ピンからキリまで

適応外使用とは、すでに国内で承認されている医薬品を、添付文書に書かれた
効能・効果、用法・用量の範囲外で使用することである。適応外使用には、通常
の治療行為として使用すべきではない研究的なものから、広く国内外でコンセン
サスが得られていても使用方法としては国内で承認されていないものまで、様々
なものが含まれる。

適応外使用のうち、研究的な医療行為については、現状でも、通常は臨床試験
として実施し、事前に倫理審査委員会に諮っており、今後この手続きは強化され
ていく方向にある。一方、医学的・倫理的に不適切な使用や、医薬品の横流しの
ような違法行為は、もちろん許されるべきではない。このような処方について適
応外使用のあり方をチェックする仕組みを作ることに反対する人はいないだろう。

また、薬害肝炎では、適応外使用により、本来フィブリノゲン製剤を使用する
必要性がない患者にまで投与されて使用患者数が増加し、被害が拡大した面があ
るとされている。こうした事例から「適応外使用は悪だ」というイメージを抱く
方がいることも理解できる。

しかしながら、すべての医薬品の適応外使用を問題視すると、必要な治療を受
けられない場合が生じ、結果として多くの患者にとって不利益が生じる恐れがあ
る。


<2> 適応外使用はむしろ不可欠

例えば、シスプラチンという抗がん剤は、がん化学療法における「キードラッ
グ」であり、世界中で様々ながんに対して使用されている。私がPMDAに在籍中に
調べた際、米国ではシスプラチンの添付文書に記載された効能・効果(適応)は
極めて限られていて、肺がんすら含まれていないことに非常に驚いたのを覚えて
いる。しかし、これはつまり、米国でも日本と同様に、抗がん剤の適応外使用が
稀ではないことを示すものに他ならない。

現在のがん化学療法では、複数の抗がん剤を併用することが多く、新薬も相次
いで発売されるため、最善の治療方法は次々と更新されていく。必要ならば効能
効果に適応症を追加していけばよいという考えもあるかもしれないが、すべて
の治療方法が、製薬会社による申請、PMDAによる審査という時間のかかる意思決
定プロセスを経て、遅滞なく承認されるのは現実的には不可能である。

また、稀少疾病や小児疾患など、採算が合わないために企業が治験を実施せず、
医学界ではコンセンサスが得られている薬剤であっても承認されていないケース
などもある。

すなわち臨床現場では、医学的見地から最適な医療を実践するためには、適応
外使用を行わざるを得ないのが現実である。

ここで注意していただきたいのは、適応外使用であっても、他の適応症に対し
て既に承認された医薬品であり、製剤自体の安全性は担保されていることだ。医
療現場では、その時々の医療水準や患者の状況を踏まえ、各人が必要とする治療
を受けられるよう柔軟に対応しているのが現実である。適応外使用をした際の金
銭的な対応は各国の医療保険システムによって異なるが、安全性に対する配慮に
関しては、日米の間に大きな差は見られない。

日本では金銭的な対応(保険適用)についても、患者にとって必要な治療をす
るために適応外使用をせざるを得ない場合が考慮されている。旧厚生省の昭和55
年通知以来、薬理作用から判断して学術上問題がなければ適応外使用を行っても
医師の裁量権の範囲であるとして、保険診療を認めてきた。米国にあっては、適
応外使用の場合も、保険会社が認めれば保険で支払われている。(昭和55年通知
:「保険診療における医薬品の取り扱いについては、厚生大臣が承認した効能又
は効果、用法及び用量によることとされているが、有効性及び安全性の確認され
た医薬品(副作用報告義務期間又は再審査の終了した医薬品をいう)を薬理作用
に基づいて処方した場合の取り扱いについては、学術上誤りなきを期し一層の適
正化を図ること」「厚生大臣の承認した効能効果等を機械的に適用することによっ
て都道府県の間にアンバランスを来たすことのないようにすること」)


<3> 実情を踏まえた現実的議論を!

このような現状にあって、個々の医師は日々、各種のガイドラインや文献など
を踏まえ、目の前の患者に「何が最適な治療法か」を個別に考えて治療している。
もっと言えば、個々の患者がそのリスクとベネフィットを最適化する治療を受け
られるよう、その時々の医療水準を踏まえ医師が柔軟に対応していかなければ、
患者は治療を受ける機会を逸する危険があるのである。

患者の利益を最優先するのが医師であり、患者にとって必要な治療を「適応外
使用だからできません」と言うことの方が、医師として非難されるべきだろう。
そのような医療を日本の国民が選択するとは思えない。患者の意思や現場の担当
医師の判断を尊重することなく、有識者による倫理審査委員会の判断が強制され
るようになれば、もはや患者中心の医療とは言えなくなるだろう。

すなわち適応外使用を考える場合、医療を受ける患者の権利も含めて考える必
要がある。「薬害の温床になるかもしれないから規制すべき」「適応外使用はす
べて悪」という発想ではなく、適応外使用をせざるを得ない現実を認めた上で、
適応外使用における薬害防止の方法について議論を別に進めるべきなのである。

例えば、適応外使用に伴う安全性のリスクとして、適応外の疾患へ用いたため
に、あるいは他の医薬品との併用によって、想定範囲外の副作用が出る可能性が
ある。現行のシステムでも医療機関からの報告義務は課せられているが、適応外
使用をせざるを得ない状況を認めた上で、より良い安全性確保の方法は何かとい
う議論を行う方が重要といえる。 

また先に、不適切な適応外使用であるかどうかについてのチェック機能を作る
こと自体は反対ではないと述べたが、チェック機能のタイミングについては注意
が必要である。「事前」のチェックは実態にそぐわず、現実として不可能である。
現実の臨床現場では、刻々と変わる患者の状態に合わせた瞬時の判断が要求され
る。また、最善と考えられる治療の変遷スピードも、医学薬学の進歩を反映して
非常に速くなっている。このような状況で、適応外使用にあたっての「事前」の
チェックを必須とすれば、それを待っている間に治療の機会を逸する患者が続出
することは明らかである。規制や取り締まりではなく、事後のチェック機能の強
化や、その判断根拠として情報公開を促進することが、患者の利益につながるだ
ろう。


(2) 注意書きは禁忌にあらず!

第9回委員会では、添付文書の注意書きに関して、「『効能・効果(適応症)
の記載の不明確さが、科学的な根拠のない適応外使用を誘発しているのではない
か』という観点からの検討が必要ではないか」という議論も出された。

現行の添付文書では、効能・効果に関連する使用上の注意において、「○○に
対する有効性及び安全性は確立していない」などと記載することで、一定の注意
を促しつつ実際の使用を可能としている。この注意書きの意義は、その医薬品が
承認された場合に十分想定される使い方のうち十分なエビデンスがないものにつ
いて、「少なくとも現時点はその使い方について十分なエビデンスがありません
よ。そのことを知った上で使用方法を熟慮してください」ということを情報提供
することだ。禁忌とは違う。医師と患者の間での話しあいの結果、使用するとい
う決断があって何ら問題はないのである。このことが不明確で混乱を招くのであ
れば、その旨をより明確にする必要がある。

そして、もし仮に、治験で検討されていない患者集団への使用を不可能とする
ような記載方式を取れば、大多数の患者において治療が不可能となり、日本では
必要な診療行為がストップする。なぜなら、実際の医療現場の患者一人ひとりの
状況と同じ集団すべてに治験を実施することは不可能だからである

添付文書の記載をより厳しくして使用対象を制限しようとする対策では、薬害
を防ぐという目的を果たすことはできないどころか、患者の不利益を招く。厚労
省やPMDAが説明責任を形式的に回避できるだけであって、とうてい患者視点に立っ
た制度と言えるものではない。

勿論、治験で得られた有効性・安全性に関する情報や、適正な使用方法を、正
しく医療現場や患者へ情報提供することが必要なことは言うまでもない。積極的
に情報提供するという行為を使用制限に結び付けてしまえば、容易に情報提供が
出来なくなり、本末転倒となることに注意が必要である。

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