臨時 vol 57 「人」の力で未知の薬害を制せよ! (下)
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――薬害肝炎後の医薬品行政 何が変わったのか? 変えていくのか?
帝京大学医学部附属病院腫瘍内科
帝京大学医療情報システム研究センター
堀 明子
【 3 】 組織を活かすチェック機能 だめにするチェック機能先に適応外処方に対するチェック機能の話が出てきたが、同委員会では、PMDA、厚労省、医療機関に対する外部からのチェック(監視)機能が必要という議論も出ていた。(1) PMDA:ダブルチェック―”内から”あってこその”外から”<1> 内部の自律的なチェック機能の充実確かに外部からのチェックは必要だが、外部からのチェックを可能とするための前提として、内部からの十分な情報発信と内部での自己点検が不可欠である。前述の「講じた安全対策の評価、フォローアップ」や十分な情報公開が、例としてこれに該当する。また、審査や安全対策のプロセスを明確にする努力をすることも、自己点検に含まれるだろう(【4】(1)参照)。自己点検をしていく上では、職員同士が相互にpeer reviewをかけ、活発な議論ができるような職場環境を形成していくべきである。上司が言ったから、あるいは厚労省が言ったから、という姿勢とならない文化形成が必要となる。<2> 外部チェックのあり方とは?外部チェックについては、医療や薬学など多様な専門分野の現場からのチェック、行政の立場にある厚労省からのチェック、一般国民からのチェックなど、様々な立場からのチェックが考えられる。チェックは、監視や取締りといった発想ではなく、国民の利益のためにPMDAと対等に議論し、前向きな議論ができる体制でなければならない。監視や取締りをすれば、隠蔽や責任回避の温床になるだけだ。対等な議論をする上では、いったんPMDAに入った後に出て行った人材が、極めて大きな役割を果たすと考える。PMDA内部の専門家と同等またはそれ以上の知識・経験・ノウハウを持って、自由に発言できる立場にあるからである。すなわち、多様な専門家が、それぞれの現場とPMDAとを循環する環境づくりが極めて重要と考える(詳細は【4】(2)(3)参照)。(2)厚労省の「審議会ありき」に異論あり!さて厚労省医薬食品局の審議会に関連して、第9回委員会のたたき台には、「審査段階で審査報告書等を公開し、意見募集を行う等の手続を組み入れるべきではないか」「一回の審議会で多くの医薬品の審議が行われることがあるが、委員が十分に資料を吟味して出席できるような措置を講じるべきではないか」という意見も上がっていた。現行では、医薬品の審査はまずPMDAで実施し、その審査結果をさらに厚労省の審議会の分科会・部会に諮る仕組みになっている。PMDAでは、審査途中において、必ず各品目について外部専門家を交えて議論を行っている。この外部専門家は専門委員とよばれ、医師を含め数多くの委員がプールされており、利益相反の面で問題がなければ当該薬剤の議論に適した専門委員を10名弱選択し、議論を行うことになっている。一方、厚労省の審議会の分科会・部会は毎回同じメンバーで、様々な分野の薬について審議している。今後を考える上で、特に、審議会ありきの議論を進めることには違和感がある。現行のまま審議会での議論を充実させても、審議の長期化につながり、「ドラック・ラグ」の問題を大きくするだけになりかねない。医薬品の安全性を担保しつつ、いかに審査の迅速性を諮るかを総合的に勘案して、あるべき体制を検討すべきと考える。(審議会の人選の見直しについては、2008年2月27日の厚生労働大臣の発言「厚生労働省改革元年に、大臣就任から半年を経過して」においても言及されているhttp://www.mhlw.go.jp/kaiken/daijin-aisatu/080227-1.html)。例えば、米国FDAは専門家集団として審査を行っており、日本の専門家集団であるPMDAのように一律に外部専門家と議論する仕組みもなければ、一律に厚労省の審議会がその結果を評価する仕組みもない。ただし、徹底的に議論すべき薬については、アドバイザリーコミッティー(advisory committee)という、公開の会議を開催し、時には承認の遅れにつながっても十分に議論を尽くすことになる。このような例は参考となるのではなかろうか。(3) 医療機関のチェック: 現場不在はNG!医療機関のチェックについては、薬事行政による規制のみならず様々な制約や問題を抱える医療現場に対して、現実的に不可能な議論や、コストを度外視した議論、生身の患者を無視した机上の空論が展開されてはならない。そのためにはまず、現在厚労省やPMDAが指導している安全対策が現場でどのように施行されているかの調査が優先である。特に、研究的な医療行為は別として、医師の裁量権で行う適応外使用について倫理委員会にかけるべきといった論調は、少なくとも事後のチェックとしない限り医療を破綻させるということを、再度強調したい。また、医療機関での取り組みの問題を論じる上で、「医師は添付文書を見ない」「不必要な投薬も行われている」といった根拠のない一般化が行われることがあるが、これは、前向きかつ冷静な議論の妨げになるので避けるべきだ。 (4) 過剰な監視・規制はかえってマイナス監視・規制や、薬害が起きた場合の責任追及については、その方法や程度も適正でなければならない。結果だけをもってPMDA職員に過剰な個人の責任追及を行ったり、PMDAの判断や行動に対する監視・規制を必要以上に厳しくしたりすることは、逆効果となりかねない。どんな人物であったとしても、そのような環境におかれれば、専門的判断に基づく正しい判断・あるべき行動よりも、責任回避のための行動が発生する危険があるからである。同様に、医療現場に対して過剰な監視・規制を行い、人体の不確実性や医学の限界があることを無視した評価を下せば、医療従事者の専門的判断に支障が出てくるに違いない。すなわち、その時点の科学水準に照らした最新の治療よりも、従来から行われている古い治療を選択したり、副作用が多い治療を躊躇したりするようになり、リスク回避を優先した萎縮医療となるだろう。そうして日本の医療は、「薬害のない、患者を第一に考える医療であってほしい」という本来の国民の希望とは、むしろ大きくかけ離れていくと懸念される。かつて遭遇したことのない薬害を防ぐためには、PMDA・医療現場への「規制強化」「取り締まり」といった発想ではなく、それぞれの現場をサポートするためのチェック機能という発想が必要といえよう。【 4 】 PMDAの今後 ――カギは「人」、それを活かす「環境」過去の薬害から学んだ教訓によって、PMDAの前身である医薬品医療機器審査センター設立以降、かつて厚生省で官僚が行っていた薬事業務の多くが、複数分野の専門家からなる職員によって行われるようになり、専門性を確保する仕組み、情報を公開する仕組みが整ってきた。しかし、課題は残されている。(1) 審査業務には”社会学的”科学も必要PMDAでは、非臨床・臨床試験の結果や海外での市販後情報まで視野に入れ、安全性情報を審査するノウハウをすでに蓄積してきている(そのうち市販後安全対策へつながる業務内容については【1】(2)ですでに述べた)。しかし、より合理的な審査を行っていく上で、審査プロセスの明確化が求められる。審査員が判断する論点を明確にし、承認の判断へ向けてのプロセスを明らかにしていくことで、効率を上げるのみならず、審査段階での評価の漏れを防ぐ効果も期待できる。先に挙げた内部チェックも期待でき、担当する審査チームによってばらつきがあるといった事態を防ぐことができるだろう。実際すでに、そうした取り組みもPMDA内部で開始されている模様である。ただし、これは審査を単純化して画一的にし、コンピューターでもできるような内容にすべきだという意味ではない。審査でいう”科学的判断”には、科学技術的な意味での科学だけではなく、 “社会学的な”科学も含めた判断が要求される。純粋にサイエンスに基づいて開発された医薬品が、実際の日本の社会で使用する場合にどうなるかという判断である。薬の種類や対象となる疾患、その領域の患者や医療現場の置かれた状況等を総合的に含めた判断が必要になるため、薬効群で分かれている審査チームによって判断基準が違う部分も出てくる。審査報告に関しては、もっと多くの国民(主体は医療従事者)に読んでもらえるような工夫が必要だろう。また現在は、審査中に企業が「申請取下げ」を行ったり、不承認の判断が下されたりした場合の審査内容は非公開になっているが、何らかの理由で不承認となったものが個人輸入等で使用される場合も想定される。これらについても、製造工程などの機密情報には配慮した上で、公開を検討するべきではないだろうか。上述のような自主的な改革を行っていける職員を審査部門に確保する上で、次の課題は、その質の問題へと変わっていくことと思われる。これには、PMDAを出た後のキャリアパスを確立し、専門家育成・循環を十分に行うことが重要だ。具体的には【4】(3)で述べる。(2) 未知の薬害を防ぐ人材育成と環境整備過去の薬害を教訓として改革に努めてきたPMDAだが、将来に向けた最大の問題は、過去から学んで整備した法や制度だけでは、まだ起きたことのない薬害を防ぐことはできない可能性があることである。過去に起きたことのないタイプの薬害を今後いかに防ぐか。これは、「人」によって防ぐしかない。すなわち、薬害が起こるかもしれないと考えたときに、薬害と断定はできない段階から科学的合理性に基づき情報発信できるような、専門家としての自由と気概を持つ人材をPMDAにおいて育てなければならない。同時に、職員が、時として慣行に縛られずに、国民を最優先に考えた勇気ある行動を取ることが可能な環境を、PMDAに整備していくことが重要だろう。(3) 求められる人材の多様性と流動性、そして・・・では、具体的に、PMDAがどのような組織や環境であれば、国民の安全確保を最優先に考える人材育成・環境整備が可能となるだろうか。以下に4点、挙げさせていただく。<1> 様々なバックグランドを持つ専門家の採用先にも少し触れたとおり、審査・安全対策を行う上での”科学的判断”は、当然、純粋な科学や統計的判断が中心となるが、その医薬品を実際の日本社会で使用する場合を想定した判断が要求されるため、”社会学的な”科学も含めた判断も重要となる。薬剤師、臨床経験を有する各診療科の医師、毒性の専門家、統計家、調査分析の専門家、マネージメントの専門家など、多様な専門家が協力して初めて、質の高い審査や安全対策業務が可能となるのである。現在の審査部門のように、安全対策を担う部門においても、各専門家からなるチーム性を導入して質の高い検討が行われる環境を整備する必要がある。<2> 人材の流動性を高めよ!これらの多様な専門家が、それぞれの現場とPMDAを循環する環境が必要となる。どの分野も日進月歩であり、それぞれの現場から優秀な人材を入れ続けねばならない。同時に、どんなに優秀な人であっても、終身雇用でPMDAにだけ勤めていたら、現場の実態や科学の進歩から取り残されることは疑うべくもない。したがって、PMDAに多様な専門家を集める一方で、一定期間の勤務の後にはまたPMDAを出ていく動きも作る必要がある。これにより、大学や病院などで薬害や医薬品開発等について教育できる人材が増え、日本全体のレベルアップにつながる。さらには、一度PMDAから外部に出た人材が、年齢を経て様々な立場での経験を積み成長した後、マネージメントや組織の運営に関わる形で再びPMDAに入ってくるといった循環の形成が理想である。そうすれば組織全体の向上が期待でき、質の高い審査・安全対策の実施により国民の安全が守られるだろう。しかしそのためには、各分野における専門家にとって、いったんPMDAに入って出ることが後のキャリアアップにつながるというインセンティブを作っていかなければならない。そうでなければ、多様かつ優秀な人材はPMDAに入る道理がない。様々な専門分野の現場側から見ればPMDAでの審査・安全対策の経験がある人材は貴重なはずだが、現状では、PMDA退職後2年間は関連営利企業への勤務禁止等、様々な制度上の制約も存在している。アカデミックポジションの数も限られている。PMDA退職後の再就職がままならない状況であれば、優秀な人材が入らず、なおかつ人材が固定化するネガティブスパイラルとなるのは自明である。<3> 国民の利益を守るための独立性と中立性PMDAにおける専門家の判断や情報発信は、独立性や中立性を保つ必要がある。企業はもちろん、官僚や政治家からも独立でなければならない。結果としてPMDAの判断と官僚や政治家の判断とが異なる場合は当然ありえるが、この場合にも、国民の利益を最優先として、対等に議論できるような人材かつ環境である必要がある。<4> アカウンタビリティ(説明責任)の徹底を!PMDAは国民に対して透明性のある組織でなければならない。PMDAが行った判断については、その根拠を公開し、社会への説明を十分に果たすことのできる組織である必要がある。【 5 】 医療現場における、PMDA、製薬企業との協同作業現在の医療現場にまず必要なのは、教育と人材登用のためのポジション獲得であろう。本質的には、医学生や医師に対し、薬事行政、薬害問題、医薬品の薬効評価、薬物治療などの教育が必要である。医療現場にはこれらの情報が十分伝わっていないため、厚労省やPMDAとの間に溝がある。これを埋めていくためにも、医療現場とPMDAとの人材の循環が望まれる。なお、未来の安全対策を考えるとき、PMDAのあり方同様、医療機関においても多種の専門家が融合することが求められる。医師に全てを抱え込ませるのではなく、医師以外の医療従事者の人数を増やし、その協力を得ていくことが重要である。企業から受ける情報提供活動や広告のあり方も課題のひとつだ。MRの説明や、企業が配布する資料のありかたは、医療側あるいはPMDAも関与しての積極的な検討が必要であろう。承認済みの内容はもちろん、日本で未承認の医薬品や適応外の使用方法に関する報告についても、学会・論文情報等の情報提供をすること自体は歓迎される。質の高い情報提供活動であるならば、アカデミックにも実地臨床においても、大いに参考になるであろう。問題は、バイアスのかかった情報提供となっていないかという点である。例えば、一定の条件を満たしたもののみを情報提供するといった基準作りが必要と考えられ、FDAの取り組みは参考になるかもしれない(http://www.fda.gov/oc/op/goodreprint.html)。またMRは、忙しい現場の臨床医にとっては、必要な情報を提供してくれる貴重な情報源であり、製薬会社との接点であることも事実である。そこで医療機関にいるMRを、質の高い情報提供活動の担い手あるいは医療現場からの情報収集活動の担い手に育てることができれば、薬害を防ぐ上でも有益と考えられよう。そのようなMR育成の取り組みについて、今後はさらに注目していくべきである。