医療ガバナンス学会 (2016年5月31日 06:00)
個別分野については、団塊の世代が後期高齢者になると医療費・介護費が大きな負担になると指摘し、その上で、地域医療構想について以下の言及をした。
都道府県による病床再編や地域差是正に向けた努力を支援するための取組(診療報酬の特例(高齢者医療確保法第 14 条)の活用、都道府県の権限の一層の強化等)について、改革工程表に沿って、着実に検討・実施していくべきである。
高齢者医療確保法第14条は、「医療費適正化を推進するために必要があると認めるときは、一の都道府県の区域内における診療報酬について、地域の実情を踏まえつつ、適切な医療を各都道府県間において公平に提供する観点から見て合理的であると認められる範囲内において、他の都道府県の区域内における診療報酬と異なる定めをすることができる」と規定している。
●地域医療構想
団塊の世代は人口の大きさゆえに、社会保障に対し、過大な財政負荷を及ぼす。このため、団塊の世代全員が65歳になった2015年までに、年金給付額を引き下げ、支給開始年齢を段階的に65歳まで引き上げた。2025年には団塊の世代全員が後期高齢者になる。後期高齢者の医療費は、今でも膨大である。2013年度、自己負担を含めて14兆2千億円にも達した。このうちの85%、12兆1千億円が、公費と被用者保険からの拠出金でまかなわれた。団塊の世代が75歳になると、後期高齢者医療制度の総医療費が急増する。
地域医療構想は、後期高齢者医療制度への財政負荷を緩和するための対策の中心部分であり、病床を削減することによって、入院医療費を抑制する。
2014年の医療介護総合確保推進法によって、病床機能ごとに必要量を行政が決めることになった。地域医療構想の策定とそれに基づく整備について、都道府県医師会、保険者、市町村、学術団体などが参加する地域医療構想調整会議で協議される。この会議には、病床機能転換の当事者、利害関係者にも参加が求められる。実質的には都道府県が主導する。この会議で、各病院に病床機能ごとの病床数が割り振られる。強制力の行使に備えて、通常の議事録の作成に加え、関係者の合意を確認するための書面が作成される。争いに備えた証文である。
実効性を担保するために、強制力が強化された。都道府県は、病床過剰地域において、公的医療機関が正当な理由がなく病床を稼働していないときは、当該病床の削減を命令することができる。公的医療機関以外の医療機関に対しては、当該病床の削減を要請することができる。
公的医療機関が上記の命令・指示に従わない場合には、医療機関名の公表、地域医療支援病院の不承認又は承認取消し、管理者の変更を命令することができる。なお、公的医療機関以外の医療機関が、要請に従わない場合には勧告を、当該勧告等にも従わない場合には地域医療支援病院の不承認、又は 承認取消し、管理者の変更命令等の措置を講ずることができる。
あめとして、消費税増収分を用いた地域医療介護総合確保基金が創設された。医療介護総合確保促進法に基づく総合確保方針に定められた対象事業に補助金が交付される。これが医療機関や介護施設を、厚労省-都道府県の方針に従わせる手段になる。そもそも医療には消費税が課されていないが、病院の仕入れには消費税が課されている。その分、診療報酬に組み込まれているというが、経費の大きい大病院は大きな損失が生じる。消費税率5%から8%への引き上げでのカバー率は、50%程度である。消費税引き上げ分の50%が損失になる。
基金は、病院から消費税の損税分を取り上げて、投資を行政が決める構造であり、経営の判断領域を狭める。行政主導の投資がまともに機能するとは思えない。補助金をできるだけ少なくして、診療報酬に回すのが健全である。どうしても必要な補助金は、裁量権を持つ個別役人が決めるのではなく、数字で示される指標で自動的に金額が決められる方法を考案する必要がある。配分する側に裁量権があり、配分される側に経済的余裕がなければ、支配-被支配関係が生じ、民主主義が毀損される。
●医療計画制度と医療費の東西格差
医療計画制度での病床規制は1985年に導入された。二次医療圏ごとに算出した基準病床数を基に、許可病床を病院に配分。許可病床数を超えた増床を禁止した。医療費抑制が目的だったが、既存病床数を尊重する現状追認型の制度として設計された。すなわち、一般病床についての基準病床数計算の基礎となる平均在院日数、性別及び年齢階級別退院率について、地域ブロックごとに異なる係数を用いた。このため、既存病床数が多かった地域、すなわち、新設医大創設以前の医学部が多かった西日本では、東海、関東に比べて、基準病床数が多くなった。病床数の分布は看護師、リハビリ専門職などの医療人材の養成数の分布とも重なった。このため、病床数の地域差だけでなく、医療人材養成数の地域差も継承された。中国、四国、九州の各県は、関東基準で見れば、埼玉、千葉の2倍近い一般病床を有している。人口当たりの看護師数やリハビリ職員数も、九州、四国は、埼玉県、千葉県よりはるかに多い。
市町村国保、後期高齢者医療制度には、国費と被用者保険の保険者からの拠出金が投入されている。本来平等でなければならないはずだが、医療費の多寡に応じて、大きな地域差が生じている。2010年のデータを用いた試算では、千葉県の医療費が全国平均と同じだとすれば、千葉県には国費と拠出金が毎年720億円今より多く投入される。福岡県と同じだとすれば、毎年1890億円今より多く投入されことになる。http://medg.jp/mt/?p=2112 厚労省は国民を不平等に扱い。それを漫然と放置してきた。
●人による強制、数字による誘導
地域医療構想では、今後、病床の多い西日本を中心に病床削減が図られる。地域医療構想調整会議は、全体のパイが小さくなる中、病床と補助金を奪い合うバトルの場となる。都道府県の役人が、病床配分と補助金配分の裁量権を持つ。病院は表面上行政に従いつつ、生き残りのために、役人に働きかける。政治家も動員される。利害が絡まって身動きのとれない状況になり、病床配分を決定できない状況が生じる。贈収賄事件が頻発する。
問題はこれだけではない。役人が個別的裁量権を持つと、東千葉メディカルセンター問題のように、地域の実情を無視した無理な政策がそのまま押し通される。http://medg.jp/mt/?p=6643 、http://medg.jp/mt/?p=3955 強大な権限を持つがゆえに、批判を抑圧する。http://medg.jp/mt/?p=6292 結果として、誤った政策が修正されない。千葉県は、2008年、山武郡市を、印旛・山武二次医療圏から切り離し、地域の医療事情と乖離した山武・長生・夷隅二次医療圏を作って、多額の補助金を投入し、東千葉メディカルセンター建設を強引に進めた。計画に無理があったため、事前に危惧された通り赤字が膨らみ、東金市民が東金市の財政破綻を心配する事態になった。http://www.kosonippon.org/mail/detail.php?id=764
地域医療構想は、旧共産圏の計画経済に似ている。需要を病床機能ごとに細かく予測し、機能ごとの病床数を地域の医療機関に配分する。地域医療介護総合確保基金を介して、投資まで支配する。実際には、期待のありようやサービスの質が需要を大きく左右するので、需要を独立変数として推定しようとしても失敗する。需要を正しく把握できたとしても、供給量決定に利権争いが絡む。
旧共産圏では専制と腐敗がはびこり、経済は停滞した。共産圏の失敗は計画経済が人間の能力を超えていたからだと理解されている。だからといって市場経済に任せてしまうと、医療費が高騰する。国民皆保険を維持しようとすると、診療報酬による誘導をやめるわけにはいかない。
なぜ「県ごとの診療報酬」という大胆な案が提案されたのか。大胆な割に、極めて分かりにくい形で書かれていた。観測気球なのかもしれない。財務省は、地域医療構想に無理があって、実現しそうにないと考えた可能性がある。放置するには後期高齢者医療費の額が大きすぎる。高齢者医療確保法第14条の規定を活用して、医療費を多く使っている都道府県の診療報酬を低く設定できれば、自動的に医療機関と医療人材が、医療過疎地に移動する。顔の見える役人個人が裁量権を発揮して強制するのではなく、数字がインセンティブとして機能することになる。財政制度等審議会の提案がどう展開していくのか注目したい。