医療ガバナンス学会 (2009年10月19日 17:21)
そこで、実際に、現在勤務している民間病院の検査技師や薬剤師(ある程度、
科学的知識がある)や、ER看護師、さらに付属の看護学校の学生(専門学校なの
で、1年生から3年生までいる)とそこの教員を対象に、次の項目を挙げて、質問
してみた。
配布したプリントをそのまま提示する。
★
「DHMO」というある化合物に関する情報として、次のようなことが言われてい
ます。それを読んで、「率直な」回答をして下さい。ただし、質問することや、
ネットで検索すること、相談することは禁止します。
【この物質の特徴】
1. 重篤な熱傷の原因となる
2. 多くの素材の腐食を進行させる。
3. 末期ガン患者の悪性腫瘍から検出される。
4. しかし、その危険性に反して、「身の回り」で用いられている。たとえば、以下の5つのように。
5. 工業用の溶媒、冷却剤として用いられる。
6. 原子力発電所で用いられる。
7. 発泡スチロールの製造に用いられる。
8. 防虫剤に用いられる。洗浄した後もDHMOは農作物に残留している。
9. 各種のジャンクフードや、その他の食品に添加されている。
【質問】
A. このDHMOという化合物は、家庭内での使用を禁止する法的規制を実施すべきか否か?
B. あなたはこのDHMOを飲めますか?
どちらも、YESかNOで答えて貰いました。
【追加質問】として、
a. Aを回答するときに、最も影響した項目はこの9つの中のどれですか?
b. Bを回答するときに、最も影響した項目はこの9つの中のどれですか?
さらに、もしこの物質について、次の情報が加わったとしたら、あなたの回答はA、BそれぞれYES、NOが変わりますか?
10. この物質は、無色・透明・無味・無臭である。
★
看護学生さん達には、追加質問はなく、結果だけを下に示します。配布はそれぞれの学年担当の教官にしていただきました。
質問Aについて
1年生
YES:42人、NO:9人
2年生
YES:33人、NO:14人
3年生
YES:30人、NO:18人
教員
YES:9人、NO:10人
質問Bについて
1年生
YES:0人、NO:51人
2年生
YES:1人、NO:46人
3年生
YES:0人、NO:48人
教員
YES:0人、NO:19人
これから分かることは、まず教員は主婦など比較的年齢層が高く、この物質を
「必要悪」、生活していく上で必要であるが、あえて「飲みたくはない」と考え
たのだろう。一方、看護学生さんは、1年生と言えば、殆どが高校を卒業したば
かりで、まだ医学的知識も殆どないし、社会的な知識も少ないため、3年生にな
るにつれて、教員同様、「この物質は確かにあまり体に良くなさそうだが、なく
ては困るなあ」と考えているのだろう。「飲めるか」という質問に関しては、一
人を除いて、全員が「飲めない」と答えている。下の医療従事者とは、少し異な
る反応であった。
次に、上のすべての質問を、病院の薬剤師14人、検査技師16人、ER看護師6人
(外来勤務中)に、今度はボクが直接手渡して周り、質問に答えて貰った。
その結果、
質問Aについて
YES:24人、NO:12人
質問Bについて
YES:12人、NO:24人
情報が一つ増えたら、
質問Aについて
YES:17人、NO:17人
質問Bについて
YES:11人、NO:23人
と言う結果になった。
この評価には、もう一つバイアスがかかっている。筆者はERで、急性中毒症例
なども専門にしているし、NBCテロ対策も経験している医師であり、その医師が
配る物質だから、「聞いたこともないが、多分危ない物質だろう」という先入観
を持たせたかも知れない。逆に、「きっと何か普通の物質を難しく言っているだ
けかも」と、さらに深く考えたかも知れない。政府やマスコミの発表や報道でも、
その情報を誰が発表するかで、それを聞く(読む)人間の判断に影響を与えるこ
とが多々ある。
結果であるが、「法的規制」に反対するのが1/3、さらに10.の情報が加わ
ると、賛成・反対がほぼ同数になった。また「飲めるか」に関しては、逆に10.
の情報があってもなくても、2/3は「飲めない」と答えている。質問A、Bともに、
影響を強く与えた情報は9.が一番多かったが、これはYES、NOどちらにも影響
している。「ジャンクフードや様々な食品に添加されているのだから、仕方がな
い」と考えたヒトも多い。質問Bの「飲めますか?」に関しては、9.の次いで
8.が影響を与えていた。やはり、食べることが人間の基本であり、「防虫剤」
→「農薬」と考えてしまい、医療従事者であるから、農薬中毒症例も知っている
ため、この物質だけをがぶ飲みするには抵抗があるのだろう。ただ、「仕方がな
いから、飲む」と答えたヒトも数人いる。
今の「新型インフルエンザ」に関する様々な情報、ワクチンに関する情報など
も、「表現方法」「情報源」「情報量」「不適切な情報」など、もし「偏った情
報」を、政府やマスコミが提供すると、もともと「伝染病は怖い」という文化を
持った日本人の多くが混乱してしまうだろう。
実際、全数把握は出来ていないから、新型インフルエンザ患者がいったいどれ
くらいいるか分からない時点で、死亡した症例だけを発表したり、基礎疾患があ
ることを強調したりしているのが、現在の日本である。「タミフルは出来るだけ
早期に予防投与しろ」とかの情報も、WHOなどの勧告とはまるで逆である。
先日も、ある若い母親が「娘の通っている幼稚園で新型インフルエンザが流行
していて、閉鎖になった。私は妊娠しているかも知れないから、症状はないけれ
ど、タミフルを処方して欲しい」と受診してきた。ある妊婦さん(まだ6週目)
も、風邪症状が出て、かかりつけの産科医に電話したら「内科で診て貰いなさい」
と言われたので、わざわざERに来て、インフルエンザ疑い患者さん専用の待合い
ゾーンで待っていた。それも2歳くらいの子どもを連れてである。これでは、一
家で感染しに来ているようなものである。
日本人は、いや、すべての人間は、あ
る特殊な状況下では、「情報」に振り回
されやすい。欧米では、すぐに権威のある組織が、データを持って(なければ、
まだ「正式ではない」と断って)、その時点での最善策を公開する。必要な場合
は、患者の症状や徴候、レントゲン写真なども公開して、一般医療機関の医者に
も「確実な(に近い)」情報を提供する。
今の日本では、キーワードとして、「新型インフルエンザ」→「基礎疾患」→
「死亡することがある」→「早期のタミフル」となっているのではないだろうか?
そして、「ワクチン」→「接種のプライオリティ」が報道されていて、これもま
た先日の話だが、昨年重症多発外傷で一命を取り留めたご高齢の患者さんが、
「私の場合は、肺にも穴が開いたことだし、肋骨は何本も折れていたし、肝臓に
も傷が付いていた。ワクチンは当然先に打って貰えるのでしょうね」と、筆者の
外来を受診された。「申し訳ありません。今のところ、どのようなヒトに優先権
があるのか、ハッキリはしていませんし、ワクチンそのものの副作用についても
明らかではありません」としか答えようがなかった。
とにかく、「恐ろしい伝染病かも知れない」と一度思われてしまった以上、今
後は科学的根拠に基づく「情報」を流して貰うことを切に願うものである。それ
が「情報」の「魔術」なのである。