最新記事一覧

臨時 vol 59 「北海道医学生の会の取り組み」

医療ガバナンス学会 (2009年3月18日 14:14)


■ 関連タグ

―医学生の考える医学教育カリキュラムの提案

津田健司(北海道大学医学部5年)
駒井俊彦(北海道大学医学部5年)


【 北海道医学生の会のコンセプト 】

昨年9月以降「医療における安心・希望確保のための専門医・家庭医(医師後
期臨床研修制度)のあり方に関する研究」班会議や「臨床研修制度のあり方等に
関する検討会」において、医師の養成・教育について熱心な議論が行われていま
す。去る2月19日には、初期研修を実質1年にすること、都道府県毎の初期研修
医定数を決めることが厚生労働省と文部科学省の合同検討会から提示され、新聞
各紙の一面を飾りました。医師の養成はもはや医療界のみならず社会全体の関心
を集めています。しかしその中には、将来医師になる医学生からの意見はすっぽ
りと抜け落ちています。「教育に関わる当事者としての医学生が意見を持つ、言
う、届ける」ことが北海道医学生の会のコンセプトです。

こうした理念の下、私達の現在の目標は、学生と教官とが知恵を出しあい、北
海道大学医学部卒前教育をより良いものに変えていくことです。大学で医学生が
学ぶ医学教育カリキュラムは、過去の反省を踏まえて様々な制約のもと先生方が
多大な時間をかけて作ってくださっているものですが、教育を受ける立場の医学
生の声は、やはりほとんど入っていないか、極めて限定的に入っているのみです。

北海道大学の医学教育をより良いものにするにはどのようにしたらよいか、5
年生を中心に学年を超えて他大学や他国の例を参考に議論を交わし、アンケート
を行い、内部で一定の意見のまとまりを得ました。私達の提案は、以下の3点で
す。

1)PBL(Problem Based Learning)教育の導入
2)多様な進路を生み出せるFree Quarter制度の導入
3)教育の質を評価・担保する「医学教育委員会」の設立

上記のように一見目新しくない提案をなぜ敢えて行うに至ったかを以下に述べ
ます。

1)PBL教育の導入

【 臨床実習を終えてなお抱える、医学生の将来への不安 】

私達は『北海道大学の医学部教育に関するアンケート』を同大5年生100人に実
施し、87人から回答を得ました。その中で「患者さんの訴えが特徴的ではなかっ
た場合、問診をとっても診断が思いつかず思考停止してしまった。」「鑑別診断
があがらなかったり、鑑別するために次に行なうべき検査が何かわからなかった
りしたことがある。」といった感想が複数寄せられました。また、『医学生とし
て卒業前までに学ぶべき・学びたいと思うものは何か』を項目別に調査した結果、
症候学を卒前に大学で学びたいと答えた学生は98%にのぼりました。医学生は研
修制度がころころと変わり振り回される中で、医師の思考過程を身につけるトレー
ニングがなされないまま卒業後ただちに実践力を期待されて働くことに、漠然と
した不安を感じています。先輩方は「みんなそうやって医者になってきたんだ」
とおっしゃいますが、研修医・医師への社会の目はますます厳しくなっており、
研修医の訴訟事例もあるなど、卒業時点で求められる能力のハードルは上がって
きているように感じています。

【 医学部における従来の講義 】

振り返ってみますと、医学部の講義は明治以来一貫して教官から学生にむけた
一方向性で、主眼は知識の伝達にありました。確かに学ぶ術が限られていた時代
には知識自体に大変な価値がありました。杉田玄白がターヘル・アナトミアを翻
訳した時代には、解体新書を知っているか否かは医師の能力を規定する決定的な
差であったことでしょう。しかし現代においては和書が充実し、洋書もAmazonな
どを通じて簡単に手に入るようになりました。加えてOnline学習教材の出現など
自己学習の手段は多様化しており、時代の変化とともに、教科書的な知識は十分
個人で勉強可能になりました。

伝統的な講義の中で医学的知識は6年間で一定の傾きを持って伸び続けていま
すが、臨床現場での医師の思考過程を身につけるトレーニングはほとんどなされ
ておらず、臨床推論能力は医学部卒業時点ではお粗末なものです。方法論を教え
られないままに知識の統合が学生に任され、臨床現場で使える形に知識が整理さ
れていないことが、先にのべた医学生の漠然と感じる不安の要因となっていると
考えられます。

【 PBL教育導入の提案 】

上記を解決する1つの方略としてPBL教育の導入を提案します。私達は米国の大
学に見られる系統講義を全く行わないpure PBLではなく、系統講義と並行して
PBLを行うhybrid PBLを4年次に週1回程度行うのが適当なのではないかと考え
ています。先ほどの『北海道大学の医学部教育に関するアンケート』においても
pure PBLを求める声は1%であり、hybrid PBLに賛成が96%(PBL主体がよい:60%、
系統講義主体がよい:36%)、すべて系統講義でよいという意見は3%でした。し
かし、学生の97%が何らかの形でのPBLの導入に賛成しており、自由記述欄にも
数多くのPBLに肯定的な意見が寄せられたことは私達の予想をはるかに超えたも
のでした。このような高い支持率の背景には臨床実習中に一部の科で行われたチュー
トリアルに対する高い満足度によるものではないかと考えています

PBLの詳しい説明は成書1)に譲りますが、症例を用いた少人数・学習者中心の
双方向性の講義で、説明ではなくディスカッションを行います。暗記ではなく概
念を理解させ、人に説明することで理解度を確認し、仲間内で学んだことを共有
し、自主的な学習習慣を身につけます。「魚を与えるのではなく、魚をとる方法
を教える」とも喩えられています。

PBLのメリットとして、知識の定着率がよいこと2)、問題解決能力が身につく
こと3)、学生の満足度が高いこと4)、上級医からの評価が高かったこと5) 、
USMLE Step 1 and 2の成績がよくなったこと5)などが知られています。面白い
ところでは、PBLで学んだ卒業生は伝統的なカリキュラムで学んだ卒業生よりも、
長期的に知識をupdateしている率が高い6)という報告がなされています。一方で、
学べる知識量は少ないこと、学生・教官の熱意により学習効果が一定しないこと、
育成も含めたチューター(指導者)人材や場所の確保、などが課題として存在して
います。

私達が提案したhybrid PBLは知識の伝授を系統講義で行い、知識の統合をPBL
で行うことで両者を補完しています。学習効果の評価に関しては後に述べます
「医学教育委員会」と言う形で担保することとして、PBL導入に際して最大の課
題であるマンパワーの確保に対する解決策を次に示したいと思います。

【 医師不足の中での教育:マンパワー試算と解決案 】

医師不足が叫ばれ、法人化以降大学病院も採算性を求められている中で、PBL
導入が先生方にとってどの程度の負担増となるか、追加で必要となるマンパワー
の試算をしてみます。1グループ5人(全20グループ)に対し、全15コマ(1エピソー
ド3回×5エピソード)のPBLを行う場合、追加で必要なマンパワーは延べ 15×
(20-1)=285人 であり、
基礎・臨床の全講座の数40で割ると、1講座あたり通年で 285÷40=7人 となります。

この数字の重みは現場にでていない医学生にはわかりかねる所もありますが、
大学でこれ以上の負担ができない場合を考え、次の2つの案を示しています。

第1案は医局OBの開業医の先生、関連病院の先生にご協力を仰ぎチューターに
なっていただくことです。大学病院と地域の開業医のネットワーク形成の一助に
なり、またcommon diseaseも勉強したいという学生のニーズにも適うかと思い
すが、大学外教官に学生指導資格を付与する上での制約が問題となります

第2案は6年次学生の有志を一部チューターに採用し、学生同士屋根瓦式に教え
あう構造にすることです。この学生チューター案は既にハワイ大学などで導入さ
れていますが、学生のチューターとしての能力、モチベーション、評価の問題な
ど課題は数多く考えられます。

どのような教育が良いのか絶対的な解はいまだなく、大学によって理念や課せ
られた社会的使命は異なりますが、PBLは東京大学・慶応大学をはじめ全国で導
入され、2004年度の全国調査では約2/3の医科大学が何らかの形でPBLチュートリ
アル教育を採用していることが報告されています。さらには医学教育モデル・コ
ア・カリキュラム-教育内容ガイドライン内においても推奨されているなどの追
い風を受けて、PBLの導入を訴えています。

2)Free Quarter制度の導入

【 Free Quarter制度提案の背景 】

Free Quarter制度は東京大学などで導入されている、一年の1/4=3ヶ月間にわ
たってある程度の自由度をもって学生が実習を行う制度です。

現在の医学部の授業はすべて必修から構成されています。これは何がやりたい
かが明確化しづらい低学年においてはさまざまな刺激を受けるという意味でプラ
スに働いている面もあるかとは思いますが、学年が上がるにつれ各人の適性、目
標は次第に明確化していき、高学年の学生はより自主的なカリキュラムを望むよ
うになります。6年次にFree Quarter期間を設け学生が自分のやりたいことにどっ
ぷりと漬かり、それぞれの興味分野を伸ばすことで、個性あふれる学生を輩出す
ることにつながるのではないかと考えています。

【 現行の長期選択実習からこぼれおちる学生 】

北海道大学現行カリキュラムの長期選択実習(6年次)は基礎・臨床の講座から
希望する講座を2つ選択し2ヶ月ずつ実習を行う形式です。しかしこの長期選択実
習は本当に自分のやりたいことに熱中できる時間であるとは限らないのが実情で
す。先述のアンケートで、学生に希望調査をしたところ、希望が多い順に1位:
再度の解剖実習(59.8%)、2位:市中病院での実習(40.2%)、3位:海外病院での実
習(34.5%)、4位:他学部へ参加し経済学や心理学などを学ぶ(26.4%)、5位:大学
病院での実習(19.5%)となっています。この中の上位4位までは現行の長期選択実
習で行うことは不可能です。また、利尻島で地域医療にどっぷり漬かる(18.4%)、
国立感染症研究所など他研究施設に実習に行く(17.2%)、医療政策を勉強しにNIH
や厚生労働省でエクスターンする(10.3%)といった希望も、少数ながら根強く存
在すると考えられますが、現行の制度内では対応できません。多様化する学生の
ニーズに柔軟に対応できる仕組みが必要です。

【 学生が実習計画書を作る 】

現行の選択肢の中に大学側が用意する形で「他学部での実習」などのプログラ
ムを付け加えるのは弾力性を欠きます。なぜなら、医学生を引き受ける相手側に
カリキュラム整備など多くの準備を課す以上、人数枠を埋められないプログラム
を維持することはできず、多様化する学生の意見を反映できません。そこで、私
達は従来の大学側が用意するプログラムの充実に加えて、学生個人からの実習計
画書の提出を受けて許可する新しい経路の設置を提案しています。具体的には、
学生自身が実習希望先にアプライし先方の許可を取り付けた上で実習計画書を作
成し、プログラムの内容を自大学の専門の教授もしくは准教授1人に提示し、責
任教官宛の推薦書を書いてもらうことで計画書の内容の担保とするという流れで
す。単位認定に際しては、大学側が設定したプログラムに関しては、従来通りそ
のプログラムの責任教官が成績判定を行います。学生が設定したプログラムの場
合、プログラムの設定に当たり推薦書を書いてもらった教官にレポートを提出し,
その教官が成績判定を行います。

3)教育の質を評価・担保する「医学教育委員会」の設立

【 透明性の高い医学教育の自己点検システムの構築に向けて 】

私達は医学教育を自己点検する機関としての「医学教育委員会」を提案してい
ます。「医学教育委員会」は<1>教育に関する学生や教官の要望・不満を調査・
集約化し、徹底した情報公開を行いフィードバックすること<2>教官と学生の対
話の場を設けることを通じて医学教育を改善する良循環を形成することを目的と
しています。

【 現状の医学教育自己点検プロセスの問題点 】

医学部における教育は、学問としての側面に加え、職業教育としての側面があ
ります。職業教育は習得すべき知識・技能が他学部と比較して明確であり、教育
の順次性や、内容が必要かつ十分であるか、社会要請を反映しているかといった
観点からの自己点検が非常に重要です。

しかし現状では大学側の自主性に任され、その自己点検プロセスは不透明で、
自己点検プロセスにおいて学生の意見は極めて限定的に入っているのみです。先
述のアンケートにおいても学生の声が教育に反映されていないと感じている学生
は71.3%にのぼりました。学生の「○○の講義が欲しい」「○○先生の講義は素
晴らしい」「○○先生の講義は内容が不適切である」といった意見はそもそも集
約化されていませんし、先輩方がどのような意見を持ち、どのような議論を経て
カリキュラムが変更されてきたかは死蔵されています。教官側としても「学生が
何を学びたいかわからない」「○○は私の教育哲学なのでゆずれない」など様々
な思いをかかえて教育に携わっていますが学生には伝わっていません。結果、学
生は先輩方が感じた要望・不満をそのまま引き継いでいるように感じ、教官側も
学生の無理解を嘆き、本来共に歩んでいく存在の学生と教官の溝は深まるばかり
です。

私達の提案する情報の集約と徹底した公開は、「実は数年前から全く同じ不満
が言われてきたが検討もなされず全く改善されていない」「学生側の意見は検討
されたが、教育責任者の教育哲学のもと変更は見送られている」など教育に対す
る先人の歩みを透明化し学生と教官の齟齬をうめるとともに、事実評価と効果的
な自己点検プロセスの形成を可能にします。

【 学生を巻き込んだ自己点検プロセス 】

具体的な自己点検プロセスの流れを示します。「医学教育委員会」は各講義終
了時に簡易な数字式の講義評価アンケートを行い、定期試験受験の条件として学
生全員からの提出を義務付け、現状の把握を行います。さらに、意見がある学生
は記述式の意見書を「医学教育委員会」に提出し教科責任者に回答していただく
とともに、「医学教育委員会」において教官と学生の直接話し合いの場を設け解
決案を探っていくことになります。学生と教官という直接の利害関係者ではなく
「医学教育委員会」を間に挟むことで、不要の対立構造を解消し対話を促進しま
す。なお、すべてのアンケートの結果、意見書、教科責任教官からの回答、話し
合いの場での議論はweb上や、広報誌にて公開されます。

確かに学生の視点は短期的でありえますし、それに迎合するポピュリズム教官
の出現も懸念されますが、忙しい合間をぬって熱心に教育をしてくださる先生方
が十分評価されず、教育がキャリア形成において単なる負担となっている現状に
対する提案でもあります。

学生と教官の持続的な対話によって、教育をアウフヘーベンしていきたいと考
えています。

【 現在の進捗状況 】

以上3点を教育課題としてあげ、医学研究科長や先生方・学生へのヒアリング、
アンケートを実施し(北海道大学5年生に実施。回収率87%)、それをもとに教
育に責のある教務委員長(2009年3月5日時点)と話をさせていただきました。様
々な立場の先生方との意見交換を通じて導入には課題が山積していることを再認
識させられましたが、唐突な申し出にも関わらずお時間を割いていただき応援し
てくださった度量の広い先生方が医学研究科長や教育責任者の任を負っているこ
とは、私達にとって大変ありがたいことでした。教育責任者を交えて討議をする
場にて問題提起をしてみてはどうかという言葉もいただきました。

多くの学生が是とすることが真ではありませんし、一流のclinicianや
researcherが必ずしも教育に長けているとは限りません。今回掲げた課題は北大
医学部固有の問題ではなく、教育とは何かという本質に立ち返る課題です。北大
における活動自体の成果を求めることももちろんですが、長期的視点に立って教
育とは何かを日本全体で考える一石となるべく活動して行きたいと考えています。

1)吉田一郎、大西弘高、 実践PBLチュートリアルガイド
黒川清、徳田安春、岸本暢将他、臨床能力をきたえるハワイ大学式PBLマニュアル
2)National Training Laboratories, Bethel,Maine, USA
3)Kulik J,Kulik CL. College teaching.In Peterson PL, Walberg, Research on teaching: Concepts, findings, and implications. McCutcheon,1979.
4)Colliver JA. Effectiveness of PBL curricula: research and theory. Acad Med .2000;75(3):259-266
5)Hoffman K, Hosokawa M, Blake R Jr, Headrick L, Johnson G. Problem-based learning outcomes: ten years of experience at the University of Missouri?Columbia School of Medicine. Acad Med. 2006;81(7):617-625. )
6)Shin JH, Haynes RB, Johnston ME. Effect of problem-based, self-directed undergraduate education on life-long learning. CMAJ. 1993;148(6):969-976

MRIC Global

お知らせ

 配信をご希望の方はこちらのフォームに必要事項を記入して登録してください。

 MRICでは配信するメールマガジンへの医療に関わる記事の投稿を歓迎しております。
 投稿をご検討の方は「お問い合わせ」よりご連絡をお願いします。

関連タグ

月別アーカイブ

▲ページトップへ