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Vol.115 塩崎大臣の医療事故調の記者会見

医療ガバナンス学会 (2016年5月16日 06:00)


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この原稿は月刊集中4月末日発売号からの転載です。

井上法律事務所 弁護士
井上清成

2016年5月16日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

1.医療事故調開始から半年

医療事故調査制度が開始されて半年が経過し、この4月8日に、医療事故発生報告の件数が6ヶ月間で累計188件であったと公表された。1ヶ月平均で約31件という状況である。堅調な推移と評してよい。
全国津々浦々の全ての医療機関に対して、制度が手堅く普及しつつある。したがって、医療安全管理も向上しつつある途上と言えよう。
つまり、医療事故調査制度は国家的な制度として成功し、医療安全の確保という目的に向かって手堅く浸透しているところである。

2.塩崎大臣への記者の質問

この4月12日、厚労省内会見室において、塩崎恭久厚生労働大臣が医療事故調査制度に関しても記者会見を行った。その折、ある記者から質問が出たらしい。
「先日、病院などで医療事故の調査制度が始まって半年ということで実績が公表されましたが、188件ということで、当初考えられたよりも低調な数字にとどまっているということですが、そのことについてはどうお考えか」という質問である。
甚だ残念なことではあるが、その質問をした記者には医療安全管理に関する素養が乏しいか、少なくとも医療安全管理には興味がないらしい。「実績」がイコール「188件」であり、しかもそれを「低調」と評しているからである。
「188件」というのは、「医療事故報告受付件数」であり、それは直ちにイコール「実績」ではない。「実績」と言うのであれば、「188件」の報告件数と共に公表された「相談件数(累計1012件)」も、少なくとも合わせて考慮すべきところであろう。相談件数は年間推計ならば約2000件にもなり、報告件数の年間推計約400件弱と比べて、約5倍に達する。つまり、悩んで相談する件数は約2000件あり、ただ、今度の「医療事故」に該当するのは約400件弱であって、5分の1にしぼられているということにほかならない。
報告件数が多ければ「好調」と言い、報告件数が少なければ「低調」と評するようでは、およそ医療安全管理には関心がなく、ましてや本当の医療安全の向上には全く興味がないのであろう。そのような記者には、たとえば「紛争解決」とか「患者との信頼回復」という決まり切ったフレーズばかりでなく、厚労担当記者としてもっと深く、専門的な「医療安全の向上」にも興味をもってもらいたいところである。

3.塩崎大臣の的確な会見

そのような浅薄な記者の質問に対して、塩崎大臣は、専門的な資質を披露して、的確な会見を行った。次の通りの内容である。
「今回、医療事故の調査制度をスタートさせていただきましたが、かつては医療事故情報等収集事業ということでやってまいりました。今、当初の予想よりも案件数が少ないという御指摘がございましたが、当初の予想は医療事故情報等収集事業を前提としたときの数字でございまして、今回の制度の対象範囲が決定される前に、大学病院とか、国立病院機構の病院、つまり、ハイリスクの高度医療をやっていらっしゃる所の事故について報告を受ける、前の報告制度の死亡事故数を基に試算したものでございました。それが1300~2000件という予想であったわけで、医療事故調査制度が対象とする、管理者が予期しなかった死亡以外も含まれていたわけです。かつては、医療に起因する事故ということと、予期しなかったということのどちらかに引っかかったら、カウントしました。しかし、今度の制度は、両方を満たす場合のケースということになりますので、オアとアンドで、かなり狭くなっているということが言えるということが一つと、今申し上げたように、全ての病院ではなくて、ハイリスクな病院を対象としていたということがございました。」
見事な答弁である。
1300~2000件という当初予想は、医療事故情報収集等事業をそのまま全国すべての医療機関数約18万に単純に広げたと仮定した場合の仮想数値に過ぎない。第1に対象範囲たる「医療事故」の定義が異なり、第2に対象医療機関のリスク度が異なる。だからこそ、約1300~2000件位のものがその5分の1位の約400件位になって当然という論理である。
さすがに専門的であり的確であり、見事と言うほかない。
以前から実績のある医療事故情報収集等事業に即して言えば、疑念の生じる事例は確かに年間約2000件程度は存在しているのであろう。現に、相談件数は半年ベースでは累計1012件なのだから、年間だと2000件以上に達するかも知れない。ところが、それら2000件が、今般の「医療事故」の定義によるしぼり(「予期しなかった、または、医療に起因した」ではなくて「予期しなかった、かつ、医療に起因した」ということで、オアからアンドに変わった。)と、特定機能病院などのハイリスク病院群から全ての医療機関への広がり、の2つの要因によって約5分の1程度の約400件弱にしぼり込まれたのである。

4.医療安全管理の向上を目指して

問題は、残りの約5分の4をどう扱うか、であろう。たとえば、約2000件マイナス約400件の残り1600件をどうするのか、である。
当然、以前より継続してきた院内での医療安全管理の努力はこのまま続けてもらいたいし、院内での医療の質の向上の努力もこのまま続けてもらいたい。さらに、今度の医療事故調査制度を契機に、残り1600件も院内での医療安全管理のために有効活用してもらいたいところである。これこそが、今度の医療事故調査制度の真の狙いと言ってよい。
管理者の下での全ての死亡症例の一元的チェック、全ての症例でのインフォームドコンセントの充実、全ての症例でのカルテ記載の充実が、全ての医療機関が足並みをそろえてもらいたい最低限の第一歩である。さらには、医療事故判定会議などを通じた症例の問題性の摘出、医療事故非該当事例に関する院内医療安全管理委員会による問題性の分類と検証、そして、院内での実情に応じた改善策の案出と堅実な実施が、その目標にほかならない。
つまり、医療事故の該当事例はもちろんのこと、非該当事例も含めて、院内での医療安全管理の向上に前向きに役立ててもらいたいのである。

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