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臨時 vol 292 「現場の医師から、新型インフルエンザ対策への提言」 ~今こそ日本国民の総合力が試される時~

医療ガバナンス学会 (2009年10月19日 17:27)


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内科医(都内大学病院勤務)


【病院の現状】

私は9月下旬、シルバーウィークの最終日に、日当直(朝から翌朝までの勤務)
を担当しました。厳しい勤務になるのは予想していましたが、想像をはるかに超
えました。当院の内科系の日当直は複数医体制で、交代で救急外来を担当するほ
か、病棟での急変患者などに対応します。大学病院という立場上、救急搬送によ
る重症患者により重点を置くために、ウォークインの軽症患者の受け入れは、か
かりつけ患者以外は、少なく済めばありがたいところです。

当日は朝から緊急入院の依頼があり、その患者さんを入院させると、もう内科
の空きベッドは2床だけ(夜中に満床になりました)。そしてその患者さんの救
急外来での対処、病棟での治療を開始して救急外来に返ってきた時には、待合室
の椅子にはたくさんの患者さんが診察を待っている状態でした。そして迅速検査
キットでインフルエンザA型陽性の患者さんも既に出ており、最終的にその日の
インフルエンザ陽性患者さんは7人でした。(インフルエンザ検査を受け、陰性
だった患者さんは6人)。まだ、予備の隔離室を使わなくてすんだのは幸いでし
た。

また、電話での問い合わせでは、従来であれば、風邪などで軽症だと想定され、
「明日の通常外来を受診して頂ければ問題ないでしょう」と言えたようなケース
でも、患者さんの側に「新型インフルエンザは怖いもの」「早く受診しなければ
ならない」という意識があるためか、通常以上に丁寧な説明が必要だったりする
など、対応にも手間がかかりました。さらに、基礎疾患を持つ患者さんが発熱な
どで来院した場合、新型インフルエンザの臨床像は必ずしも確立していないため、
入院の要否の判断は慎重にならざるを得ないなど、単に来院患者数だけでない、
様々な苦労がありました。

連休前に内科医の当直責任者が集められ、インフルエンザ陽性患者が多数出た
場合、診察する場が隔離室一つでは足りなくなるので、予備の隔離室の説明、ま
た内科医だけで手が回らなくなった場合に他科の先生に援助を求める手順を確認
しました。その時、予備の隔離室に入ったのですが、とにかく狭い上に極めて密
閉性が高い。密閉性が高いことは、インフルエンザウイルスが外の院内にばらま
かれないためには重要なことですが、そこで何人ものインフルエンザ患者を見続
ける医師は、濃厚な接触に長時間さらされることになり、自分達が感染する可能
性の高さに動揺しました。

そして、当日のインフルエンザA型陽性患者さんの中には病棟の看護師も含ま
れていました。このことが意味することはとても大きいです。

まず、本来救急外来など、インフルエンザ患者に接する場所ではない病棟に勤
務している看護師が感染していたとなると、病院内の医療従事者の誰が感染して
いてもおかしくない状況であることを意味します。つまり、院内感染が容易に起
こり得る状況になっているということです。

また、それと同じか、それ以上に深刻な問題なのが、病棟のマンパワーが激減
するということです。看護師は3交代制(日勤帯、準夜帯、深夜帯)で病棟を管
理しています。そのため、同じ時間帯の看護師が一人減ることは、全時間帯に換
算し直せば3人が減った感覚となります。当院では、深夜帯はもともと3人で一つ
の病棟を見ているため、事の重大性はより分かりやすいかと思います。

少ない人数で病棟を見回れば、看護師一人ひとりの疲労は大きくなり、リスク
は大幅に増大します。さらにこれから冬に向かい、重症患者や病状が急変する患
者が増えてきます。それによってさらに看護師の負担は増え、疲労は蓄積し、イ
ンフルエンザに感染しやすい状態を作り出します。もう既にこの負の連鎖が始まっ
ているということです。

そして医師ですが、私と一緒に救急外来を担当した内科医は、同居している兄
弟がインフルエンザ陽性と診断されましたが、病棟担当の医師が少なくなるため、
24時間マスクをして勤務することを指示されたと聞きました。

インフルエンザには潜伏期があり、感染に気付いた時にはウイルスをまき散ら
しているため、この状態で病棟を担当していれば、免疫力の低下したハイリスク
患者さんには、インフルエンザが感染する可能性は十分あると考えるべきです。
それでも自宅待機にできないこの現状。

もう既に病院における医療崩壊は始まっていると言っていいでしょう。手遅れ
にならないうちに、大きな被害とならないうちに、新型インフルエンザ対策にお
ける抜本的な改革が必要だと思います。

【新型インフルエンザと季節性インフルエンザの共通点と相違点、それによる影
響】

新型インフルエンザ(以下、新型と略す)と季節性インフルエンザ(季節性と
略す)はともに、(1)多くの感染者は軽症のまま回復する、(2)抗インフルエ
ンザ薬(タミフル、リレンザ)が有効、という共通点があるものの、新型は(1)
感染力が強く、(2)基礎疾患を有する者、免疫力が低下している者、妊婦など
は重症化する可能性が季節性よりも高い、(3)国民の大多数に免疫がなく、感
染が拡大する可能性が極めて高い、(4)症状が非典型的な場合がある、と言わ
れています。

これら共通点と相違点がある中で、9月の当直時の実際の救急外来の光景は、
季節性の流行時期には見たこともないほどの患者さんが待合室に待機していまし
た。この理由として考えられるのは、(1)感染力がより強いこと、(2)まだ感
染者は多くはない一方で、ワクチン接種前で、国民の大多数に免疫がないこと、
(3)マスメディアの影響(今までの政府の方針の影響)、(4)症状が非典型的
な場合があること、があると思います。

(1)と(2)により、本来ならワクチン接種を毎年行っているハイリスク患者
が感染しやすい状況になっており、実際感染してしまった患者さんも出てきてい
ます。(3)は政府が以前「早期受診」を指示しており、マスメディアも早期に
医療機関を受診する必要性を強く報道してきたため、国民の間に疑わしい症状が
あったら早期に受診しないと恐ろしいことになる、という不安や恐怖心があるよ
うに感じました。例えば、先日の当直の際には、「あと数時間で午前中の外来が
始まるから、その外来を受診してください」という話が、いっこうに理解してい<br
/>ただけませんでした。(4)については、本人が新型に感染していることに気付
かず、ウイルスを排菌した状態でしばらく様々な人達に接触してしまう、という
可能性があります。

これらの点から、新型への対処は季節性の対処とは変えていく必要があると思
います。

【国、各医療機関、患者さんのすべきこと】

以上のことから、(1)国、(2)各医療機関(大学病院、一般病院、開業医)、
(3)患者さん(国民)が何をすべきか検討したいと思います。

(1)国のすべきこと

まずは、必要な医療費、人材、迅速検査キット、治療薬を可能な限り確保する
こと。そして、10月1日に厚生労働省から発表された「今後の新型インフルエン
ザ対策について」では変更されていますが、以前政府の方針であった「早期受診」、
さらには「コンビニ受診」は、医療機関の機能を麻痺させるものだ、ということ。
言い換えると、新型インフルエンザの治療方針はそれによる死亡者を最小限に抑
えることだ、ということを国民全員に周知させることが重要だと思います。

それには現在の、厚生労働省のサイトにアクセスした人しか情報がわからない
ようでは意味がなく、むしろ医療に無関心な人にこそこれらの情報を伝えること
が、「コンビニ受診」を減らし、医療機関の崩壊を防ぐものだと考えます。その
ためには、マスメディアのなかでも、一般の国民が見たり聞いたりしている媒体
を選び、それを通して情報を発信すべきだと思います。

また10月1日の改正案にも再度、水際対策のことが書かれていますが、もう検
疫のために送る医師は残っておらず、国内の感染者の対応や、病院内の患者の対
応を最優先させるべきと考えます。

(2)各医療機関のすべきこと

開業医と一次救急、二次救急の病院(一般病院)までで、可能な限りハイリス
クでないインフルエンザ患者の診察、診断、処方まで行い、三次救急の病院(大
学病院など)はその病院でしか見られない重篤な患者さんと、ハイリスクなイン
フルエンザ患者さんの治療に専念すべきです。しかしながら、医療機関サイドで
は患者さんを選べないので、いかに国が的確な情報を国民の隅々まで伝えるか、
そしてどこまでその情報に沿って国民が行動するかにかかってくるでしょう。

(3)患者さん(国民)がすべきこと

まず、医療に興味を持ち、自分の健康は自分で守るという心構えが大事で、そ
れによっていろんな情報が入ってくる状態になるはずです。その中で、利己的な
行動ではなく、国民全体がより充実した医療を受けられるような行動を取ってい
けば、国民一人ひとりにも素晴らしい医療が提供されるはずである。今回の新型
インフルエンザに関して言えば、「コンビニ受診」をやめ、各々が自分にふさわ
しい医療機関を的確なタイミングで受診する。これがより多くの人により良い医
療が提供される条件だと思います。

今こそ、国、各医療機関、患者さんが一体になって、迫りくる脅威に立ち向か
う時であり、本当の意味での国民の総合力が試される時だと思います。

※本原稿は、新型インフルエンザの診療に携わる第一線の臨床医の立場から、国、
医療機関、患者・国民への情報発信をする目的で執筆されたものですが、「個人
的見解」であるという理由から、ご本人の希望により、匿名で掲載しています。

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