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Vol.124 がん対策基本法改正案をめぐる疑問

医療ガバナンス学会 (2016年5月26日 06:00)


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ジャーナリスト・岩澤倫彦

2016年5月26日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

<患者団体の危機感>
がん対策の基本理念や方向性を定めた「がん対策基本法」の成立から10年を迎え、超党派の議員連盟による「国会がん患者と家族の会」が、4月22日改正案を公表した。胸腺がんで死去した、故・山本孝史議員が闘病中に命を賭して成立させた同法は、がん検診や診断、治療開発の方向性、患者の支援策などの論拠となる重要な存在となっている。
今回の改正案では、がん患者の雇用継続について事業所の責務を新設するなど、時代の変化に即した項目が盛り込まれた一方、基本理念として新設された第二条第五項をめぐって患者団体を中心に議論となっている。
「それぞれのがんの特性に配慮したものとなるようにすること」。
この基本理念に関しては、様々ながん患者団体によって組織された全国がん患者団体連合会が、「難治性がん」「希少がん」「小児がん」と対象を明記することを強く要望していた。そうした経緯がありながら、改正案では「それぞれのがん」という抽象的な表記になったのは、残念としかいいようがない。

<稀ではない“希少がん”>
日本のがん対策は、罹患数や死亡数の多い五大がん「肺がん、胃がん、大腸がん、乳がん、子宮がん」を主な対象として、公費によるがん検診などが進められてきた。日本の医療政策は、「最大多数の最大幸福」的な発想によってデザインされてきた歴史があるが、五大がん以外のがん患者は数多く存在している。
厚生労働省は、人口10万人あたりの年間発生率が6例未満、診療上の課題が他のがん種に比べて大きいものを「希少がん」と定義している。該当する希少がんは、骨の肉腫、軟部肉腫、悪性脳腫瘍、メラノーマ、眼腫瘍、悪性中皮腫、小児がんなど100種類以上。 国立がん研究センターによると、全ての希少がんの合計は、がん全体の15%〜22%になるという。決して無視できない存在だ。
しかし、希少がんを取りまく現実は、患者数が少ない為に治療情報が少なく、医師などのマンパワーが慢性的に不足、製薬会社も新薬の開発には消極的であり、診療や研究体制は、五大がん等に比較すると明らかに劣っている。つまり、救える命が救えない状況なのだ。
全国がん患者団体連合会が、今回の法改正で基本理念の対象に「希少がん」を入れてほしいと要望してきたのは、こうした状況を打破したいという切実な思いが背景にある。

<スキルス性胃がんに対する医療者の誤解>
次にスキルス性胃がんを例に、「難治性がん」の置かれている状況をお伝えしたい。
日本人のがん患者数では最も多い「胃がん」は、「ピロリ菌感染が胃がんの主原因」と判明し、ピロリ菌の除菌による胃がん予防や、胃がんリスク検診という手法による効率的な早期発見の体制が構築されつつある。これまで、国が唯一胃がん検診として推奨してきたバリウム検査(胃X線検査)は、早期胃がんの見落し、バリウムの誤嚥性肺炎や大腸穿孔などの副作用事故、放射線被曝など多くの問題点を抱えている。胃がん発見率が胃X線検査の3倍にもなる内視鏡検査は、この4月から公的な胃がん検診として推奨された。
一方、胃がんの一割といわれる「スキルス性胃がん」は、「検診での早期発見は困難。治療は極めて難しく、致死性が高い」という認識が固定化され、「難治性がん」として諦める風潮が医療現場に蔓延している。「スキルス性胃がんは、内視鏡検査よりも胃X線検査のほうが見つかる」と発言する医師も少なくない。
先日、「がん名医50人が明かす新事実」というキャッチコピーをつけた民放テレビ局の情報番組で、ある医師が次のようなコメントをしていた。
「私の経験でも、内視鏡を年二回繰り返しても、スキルス胃がんという外に広がるがんがあるんですね。結局、内視鏡で組織を何回も取っても、がんが出なかったのに、実はバリウムで撮ると胃がだんだん硬くなって細くなる、そういう特殊なケースがありますから、内視鏡の良いところとバリウムの良いところ両方あるんです」(コメントのまま文章化)
この医師は自身の認識不足や内視鏡検査の未熟さを露呈しているだけでなく、誤った情報を全国放送で広めた。
大半の胃がんは胃粘膜に凹凸の変化が現れるが、スキルス性胃がんは胃粘膜に凹凸が現れないまま、胃壁の中を這うように広がっていく。ただし、内視鏡検査に習熟した医師であれば、スキルス性胃がんに進展する前段階の「印環細胞がん」を、僅かな色の変化等で発見する。また、ピロリ菌感染による慢性胃炎が進行すると、胃壁に現れる太い襞(ひだ)から胃がんリスクが高いと判断、組織を採取する検査に加えて、エコー検査を実施することもある。すべての医療には不確実性が避けられないが、「難治性がん」だからといって、諦めた時点で可能性は大きく減少する。
胃がん治療の第一人者である、国立国際医療研究センター・国府台病院の上村直実院長は、「バリウム検査で発見できるスキルス性胃がんは、胃壁が硬くなり、膨らまない状態になったものです。つまり、完治が難しいステージ。この状態でスキルス性胃がんを発見されて誰が喜ぶのでしょうか。ピロリ菌検査と合わせて内視鏡検査のスキルを高めて、完治できる段階の早期発見が重要です」と指摘する。
このように「難治性がん」であることを理由に、早期発見や治療の可能性を決して諦めてならないのだ。

<患者当事者の声を尊重する必要性>
「小児がん」についても同様に、早期発見や新たな治療法の開発に無限の可能性が秘められていながら、マンパワーの配分は決して十分とは言えない状況が続く。小児がんで我が子の命を失った家族は、精神的なダメージから意見を述べることができないことも多いため、その厳しい現実はあまり知られていない。
前述のスキルス性胃がんは、二十代や三十代の女性が多く、母親を失い、幼い子供が残されるというケースも起きている。こうした悲劇を防ぐには、最大多数の最大幸福の概念では対処できないことは明らかだ。これから超高齢化社会を迎えるにあたって、私たちは医療政策の論拠や、優先順位を考え直す時期にきている。
いま、救える命を救うために必要なのは、「難治性がん」「希少がん」「小児がん」を決して諦めないことであり、社会全体、そして医療現場の認識を変革することだろう。
がん対策基本法の改正においては、ぜひこの点を再考していただき、患者数の多いがんを中心にした従来のがん対策から発想の転換をしていただきたいと思う。

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