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臨時 vol 291 「今、新型インフルエンザにどう対応すべきか」

医療ガバナンス学会 (2009年10月19日 17:23)


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岩田健太郎
神戸大学都市安全研究センター、医学研究科微生物感染症学講座教授

神戸大学医学部附属病院感染症内科診療科長


新型インフルエンザへの対応法が多く議論されています。いろいろなご 意見
を伺っていて、私がずっと考えたことをこの場で申し上げさせてくだ さい。

1.まず、思い出したいのは、新型インフルエンザ、豚由来インフルエン ザA
(H1N1)は今年3月に発見されたばかりの見つかりたてほ やほやの疾患だとい
うことです。
私たちは多くの病気に取っ組み合いますが、各々の疾患について長い間 研究
が重ねられてきました。大抵は何十年という年月です。けれども、私 たちは未
だにアルツハイマー病の決定的な治療法を知らず、脳梗塞時の決 定的な至適血
圧を知らず、理想的なコレステロール値を知らず、全ての年 齢層におけるうつ
病の最良の治療法を知らず、多くの進行癌の治癒法を知 りません。疾患の理解
には長い年月をかけた基礎的な研究が必要になりま すし、治療法や予防法の開
発についてもそうです。臨床的に、実際に現場 で患者さんに役に立つか、とい
う議論になるとさらに長い年月をかけた検 証(≒臨床試験)が必要になりま
す。予防接種の有効性や安全性の検証に も時間がかかります。季節性インフル
エンザの有効性については未だに多 くの議論がありますし、麻疹ワクチンの安
全性についても何十年と議論が ありました。エイズや結核、マラリアというコ
モンな疾患に対するワクチ ンの実用化はようやく夜明け前と言ったところです。

2. そんな中で、新型インフルエンザです。まだ見つかって半年あまり のこ
の疾患、そして原因となるウイルスについて、我々は多くのことを知 りませ
ん。予防接種については接種により抗体が産生されること、健康な 方に接種す
るとわりと副作用が少ないことが分かってきました。国内産の ワクチンについ
ては、まだ有効性も安全性もまだまだ未確定で、臨 床試験すら行われていませ
ん。。effectiveness、本当のワクチン の持つ意味については、やってみない
と分からないところも大きいでしょ う。

http://news.goo.ne.jp/article/cabrain/life/cabrain-24359.html

国外の輸入ワクチンについても臨床試験の中間データが発表されたまで で、
「抗体がある程度できる、健康な人を対象とすれば」「わりと 安全」というこ
とを我々は知っています。しかし、それ以上のことは知り ません。

http://h1n1.nejm.org/?p=869

妊婦や基礎疾患のある方など、多様な方へのデータはまだ検証不十分で す。抗
体が出来ることと実際に感染症を防御したり、症状を緩和したり、 入院・死亡
といった大きなアウトカムに寄与するかどうかはまたべつの問 題で、これには
もっともっと時間が必要でしょう。日本での臨床試験も始 まったばかりです。

http://mainichi.jp/select/science/news/20091007ddm041040131000c.html

http://release.nikkei.co.jp/detail.cfm?relID=231405&lindID=4

集団発生の予防、となるとさらに不明確です。数学モデルにより、有効 性X
%のワクチンが基本再生算数Yの感染症に対して、人口 何%に接種すると、ど
のくらい集団発生の防御に寄与するかを計算するこ とが出来ます。しかし、
我々はXもYも知りません。血液中の 抗体産生と病気の予防はパラレルに動くと
思われますが、同義ではないの でXを推し量ることは不可能ですし、実のとこ
ろXは各人各様 (あるいは地域の属性、社会の構造や有病率も関与します)
で、よくて平 均値しか出すことが出来ないでしょう。基本再生算数R0はいろ
い ろな状況で大きく変動します。5月16日に2以上あった(流行が広がる
モードだった)神戸の基本再生算数は17日には1以下(収束モード)に 変じ
ていました。これには、マスクや休校やあるいはいろいろな他の要素 が関与し
ていたと想像されますが、比較対象を持たない介入だったので本 当のところは
何とも言えません。
数学モデルは起こった事象の後付の説明は出来ます。しかし、「数学モ デル
は流行の将来像を予測するためにはあまり役立たない」(感染症疫 学、昭和堂)のです。
専門家は、しばしば自身の専門性の無謬を主張します。非専門家は、非 専門
家であるが故にその瑕疵を論破するのが困難な立場にあります(不可 能ではな
いです)。インフルエンザの専門家、といってもいろいろな専門 家がいます。
ウイルスの専門家がおり、疫学の専門家がおり、公衆衛生の 専門家がおり、ワ
クチン学、免疫学の専門家がおり、感染防御の専門家が おり、薬剤開発の専門
家がいます。地方、中央の行政担当者がいますし、 そして、私のような臨床医
がいます。それぞれの専門家はその専門領域の 外にある「新型インフルエン
ザ」をよく知りません。自分の立場を 離れ、情報から領域全体を俯瞰する眼を
持っていれば、それはある程度払 拭可能なのですが、それは理屈の話であっ
て、感情や自尊心やプライオリ ティーのあり方などのノイズが入ると、皆で仲
よく同じ方向を向いて、と いうのはなかなかに困難です。このことは、現場に
発するメッセージにお ける問題の原因の一つになっているでしょう。
一方、すこし視点を転じてみましょう。同じ根拠で、ある臨床家がウイ ルス
学や疫学や公衆衛生学やワクチン学や免疫学や感染防御学や薬理学、 さらには
地方、中央の行政といった多様なパースペクティブをすべて俯瞰 するのは極め
て困難であると思います。あえて言うのならば、「私には見 えていない新型イ
ンフルエンザの地平がある」という謙虚な自覚だけが、 この誤謬を最小限にし
てくれるように思います。私は、ウイルスの増殖の あり方やワクチンの具体的
な製造法を経験を持って知ることが出来ませ ん。霞ヶ関のあれやこれやの圧力
や思惑や背後にあるねとねとした事情を 全て察知することが出来ません。ネッ
トでそのようなブラックボックスも だいぶ開陳されるようになり、空けてみた
らそれほど崇高な天上物でもな かったな、ということも最近は多いですが、そ
れでも全てを理解するの は、私には難しい。「見えていないものがある」とい
う自覚だけ が、私をこの問題に対して、それなりの正気を保たせています。

3.さて、そんな中で、誰がワクチンを優先的に接種されるべきか、につ い
て、「科学的に正しい」順番があるわけではありません。何を持って 「基礎疾
患」とよぶか、当然線引きをする基準はありません。日本の厚 労省は非常にま
じめですから、「基礎疾患とは何か、

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