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Vol.092 もし承認の順番が違ったら、薬価はもっと安かった オプジーボの光と影(1)

医療ガバナンス学会 (2016年4月15日 06:00)


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※この文章は、『ロハス・メディカル』4月20日発行号の記事の一部に若干の修正を加えたものです。

ロハス・メディカル編集発行人 川口恭

2016年4月15日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

免疫チェックポイント阻害剤のニボルマブ(商品名・オプジーボ)が、昨年12月、既に承認されていた「根治切除不能な悪性黒色腫」に続き、「切除不能な進行・再発の非小細胞肺癌」にも使用が承認されました。

どの程度の効果があるかという説明は、MRICメルマガでは割愛します。

肺がんでは2014年の時点で年間約7万3千人が亡くなっており、非小細胞肺がんはその8割強を占めますから約6万人です。その方々に希望の火を灯すことになります。さらに作用機序から、他の多くのがんにも効果があると考えられており、既に腎細胞がんとホジキンリンパ腫に関しては適応拡大の申請がされています。今後も恩恵に浴することのできる患者は増えていくことでしょう。

このように極めて画期的な素晴らしい薬であるということと同時に、100mgで約73万円、20mgの小瓶は約15万円という薬価の高さも大変な注目を集めています。

その用法用量は、最初に悪性黒色腫のセカンドライン用として承認されたのは体重1kgあたり2mgを3週に1回だったのが、肺がんでの承認を機に体重1kgあたり3mgを2週間に1回投与と、期間あたりの投与量が2.25倍になる使い方も認められました。悪性黒色腫のファーストラインと肺がんの場合、量が多い方の使い方になります。仮に体重60kgの人だと1回180mgということになり約133万円。投与できなくなるまでは続けるという想定なので、1年間続けると52週26回投与で3500万円弱になります。健康保険の高額療養費制度があるため、自己負担は最高(高額所得者)でも約200万円、よって年3300万円以上は保険者の負担となります。

困ったことに、現時点では効くであろう人と効かないであろう人を事前に見分ける方法が見つかっていません。しかも効いているのか効いていないのかも何カ月か様子を見ないと分かりません。さらに、もし効いていた場合に、やめるとどうなるのかもよく分かりません。

このため、何の制限も加えなければ、先ほど説明した年6万人の全員が投与対象となる可能性があり、その人たちの平均投与期間が半年あったとすれば、その健康保険の負担分だけで約1兆円と国民皆保険制度を揺るがす金額になります。

もちろん万策尽きた患者全員に投与するわけはありませんし、使用量を抑制するような様々な関門も設けられてはいるのですが、その関門が必ずしも医学的な妥当性だけから設けられているとは言えないため、医療不信を増幅しそうなのです。詳しくは次回説明します。

●薬価ルールの不備

さて、この驚くべき薬価は、ルール通りにしたら、こうなったという値段です。そして、ルールの内容を知ったら、皆さんは再び驚くはずです。

オプジーボのように全く新しい薬に値段を付ける時は、原価計算方式で算定します。

物の1個あたり原価は、売れる数に関係なく必要な費用(固定費)と、売れる数によって変動する費用(変動費)の合計額を数量で頭割りすると計算できるというのは、商売をしたことのある方なら常識だと思います。薬価の原価計算も、似たような方法で行われます。

注意が必要なのは、医薬品の場合、開発成功までの研究開発費や製造ラインの設備投資費などの固定費が巨額で、変動費は相対的に小さいことです。つまり、販売数量が大きくなると、加速度的に1個あたり原価は下がっていきます。

オプジーボの場合、薬価収載された時点では、多く見積もって国内罹患者年数千人の悪性黒色腫で、ピーク時で年470人に投与されるという想定で算定されていました。その薬価が、ケタ違いに対象患者数の多い非小細胞肺がんに、しかも用量を増やして、そのまま認められてしまいました。適応拡大を得るための若干の臨床研究費上積みは必要だったにせよ、あまりに理不尽な話です。

ピンと来ない方のために別の言い方で説明すると、先に非小細胞肺がんで承認されていたら、投与対象者数や用量から考えて、10分の1以下の薬価だった可能性もあるのに、悪性黒色腫が先だっただけで今回の薬価になってしまったということです。

適応拡大したら薬価を算定し直すというルールがないため、このように承認の順番が違うだけで同じ物の値段が全く違ってしまうという現象が起きます。用量を増やした方に関しては、用量変更があった場合は1日あたり薬価が同じになるよう調整し直すというルールは今でもあるので、2.25で割るということも不可能でなかったはずですが、4月の薬価改定では調整されませんでした。

オプジーボの薬価は、ルールや運用の不備によって高くなり過ぎているということ、お分かりいただけたと思います。であれば、社会的に妥当な金額まで下げて当然ではないでしょうか。これから次々と登場すると考えられる免疫チェックポイント阻害剤は、オプジーボの薬価を基準に値付けされる可能性が高く、急がないといけません。

そもそも、健康保険の支払い原資が税金・国債で賄った公金と国民が出し合った保険料だということを考えると、業界だけでルールや運用が決められてきたこと、それを許してきたことを、私たち社会の側も反省する必要がありそうです。そして、今回の問題を良いきっかけとして、ルールの決め方そのものの見直しも求めるべきなのだろうと考えます。

薬価とルールの見直しは、一義的には支払側の保険者なり、制度設計を行った厚生労働省なりが発議するべきですが、オプジーボの問題で真っ先に被害を受けるのは、次回に説明するように高過ぎる薬価によって選択肢を狭められる患者、そして対患者・対社会で悪者にされる医療従事者です。その人たちが代わりに声を挙げてもよいのかもしれません。手をこまねいているうちに、ツケを回される若年健康層の怒りが爆発するような事態は避けたいところです。
(つづく)

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