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Vol.089 薬害訴訟の濫発に「科学的思考」で立ち向かい、真の「患者の利益」を守ろう ~子宮頚がん(HPV)ワクチン被害者の集団提訴に思う~

医療ガバナンス学会 (2016年4月12日 06:00)


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国立病院機構福島病院
産婦人科医長 河村真

2016年4月12日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

私はかつて京都で医学生だった頃、「非加熱凝固因子製剤によるHIV感染被害・民事訴訟」大阪原告団長の故・石田吉明さんを手伝っていました。彼は1989年の提訴以来、唯一実名を公表した患者代表として真摯に生きました。
この訴訟で重要だったのは、米国疾病管理センターCDCが発行する”MMWR”週間レポート等の原資料をいかに正確に読み解くかでした。私は京都府立医大の学生と二人で、その翻訳作業を手伝いました。モンタニエらのHIV発見(1983)以前から、非加熱凝固因子製剤と(原因不明の)後天性免疫不全症候群(AIDS)の関連が疑われていました。男性同性愛者と血友病患者に頻発する事実から疫学的に考えれば、後者において非加熱凝固因子製剤が怪しいのは明白でした。しかし、米国でウイルスを不活化する「加熱製剤」が販売され始めた後、この高価な輸入血液製剤の「在庫処理」役が日本市場に押しつけられました。旧ミドリ十字社を始め日本の製薬会社は「非加熱凝固因子製剤とAIDSの因果関係は確定していない」として輸入販売を続けましたが、日本で加熱製剤が認可され広く流通するまでの数年間、HIV感染被害は拡大しました。

90年代に医学生だった私は、この事件が起きた80年代にはその内容をよく把握していませんでした。当時の状況を、原告たちの主治医である血液内科医に、あくまでも一医学生として、繰り返し話を聞きました。彼は「振り返ってみれば、怪しい製剤を使わずにクリオプレシピテート(売血・大人数プール血が原料の米国産でない、国産製剤)を使うという選択肢もあったかもしれない」と苦渋の顔を見せつつ語ってくれました。それでも当時は「クリオより供給が安定し、凝固能も安定している米国産製剤を使うのが国内スタンダードだった」のが事実です。遡って批判すれば、いくらでも批判はできます。しかし彼は当時のスタンダードをもって患者の治療に全力を尽くし、HIV感染が起きたことに気づいてからも、献身的に患者の治療を続けていました。私は彼が常に「患者第一」の眼差しを持っているのを感じ、彼のような医師になろうと思いました。

その後、この事件は東京原告団の川田龍平氏が実名を公表し(1995)、「薬害エイズ」というマスコミ受けするキラーワードを得て、一気に世論を巻き込みました。1996年、菅直人厚生大臣の謝罪から和解へと急速に裁判が進んだことを覚えている方も多いでしょう。一方、東京より先に提訴し、地道に「理性的」な裁判を進めていた大阪原告団の中心、石田さんは裁判の結末を知ることなく1995年にこの世を去りました。葬儀の場で「彼に恥じない医師になる」と誓った私は1996年の医学部卒業と共にこの運動から離れ、後に続いた刑事裁判には関わりませんでした。

前置きが長くなりましたが、歴史的にこれほど「患者側大勝利」に終わった薬害裁判はありません。それは一つのエポックメイキングな出来事でしたが、刑事裁判で「悪役」として吊し上げられる大学教授を(彼こそが「クリオプレシピテート」を開発した医師だったにも関わらず)、マスコミは追い込み続けました。被告医師は一審無罪の後、裁判中に亡くなりましたが「医療事件は医者が悪いから起こる」という風潮が社会に広がりました。東京女子医大の心臓手術・植物状態事件、杏林大学の割り箸事件、福島県立大野病院事件など次々と医師が「刑事事件」の被告になりました。その勢いを止めたのが、大野病院事件の無罪判決(2008年)でした。無罪を勝ち取った力の一つはMRIC等で繋がった全国の医師たちの署名活動でした。

本来、医療は「患者の利益」を求めて行動する者によって成り立ち、意図的に患者を害そうとする者はいません。結果的に患者に不幸が生じたとして、その”損害”を民事で賠償することはあり得ても、刑事事件として逮捕・起訴されるような性質のものではありません。だからこそ、多くの医師たちが「刑事事件での無罪」を求めて署名しました。私も署名した一人です。

しかし「薬害C型肝炎」訴訟などが続発し、薬害裁判は(医師相手に有罪を勝ち取ることは出来ずとも)、国や製薬会社から多額の賠償金・補償金を得る手段として弁護士たちに認知されました。和解費用の15%程度が弁護士報酬となり、薬害C型肝炎訴訟では弁護団に20億円以上の収入があったと言われています。
今回のHPVワクチン「薬害」訴訟においても、過去の薬害裁判で中心を担った弁護士たちが要となっています。彼らは過去の成功・失敗体験をよく覚えており、今回も「被害者」を実名と共に前面に立て、センセーショナルにマスコミを動かす手段をとりました。

テレビカメラの前に出た彼女たち(原告12人のうち4人)には何の否もありませんし、むしろ多大な葛藤を乗り越えてフラッシュを浴びたはずです。私はこの裁判において、彼女たちを批判する気は毛頭ありません。HPVワクチンと彼女たちが負った「ワクチン接種後の症状」の間に科学的因果関係が成立するかどうかは国際的にほぼ否定されているとはいえ、100%否定しきるだけのエビデンスがあると納得されていないからこそ、裁判になるのです。340万接種のうち、わずか数十人とはいえ、何らかの後遺障害が「決して起こり得ない」と断言することはまだできません。

しかし、4月1日付でMRICに寄稿したように、このわずかな後遺障害を怖れるあまり、毎年3000人ほどの子宮頚がん患者が命を落としていく現実を看過することはできません。声を上げた「被害者」を取材するのは、マスコミに与えられた取材・報道の自由を考えれば当然の行為です。けれど本当に公平に報道するなら、はるかに多くの「声も上げずに亡くなっていく子宮頚がん患者」に、より多くのスポットライトを当てるべきです。現在の取材・報道が公平であるとは思えません。

「薬害エイズ事件」を患者側勝利に導いた米国CDCのMMWR(週刊レポート)は、広義の性感染症(STD)であるHPV蔓延を防ぐため、13歳未満の「男女」へのHPVワクチン接種を積極的に勧めています。かつてMMWRの内容把握に遅れて「薬害エイズ事件」を引き起こしてしまった我が国は、今、CDC=MMWRの内容把握に遅れて、子宮頚がん患者を減らす機会を失い続けています。
私たち医師は、弁護士のように裁判報酬のために働いているわけではありません。真の患者の利益は何かを常に考えています。その意味で、私は日本の医師たちの賢明な判断に期待しています。
「因果関係」が完全否定されるまで「被害」患者たちの重症度に応じて「無過失救済」を行いつつ、一刻も早くHPVワクチン接種率を上げ(厚生労働省の「積極的勧奨差し控え」を解除させて)、子宮頚がん患者を減らし、本当に患者のためになる医療を進めていきたいと思うのです。

参考:Human Papillomavirus Vaccination Coverage Among Adolescents, 2007–2013, and Post licensure Vaccine Safety Monitoring, 2006–2014 — United States

http://www.cdc.gov/mmwr/preview/mmwrhtml/mm6329a3.htm

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