医療ガバナンス学会 (2016年6月15日 06:00)
本格的なスポーツ選手でなくても同様です。実は30年以上前から、レクリエーションランナーであっても血管内溶血が原因で貧血を起こすという報告が出ています。しかし、このことは一般の方にはなかなか浸透してこなかったようです。むしろ専門のスタッフが栄養や健康の管理もしてくれるトップクラスの選手でもなければ、これらの異常は見過ごされてしまうかもしれません。
先日、気になる患者さんがいらしたので、経過を紹介します。
30代後半のやせ形の女性でした。
「今まで貧血をいわれたことはなく7月もHb 11 g/dL台だったが、夏以降、ランニングをしていて調子がよくない。貧血ではないかと友人に言われ、10月に採血したらHb 9 g/dL台だった」
走っていても、スピードが出せず、粘りがなくなったと感じていました。日常生活でも、階段がきつく、仕事中もだるさを感じていたそうで、すでに夏頃から市販の鉄分入りサプリメントを時々飲んでいました。10月にかかりつけの婦人科で貧血と診断されて鉄剤を開始したところ体調が改善したという実感はあったのですが、貧血をきちんと診てもらいたいと思って当院を受診されたそうです。
婦人科には数年前からピルを内服していたために受診しており、貧血の原因として過多月経は考えられません。さらに聞いていくと「数年前から走っているが、今年は走る距離を伸ばした。8月は1ヶ月で500 km走った。今は少し抑えて350 kmは走っている」とのことでした。
ランニングは長期的にみて健康増進効果があることが示されていますが、500 kmは走りすぎです。一般の方は、月間の走行距離が200kmを越えるとケガのリスクが増えます(女性は150 kmとも言われます)。貧血以外にも筋骨格系の故障やホルモンバランスの異常、心血管系のリスクが増えてしまうので、ただやみくもに距離を伸ばせばよいというものではありません。
月に500 kmも走っていれば、足底の衝撃も蓄積しますし、汗もかなりかくでしょう。かなりの量の鉄分が排出されてしまうはずですが、これらによって不足してしまう分の鉄分の補給がきちんとされていなかったと考えられます。さらにこの方はBMI 17弱、体脂肪率は13%前後と痩せすぎの体型です。ボディビルダーやマラソン選手であればそれくらいまで絞りますが、一般の方であれば少し減らしすぎ。もしかすると食事量が少ないのかもしれません。赤血球を作るためには、鉄分だけでなくタンパク質やビタミン類も十分に補充することが必要です。骨や筋肉を作るのにも同じことが言えます。
貧血に限らず、女性アスリートの過度の減量、運動負荷による健康障害の問題は深刻です。体脂肪率の減少により、月経不順をひきおこし、女性ホルモンの乱れから若年女性が骨粗鬆症になるケースもあります。これでは本末転倒です。世の中は健康ブームですが、一方で自分自身の貧血や月経不順に無頓着な女性も多くみかけるので気になっています。いったん何のために走っているのか、自分の身体にとって一番バランスがとれた状態や運動量ははたしてどれくらいのものなのか、立ち止まって考えてみてもいいかもしれません。
そうそう、ある女子高生のエピソードを。
貧血疑いで受診した彼女は細めの標準体型。10代女子にありがちですが「まわりの子が痩せている子ばかりなので、減量のためにランニングを始めた」と言っていました。過度の減量は月経不順や体調不良があるのでやりすぎないでねと言ってはみたものの、あまり聞く耳持たず。
むやみに減量してほしくないと思った私が最後に言ったのは・・
「…体脂肪が減ったら、おっぱい小さくなるよ」
すぐに「無理しない」と約束してもらえました。医学的な説明を並べるよりも腑に落ちる説明ってあるものですね。まぁこれ、あくまで先輩女性としての助言であって、医者の発言としてはアレですが…。男性が言うとセクハラになるので止めた方がいいです。