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Vol.128 加害者側から見る戦争性犯罪

医療ガバナンス学会 (2016年6月1日 06:00)


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ほりメンタルクリニック
野呂多麻希

2016年6月1日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

初めまして、野呂多麻希と申します。東京から南相馬市に移り住み、4月からほりメンタルクリニックで事務をさせて頂きながら、精神保健福祉士の資格取得を目指し始めました。今回は自己紹介を兼ねて、私が今までしてきた研究について少しお話しさせて頂きたいと思います。

私は前職に就く前、2014年末まで英国エセックス大学で精神分析学の博士課程をしておりました。研究テーマは「第二次世界大戦における女性に対する性暴力」で、男性兵士の心理分析についての考察が主題です。
この研究をするに辺り、気を付けたかった事は、一つの国に絞らない事です。何故なら精神分析学理論は万人に共通する深層心理の解釈というのが前提にあるので、一つの国だけを考察して「この国にはこの様な文化的背景があるから、この様な行為をするに至った」という論調になってしまうのを避けたかったからです。そこで私は日本軍、ドイツ軍、ロシア軍、米軍を比較分析しました。
テーマがテーマだけに一次的資料を探すのは困難でしたが、主に以下の様な資料を集めました。

1.日本軍ケース:中国帰還者連絡会(※中国の撫順戦犯管理所に抑留され、後釈放され帰国した元兵士の方々が、戦時中の大日本帝国軍による残虐行為を証言、謝罪する事を目的として立ち上げられたNPO法人団体)の証言手記や元兵士の方へのインタビュー。
2.ドイツ軍ケース:United States Holocaust Memorial MuseumやYale UniversityのUSC Shoah Foundationに所蔵されているユダヤ女性被害者の証言ビデオテープ。
3.ロシア軍ケース:ドイツ女性監督ヘルケ・ザンダーによるドキュメンタリー映画「1945年・ベルリン解放の真実」内のドイツ女性被害者の証言と、同監督へのインタビュー。
4.米軍ケース:US National Archivesに所蔵されている米軍兵士による性犯罪の軍法会議裁判記録。

これらの資料を分析して分かった事は、男性兵士による女性に対する性暴力の動機は、思われている以上に複雑であるという事です。
戦争の性犯罪は時代や国を超えて蔓延し、男性の本能による「必要悪」であるかの様に言われてきました。領土を征服する様にその土地の女性を征服する行為である、とか、戦場で死のリスクに晒された男性による種の保存本能である、など、男性性の「強さ」や「傲慢さ」や、生物学的特徴を理由に説明される事が主でした。

しかし、今回集めた資料は、それだけでは説明のつかない男性の心理や行動があった事を教えてくれました。例えば、中国女性に残虐行為を行った日本兵士による証言手記には、自分達に怯えない女性の強さに戸惑い、怯え、何とか女性を征服してその不安を払拭したい思いの中で暴力をふるう心情が数多く残されていました。反対に、暴力を奮ったドイツ女性の腕の中で子供の様に丸まって眠り込んだロシア兵士の記録もあります。無論、これらはごく一部のケースであり、戦争性犯罪の動機として一般化するべきものでないのは確かですが、言い換えれば、男性性の強さや傲慢さだけでは説明出来ない事が分かります。

更に、「戦場という死のリスクに晒された男性による種の保存本能」説に関しても、疑問の余地があると思います。例えば、ヨーロッパに上陸した米軍兵士による地元女性に対する性犯罪のケースでは、死体処理や船から物資を運搬するなど雑務作業を割り当てられた黒人部隊、つまり、戦場に足を踏み入れた事もない黒人兵士が被告人であるケースが圧倒的に多かったという事実があります。(これに関しては、白人兵士の件は見過ごされたり、不起訴になる事が多かったからだという人種差別の観点からの議論があり、確かに一理あると思います。しかしそれを差し引いても、戦場で「ヒーロー」になれなかった黒人兵士達の男性性の葛藤があった事が、裁判記録の被告人証言から読み取れました。)

私が戦争性犯罪の動機に大きく関与していると仮説立てたのは、軍体制そのものです。男性的な象徴であるその組織の一員になれた誇らしさと同時に、厳しい規律やヒエラルキーにより圧制を受ける兵士達の男性性の葛藤に起因しているのではないかと思い、博士論文ではフロイトの精神分析学理論に関連付けながら考察したのですが、字数が足りないのでここでは割愛します。

最後に、何故被害女性の心理でなく、加害者側の心理を研究テーマに選んだのかをお話しさせて頂きますと、残虐な行為をするにはその原因がある筈であり、そこを究明しないと根本的な解決策には結びつかないと考えるからです。「傲慢な男性本能」で片付けるままでは、いつまで経っても女性は被害者であり、更にそんな自分達をvictimise(被害者化)する事で男性は加害者でい続けます。性犯罪の動機には男性性の不安や弱さという背景もあるのかもしれない、と考える事で膠着した状況から一歩踏み出せるのではないでしょうか。
同じ様な事は戦争性犯罪だけでなく、様々な状況でも言えると思うのですが、まだまだ不勉強ですのでこれから見聞を広げていきたいです。

何分、至らない事の多い若輩者ですが、皆さまのご指導、ご鞭撻の程、どうぞ宜しくお願い申し上げます。

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