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Vol.112 突然死は予防できるのか

医療ガバナンス学会 (2016年5月11日 06:00)


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北海道循環器病院
心血管研究センター長   山本 匡

2016年5月11日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

突然死sudden deathとは,予期していない突然の病死のことであり,発症から24時間以内の死亡という定義がされる.突然死の原因として,急性心筋梗塞Acute myocardial infarctionや不整脈などの心臓病,脳卒中などの脳血管障害,消化器疾患などが挙げられる.このうち心臓病による突然死の割合が約7割を占め,心臓突然死は年間約5万人にもおよぶと言われ,心臓突然死の原因として最も多いのが急性心筋梗塞である.急性心筋梗塞のほとんどは,図1のように冠動脈に生じた粥状動脈硬化atherosclerosisが血管内で破綻ruptureして,血栓を形成し血流を途絶えることで発症する.破綻するような粥状動脈硬化は,病理学的に不安定プラークVulnerable plaqueと呼ばれており,脂質に富むプラークに炎症細胞が浸潤し,これを覆う血管内腔側の皮膜が菲薄化していると定義されている.このプラーク破綻には高血圧や糖尿病などの基礎疾患のみならず,図2に示すように冠動脈内の血流による力学的ストレスも関与すると言われている.

◆図表1

◆図表2

急性心筋梗塞の発症リスクである冠危険因子には,高血圧,糖尿病,喫煙,脂質異常,家族歴,慢性腎臓病,メタボリックシンドロームが挙げられる.とりわけ,高血圧においては収縮期血圧が135mmHg以上もしくは拡張期血圧85mmHg以上では虚血性心疾患の発生率が男性で2倍,女性で1.5倍となることが報告されている.
近年では,青魚に含まれる多価不飽和脂肪酸の摂取量が多いほど虚血性心疾患の発症が少ないと報告がなされ,ω3系脂肪酸の摂取を促す取り組みもされるようになった.ω3系脂肪酸にはEPA (Eicosapentaenoic acid)があり,これは抗血小板作用による血栓形成予防,赤血球柔軟性向上による血液粘性低下作用があると言われている.
そして急性心筋梗塞は早朝に発症することが多く,突然死も睡眠中に生じることが多くなっていることは早朝の血圧上昇に関連し,脱水による血液粘性の増加とも関連すると考えられている.このように医学では遺伝的背景,代謝学的背景を元に疫学的なリスク分析を行うのが一般的であり,これら危険因子を有するものに対して生活指導,薬物投与を行うことが予防と位置づけられている.

この急性心筋梗塞を予測できないのだろうかと考えた.

急性心筋梗塞を予測しうる因子は疫学的に先に挙げた冠危険因子となるが,この冠危険因子を有している群においても発症する人,発症しない人に分かれるので,発症する群を予測しうる遺伝子,バイオマーカーの発現,画像情報があるのではないかと考えた.このような発症前段階において,本疾患を予測し早期に医療介入が出来るようにする医療形態を「先制医療」と位置づけ,とりわけ我々はこの方法論を「予測診断」と呼んでいる.
次に記す方法にて,画像情報より血流解析を行うことで急性心筋梗塞の予測になるのではないかと解析を進めた.

対象
北海道循環器病院において虚血性心疾患を疑われ冠動脈CTを撮像した患者より,
(A)狭窄を有さない冠動脈を抽出
(B)有意狭窄ではない不安定プラーク(CT値30 [HU] 未満)を有する患者を抽出
のそれぞれの症例を本検証の対象とした.

流体解析の方法
(1)冠動脈CTのDIOCMデータより対象となる冠動脈選定し,STLファイルに変換する.
(2)冠動脈内腔表面に相当する血管画像の表面をスムージンズしてメッシュを作成する.
(3)ソフトウェアANSYS(ver.15.1)を使用して血流解析を行う.
(4)Velocity, Wall shear stress (WSS)を結果として示す.

結果解釈の方法
(1)(A),(B)それぞれのVelocity[m/sec],WSS[Pa]を示した結果について,冠動脈形状による傾向と臨床的知見を対比させる.
(2)WSSは血管壁近傍の血流速度と血液粘性の積として,

◆数式
μ : Dynamic viscosity

と表すことができる.急性心筋梗塞の原因となる不安定プラークの破綻は,プラーク壁におけるWSSが上昇しているので,冠動脈にプラークを有し,CT値が低い(<30 [HU] ),かつHigh WSSがプラーク壁に掛かる症例を急性心筋梗塞発症ハイリスク症例と評価する.

その結果,冠動脈に狭窄を有さない症例と冠動脈に不安定プラークを有する症例について結果を提示する.

狭窄を有さない症例 (図3)
狭窄病変のない冠動脈は,その解剖学的形状に従い血流様式が決定される.図3に示した通り,右冠動脈は右室全面を走行し左室下壁を栄養するために屈曲した走行をしている.この屈曲部ではWSSが低くなる部位が存在しプラークが進展すると考えられている.この狭窄病変がない限りにおいては,WSSの値にかかわらず急性心筋梗塞のリスクはないと言って良い.

◆図表3

不安定プラークを有する症例
冠動脈CTで狭窄病変を認め,かつCT値の低いプラークが存在する冠動脈の血流解析を行った.図4の矢印部にプラークが存在し,このプラークのCT値は30未満であった.このプラークにはWSSが相対的に高くなる部位が存在するため,血圧上昇や血液粘性増大に伴いさらにWSSの上昇が予想できるのでプラーク破綻のリスクが高まると考える.
急性心筋梗塞発症の機転となるプラーク破綻は,病理学的に不安定なプラークが存在し,そのプラークに過剰なWSSが加わることで生じると考える.血流解析から得られた結果をもとに,WSSを減少させるための方法(例えば血液粘性を減少させる),プラークを安定化させるため方法(薬物の選定),冠動脈デバイス(ステント治療)を使用してプラークを被覆してしまう方法の選択や組み合わせにより急性心筋梗塞発症を予防することができるので,血流解析は現状診断を可視化するツールとなる.

突然死予防には,対象となる者への啓蒙と各々の現状認識が必要であり,冠危険因子への積極的な介入が行われることでより効果的である.医療機関で得ることのできる冠動脈CTのDIOCMデータから,冠動脈の血流解析を行うことでプラーク破綻リスクを可視化することができる.血圧や血中脂質の値を計測するのと同様に,血流解析より得られるWSSを始めとした臨床的有用と考える数値を求めることは,突然死予防に効果的な手法となるだろう.

今後の展望として,以下の事項があげられる.
(1)Evidenceの確立
・血流解析のための境界条件の設定
・プラーク破綻の症例蓄積と前向き臨床経過観察
(2)画像情報の精度向上
・CTの空間解像度の向上,石灰化除去技術の向上
・造影剤量の減少と低被曝なCT撮像
(3)啓蒙活動
・対象者(前発症段階)への啓蒙

先制医療という概念のもと,特定の疾患に対して各種方法論が議論されている.疫学的思考と予測的解析が組み合わさることにより,今後,医療データを有効活用し,創薬や治療などに貢献できるではないか.

◆図表、数式込みの完全版はこちらから◆

http://expres.umin.jp/mric/mric112_yamamoto.pdf

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