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Vol.090 前立腺癌診療に関わる医療経済:課題と展望

医療ガバナンス学会 (2016年4月13日 06:00)


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JCHO東京新宿メディカルセンター 副院長・泌尿器科部長
赤倉功一郎

2016年4月13日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

はじめに
我が国では前立腺癌の罹患数は近年急増しており、その診療費は今後増大する国民医療費において大きな割合を占めるようになると考えられる。そして、PSA(前立腺特異抗原:prostate specific antigen)による前立腺癌検診の妥当性、ロボット支援手術や粒子線治療などの高額な機器による治療の導入、進行癌に対する高価な新薬の発売など、前立腺癌の診療においては今日の医療費についての象徴的な問題が数多く含まれている。筆者は前立腺癌診療に長年携わり、これらの事案の当事者であった立場から、前立腺癌診療と医療費に関わる今後の課題と展望を述べたいと思う。

1.我が国の前立腺癌は急増している
前立腺癌は高齢男性に多くみられる癌である。かつては、欧米諸国に多く我が国では比較的稀な疾患とされてきた。しかし、日本における人口の高齢化、生活習慣の欧米化、さらにはスクリーニング検査としてのPSA測定の普及などの要因によって、我が国の前立腺癌罹患数は急増している。国立がん研究センターの2015年統計予測によれば、男性の癌罹患数において前立腺癌が98,400人で第1位と推計された。さらに、前立腺癌では、転移のみられる進行癌においてもホルモン療法などが良好な効果をもたらす結果、経過が長期に及ぶことが多い。実際に、70歳以上の男性の有病率(癌に罹って通院している人の割合)でみると前立腺癌の頻度が極めて高い。これらのことから、前立腺癌に関わる医療費が近い将来増加していくことが懸念される。
Kitazawaらの最近の研究1)によれば、前立腺癌の疾病コストは2011年の3073億円から2020年には3853-4741億円に増加すると推定された。前立腺癌患者は高齢者の割合が高いために間接費用(労働損失などの疾病によって失われる費用)の割合は低く、60-75%は直接費用すなわち医療費が占めている。他の癌種では疾病コストはむしろ減少傾向にある例が多く、将来にわたる継続的コスト増加は、前立腺癌に特徴的な傾向といえる。したがって、我が国の将来の医療経済を考えたときに、前立腺癌に関わる医療費は大きな問題を含んでいる。

2.ロボット補助手術
転移のない前立腺癌に対しては、根治を目的とした手術または放射線治療が行なわれる。手術としては従来は開腹または腹腔鏡による前立腺全摘除術が主流であった。我が国では2012年4月に前立腺癌に対するロボット支援前立腺全摘除術が保険収載され、その後急速にロボット機器の導入が進んだ。2016年1月現在日本には200台以上のロボット機器(ダ・ヴィンチ)が導入され、アメリカについで世界第2位の稼働数となった。この手術用ロボット機器は現在のところアメリカの1社により独占販売されている。実際に、ロボット機器の性能は高く、骨盤内の深い術野での膀胱と尿道の吻合など、従来困難とされた手術手技も確実に施行可能である。
しかしながら、この機器の定価は2億円を超え、さらに消耗品や機器の維持のために1回の手術あたり50万円以上の費用が必要となる。そのため、年間手術件数が150例以上でなければ採算ベースにのせることは難しい2)。したがって、実際にロボット機器を購入する施設においては、仮に採算が合わなくとも、先端手術に携わりたい若い医師を集めることに重きを置いている場合が多い。つまり、これを経済的な観点からみると、先端機器の魅力でリクルートされた我が国の若い医師達が日常の一般診療を営々と積み上げて稼いだ病院収入が、あらかたアメリカのロボット機器販売会社に流れる構図となっているのである。

3.粒子線治療
前立腺癌をはじめとする固形癌に対する根治的放射線療法として、重粒子線や陽子線などを用いた新たな放射線療法が開発された3)。我が国では14施設で治療が行われている。放射線を病巣に集中して照射できるため効果が高く副作用が少ないというメリットが期待される。しかし、現在のところ前立腺癌に関しては従来の放射線療法と比べて明らかな治療成績の向上は証明されていない。これまでは先進医療として約300万円の自己負担により行なわれてきたが、2016年の診療報酬改定で保険適用の是非について検討された。
結果的に、前立腺癌の保険適用は見送られ先進医療としての継続が決定した。医療経済の点からみると、粒子線とくに重粒子線治療装置の建設には数10億円から100億円以上の費用がかかり、治療の自己負担金が300万円であってもなかなか採算レベルには達しない。骨軟部がんや小児がんなど粒子線治療のメリットが極めて大きい疾患については、今回の診療報酬改定で健康保険の適用となった。しかし、保険での診療報酬は約237万円とされ、これらの希少がんのみを対象としていては治療装置を維持することすら難しい。したがって、ほとんどの粒子線治療施設においては、支払い能力があり症例数も多い前立腺癌患者の占める割合が最も大きい。つまり、粒子線治療のような高額の治療装置を建設維持していくためには、十分な経済力がある患者を数多く確保できる前立腺癌のような疾患を対象として、自己負担を求めるしか道はないと考えられる。

4.進行癌に対する新規治療薬
進行した前立腺癌対しては、ホルモン療法が標準的治療である。我が国では、LHRHアナログ注射薬と抗アンドロゲン薬を併用するCAB(combined androgen blockade)療法が主流である。ホルモン療法治療薬は比較的高額であり、CAB療法の1か月あたりの費用は約5万円程度である。
さらに初回ホルモン療法に抵抗性となり、骨転移が悪化すると、アビラテロン4)(新規経口ホルモン薬、約44万円/月)、エンザルタミド5)(新規経口ホルモン薬、約37万円/月、ただし2016年4月の診療報酬改定で25%減額)、カバジタキセル(新規化学療法薬、約59万円/3週ごと)、デノスマブ(骨治療薬:抗RANKL抗体、約4万円/月)などの高額な治療が行なわれることになる。しかも、前立腺癌の場合には、初回ホルモン療法抵抗性となってもその後の経過は比較的長く、アビラテロンやエンザルタミドの治療期間の中央値は15-28か月に及ぶものと推定される。すなわち、前立腺癌が進行すると、長期の薬物療法を行なうことになり、薬剤も高価であるため、医療財源の圧迫の一因となると考えられる。

5.前立腺癌検診
前立腺癌のスクリーニング検査として、血清PSA測定が普及している。PSA検診は、早期癌発見に有用であり、診断効率が高い。また、進行癌の罹患率減少に有効である。前立腺癌死亡率の減少効果に関して、ヨーロッパで施行された無作為化比較試験によれば、観察期間中央値13年間で、55歳から69歳の年齢層において、検診群は対照群と比べ21%の前立腺癌死亡率低下が認められた6)。しかしながら、前立腺癌は高齢者の疾患であり進行が緩徐な例も多いため、前立腺癌死の以前に他の原因による死亡の可能性もあり、必ずしも治療を要しない例も存在する。したがって、PSA検診の導入にあたっては、過剰診断や過剰治療のデメリットを勘案することが求められる。PSA検診の費用対効果については、いまだ意見の集約をみていない。

6.今後の対策についての提言
今後我が国で具現化する超高齢化社会においては、高齢者に多く、治療経過が長く、さらに進行癌の治療費が高額となる前立腺癌への対応が極めて重要となる。そこで、いくつかの実現可能と思われる対策について提案したい。

1)PSA検診による早期治療
早期前立腺癌の治療成績は良好であり、基本的に手術や放射線など1回の治療で根治を達成することができる。一方で、進行癌においては高額なホルモン療法や新規治療薬さらには骨転移への対応などが長期に及び、このことが医療費を増大させる。したがって、積極的にPSAによる前立腺癌スクリーニングを導入し、早期の段階で発見した癌を1回の治療で根治させることが、医療経済的にみても有用と考えられる。すなわち、前立腺癌進行症例の減少をもたらすPSA検診は、医療費の削減と国民の健康増進の両立を可能にするといえる。

2)PSA監視療法(無治療経過観察)の推進
前立腺癌以外の原因で亡くなった高齢男性を解剖例の30-40%程度に微小な前立腺癌が検出される。つまり、前立腺癌が存在しても、無治療で天寿を全うできる例が存在する。そこで、病理学的に比較的悪性度が低く小さい前立腺癌に対しては、侵襲的治療をせずに定期的なPSA測定や前立腺再生検で経過をみるという戦略(PSA監視療法)が成立する。実際、このPSA監視療法に関する研究は全世界で進行中である7)。

3)間欠的ホルモン療法の普及
通常はホルモン療法は永続的に施行される。ホルモン療法を間欠的に施行する間欠的ホルモン療法8)の優劣については多くの臨床試験が行なわれ議論されてきた。治療成績に関しては、病状によって異なる結果が示されている。しかし、治療を行なわない期間があるため、間欠的ホルモン療法は持続的ホルモン療法と比較して副作用や医療費の点で優れていることは間違いない。したがって、病状や全身状態によっては、間欠的ホルモン療法の選択を検討すべきと考える。

4)新規治療薬の認可について
新規治療薬の開発においては、薬剤のスクリーニング、動物実験からはじまり、第I、II、III相臨床試験が必要であり、莫大な費用を要する。とくに第III相の無作為化比較試験においては、多数の臨床症例を対象とした多施設の国際臨床研究が施行されるため、費されるコスト、時間や労力は大きくなる。そして、これらの新薬開発過程の途上で開発中止となった場合には費用の回収は不可能となる。このため、有効性と安全性が証明されて新薬として発売にこぎつけたあかつきには、それまでに要した費用に見合う高額な薬価が設定されることになるわけである。

そこで、このような医療経済的背景と患者のニーズをマッチさせるための私見を示したい。すなわち、第II相臨床試験で有効性が示された段階で新薬として認可し販売を認めるという方法を提案する。その際、従来第III相臨床試験により検証されていた有効性と安全性は未確認であることのインフォームドコンセントは必須である。この方法によれば、発売前に新薬開発に要する投資額を減らし、新薬の薬価を下げることが可能である。さらに、新薬の登場を待つ患者への福音となり、ドラックラグの短縮にも役立つと思われる。

おわりに
前立腺癌に関わる医療費の問題は、今後急速に高齢化が進む我が国に課せられた大きな課題の一つである。医療関係者のみならず、ひろく国民の議論を深めて、適切な対応を施すことが求められている。

文献
1)Kitazawa T, et al: Cost of illness of the prostate cancer in Japan–a time-trend analysis and future projections. BMC Health Serv Res. 15:453, 2015.
2)塚本泰司、ほか:前立腺がんに対するロボット支援鏡視下手術の現状とロボット手術機器導入を促す要因 : アンケート調査による検討.泌尿紀要 61: 321-328, 2015.
3)Akakura K, et al: Phase I/II clinical trials of carbon ion therapy for prostate cancer. Prostate. 58: 252-258, 2004.
4)de Bono JS, et al: Abiraterone and increased survival in metastatic prostate cancer. N Engl J Med 364: 1995-2005, 2011.
5)Scher HI, et al: Increased survival with enzalutamide in prostate cancer after chemotherapy. N Engl J Med 367: 1187-1197, 2012.
6)Schröder FH, et al: Screening and prostate cancer mortality: results of the European Randomised Study of Screening for Prostate Cancer (ERSPC) at 13 years of follow-up. Lancet. 384: 2027-2035, 2014.
7)Bul M, et al: Active surveillance for low-risk prostate cancer worldwide: the PRIAS study. Eur Urol 63: 97-603, 2013.
8)Akakura K, et al.: Effects of intermittent androgen suppression on androgen-dependent tumors: apoptosis and serum prostate-specific antigen. Cancer 71: 2782-90, 1993.

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