医療ガバナンス学会 (2016年6月9日 06:00)
この原稿は月刊集中6月号(5月31日発売号)からの転載です。
井上法律事務所 弁護士
井上清成
2016年6月9日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
2.意見の時期による分類
遺族の意見が述べられる時期は、大きく分けて3つに分類できる。院内調査が終了する前、院内調査終了後で院内調査報告書作成前、院内調査報告書作成後、の3つに分けられよう。
院内調査が終了する前であれば、医療安全に関わる遺族の意見は、何らかの形で院内調査に反映されるであろうことが想定される。当然、院内調査の結果に反映されることも少なくなく、院内調査報告書にも組み込まれて記載されることとなろう。このような場合が本来、医政局長通知やQ&Aで想定された場合であろうが、必ずしも通知やQ&Aでの書き振りは十分ではない。書き振りの補充・修正は今後の課題であろう。
院内調査終了後で院内調査報告書作成前に医療安全に関わる遺族の意見が述べられた場合は、当然のことながら、既に院内調査は終了しているのだから院内調査の結果には反映されない。しかし、院内調査報告書自体に、遺族の意見を記載することはできる。このようにすれば、その先の院内での医療安全管理委員会等での検討に資することができよう。もちろん、医療事故調査・支援センターでの分析等に資することもできる。
院内調査報告書作成後に医療安全に関わる遺族の意見が述べられても、当然、院内調査報告書自体に記載することはできない。この場合は、院内調査報告書に別紙を付けて、その別紙に遺族の意見を記載する。そうすれば、やはり院内での後日の検討やセンターでの分析等に資することができよう。
3.意見の内容による分類
遺族の意見には様々な内容のものがある。医療安全に医学的・科学的に資する内容のものから、非難・感情・納得などに関する内容のものまで、それこそ多種多様と言ってよい。今般の医療事故調査制度は医療安全の向上のための制度である。そこで、医療安全に医学的・科学的に資する内容の意見だけが対象とならざるをえない。非難・感情・納得などに関する内容の意見は、別途に誠実に対応することではある。しかし、医療安全を目指す以上は、少なくとも医療事故調査が非難などに振り回され過ぎて元も子も無くなってしまってはならない。つまり、遺族のそれらの意見に対しては、メディエーションなどの医療対話やその他の枠組みによって、医療事故調査制度以外のところで対応すべきことなのである。
実際、医療安全に関わる遺族の意見には、医学的・科学的に医療安全に資するものも少なくはない。遺族は、院内の体制などを当該医療機関の医療者とは反対の側から、その視線で見ているので、医療者の側からは見えない院内の体制などの指摘もありうる。もちろん、単なる接遇のようなサービスなどの類いのことではない。院内の医療提供システムなどの思わぬ見落としが指摘されることなどもありうるのである。
ただ、それらの有益な指摘の意見であったとしても、すべてそれらの意見に応えなければならないわけではないし、すべて院内調査に組み込まなければならないわけでもない。つまり、一つの有益な調査資料として、参考に供するにとどまるものなのである。
4.意見のセンターにおける参照の仕方
遺族の医療安全に医学的・科学的に資する意見は、医療事故調査・支援センターによる院内事故調査結果の整理・分析においても参考に供されよう。
もちろん、センターは、遺族の意見にかこつけて「医療行為の医学的評価」をしてはならないし、個別事例のチェックのために使うわけでもない。センターの役割である整理・分析では、集積した個別事例を類別化して分析することこそが大切である。厚労省医政局長通知の「9.センター業務について」の「報告された院内事故調査結果の整理・分析、医療機関への分析結果の報告について」においても、「類型化するなどして類似事例を集積し、共通点・類似点を調べ、傾向や優先順位を勘案する。」「個別事例についての報告ではなく、集積された情報に対する分析に基づき、一般化・普遍化した報告をすること。」「医療機関の体制・規模等に配慮した再発防止策の検討を行うこと。」と明記された。
センターは、遺族の意見を参照して、これらの視点で整理・分析業務を行わねばならないのである。決して、個々の事例の院内調査を再調査するために使用してはならない。
5.遺族の意見を医療安全のために活用した運用を
以上、遺族の意見の利用の仕方とその注意点について述べた。
現実に確かに、遺族の意見の利用の仕方は難しい。ともすれば、遺族からの非難への対応、遺族の感情への配慮、遺族の納得への腐心などにばかり振り回され過ぎてしまいかねないところではある。しかし、以上の注意点を踏まえて適切に対応し、真に医療安全の向上のためだけに活用すべく工夫していくことが、今後の医療事故調査制度の運用には期待されよう。