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Vol.151 重症心身障害児の現在地 ~在宅ケアを支える施設

医療ガバナンス学会 (2016年7月1日 06:00)


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医学教育出版社
只野まり子

2016年7月1日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

医療技術の進歩と現場の医療者たちの努力により、日本における周産期母子死亡率は諸外国と比較しても極めて低くなった。一方で、救命の結果、医療的ケアが必要になる子どももおり、その数は増えている。

歩けない、話せないという重度の障害に加え、人工呼吸器による呼吸管理や点滴・経管での栄養補給(口から食べられない)といった、いくつもの医療的ケアを併せ持ち、ケアが大変な子どももいる。彼らは重症心身障害児とよばれている。

重症心身障害とは病名(医学的診断名)ではない。行政上の措置を行うために定義づけられた名称だ。児童福祉法では「重度の肢体不自由と重度の知的障害とが重複した状態」を重症心身障害といい、その状態にある子どもが重症心身障害児であるとしている。

近年は重症心身障害児(以降「重症児」と表記)も在宅で過ごすことができるケースが増えた。家で一緒に過ごしたいという家族のニーズに沿うものではあるが、病院でのケアを家庭で行う負担は大変なものとなる。加えて、重症児は少しの体調変化ですぐに病状が悪化するので、目が離せない。子どもとその家族が社会から孤立してしまうことも少なくない。

在宅で過ごす重症児とその家族のための施設が神奈川県横浜市にある。『ケアハウス 輝きの杜(以降『輝き』と表記)』は、重症児の日中一時預かり施設で、同じ建物の1階にある能見台こどもクリニックに併設されている。

『輝き』を運営しているのは能見台こどもクリニックの院長、小林拓也医師だ。横浜市立大学医学部卒業後、小児の神経疾患を専門として、重症児も多く診療してきた。1999年に小児科のクリニックを開業し、外来で重症児を診ていたところ、看護師から、ケアに疲れている母親に休んでもらうために日中子どもを預かれないかと要望があり、重症児の預かりを開始した。その後、2003年に障害者自立支援法の前身となる支援費制度が創設された際に『輝き』を設立、運営を開始した。

現在は0歳から30歳までの約40人が利用登録をしており、常時20人前後が日中を過ごす。(筆者注:『輝き』の利用者には成人も含まれるが、便宜上ここではすべて「重症児」もしくは「子ども」と表記する)

施設の利用時間は9時~17時だが、保護者の就業希望などにより前後1時間の延長にも対応している。預かりの他に、自宅や特別支援学校への送迎も行う。自宅―学校の往復には自治体からの補助金が出るが、『輝き』―学校間は対象外なのでボランティアだ。

「痰の吸引など、医療的ケアが必要な子どもはスクールバスに乗れないので親が車で送迎する必要があるけれど、そうすると送ってすぐに迎えの時間が来てしまい、親はなかなかまとまった時間が取れません。『輝き』に預けていれば、こちらで学校への送迎をしますので、親は日中の時間が確保できます」と『輝き』で働く杉浦看護師は話す。

運営開始も親のニーズが発端だったように、重症児とその親のため、という思いはぶれない。該当する福祉制度がなかったことから、1999年から2003年までは保険診療による再診料のみで預かっていた。一日預かって一人あたり800円程度の収入。毎年発生する2千万円超の赤字をクリニックの利益で補てんしていたことが何よりもその信念を物語っている。

スタッフの仕事ぶりには目をみはった。利用者を必ず愛称で呼び、声掛けと目配りを絶やさない。家庭と同じ時間に食事や痰の吸引を行うため、一日のスケジュールは一人一人異なる。全員のそれを把握しつつ、子どもの体調などによって優先順位を臨機応変に入れ替えて動いている。

肩書に関係なく仕事を任せるのも小林医師のこだわりだ。「家では親がやっているケアなのだから、スタッフは皆しなければいけない」という方針でスタッフを教育する。高いレベルの仕事を求められ、それに真摯に応えようとするスタッフの姿勢が、子どもを預ける親たちの安心感にもつながっている。

取材当日、その日は利用予定でなかったこうくん(4)が前夜から体調を崩して1階の外来を受診し、点滴のため急きょ『輝き』を利用することになった。母親に話を聞いた。

「療育施設などの福祉施設だと、熱が出たら引き取りに来てくれって言われるじゃないですか。ここは逆なんです。具合が悪くなって外来を受診したら、じゃあ2階で点滴していこうか、となる。こんなに安心なことはないです」

利用するきっかけは、妹のためにも時間を使ってあげるようにと小林医師からアドバイスされたことだったという。以来2年間、週2~3回施設を利用し、その間は妹のあーちゃん(2)が母親を独り占めできる時間だ。

「妹は元気だから、赤ちゃんのときからどうしてもちょっと待ってもらうことが多くなってしまうんです。だからここにお兄ちゃんを預けているときは目いっぱい妹の時間です。でも分かってますよ、妹はね。お兄ちゃんの体調が悪くて手が離せないときはお利口さんにしていてくれますから」

他の母親たちも、『輝き』に預けることで物理的な時間が確保できる以上のことを感じている。

「預けている間に外に出ると、きょうだい児のママ友など、障害児の周りだけではないつながりができる。それで自分が保てる部分がある」

「送り迎えのときに『輝き』のスタッフさんたちと少しでも話ができる、それだけで精神的に全然違う」

自分が所属するコミュニティが一つしかないと、価値観が偏ったり、そこでの人間関係にしがみついて疲れたりしがちだ。それを避けるために家族、仕事場、趣味のつながりなど、いくつかのコミュニティを行き来した経験がある人は少なくないだろう。しかしそうしたことすら難しいのが重症児のケアをする母親たちの実情だ。

「一人きりで子どものケアをしていたら参っていたかもしれない。『輝き』は本当に欠かせない存在」と母親たちは口を揃える。

『ははがうまれる』(福音館書店)というエッセイ集の中に、飛行機が離陸する前に流される緊急対応の映像と子育てを対比させた、次のような文が載っている。

「映像の中には、酸素マスクが降りてきたら、たとえ子ども連れであっても、まず自分が落ち着いてしっかりマスクをつけて、それからお子さんにもつけてあげましょうという指示が必ず入っている。これは子育て全般にも言えるとしみじみ納得するが、世の中に広まっている子育て指導は子どもに酸素マスクをつけることばかりを強調し、母親が酸素マスクを先につけたりしたら自己中心的と批判するようなものが多い。それどころか、母親にも酸素マスクが必要なことが忘れられていて、母親のためのマスクなんて用意されていないようなことも多いと思う。

母親の自己犠牲は美化されがちだが、実際にはなんのメリットもない。母親が倒れてしまったら、結局子どもへの適切なケアができなくなるし、疲れ果てて自らの生を享受できない状態になれば、子どもも生きる喜びを味わいにくい。

子どもを大切に思うなら、養育者にも酸素マスクが必要なことを、つまり養育者自身の生も尊重され、サポートされる必要があることを社会はしっかりと認識したほうがいい」(一部抜粋)

同書は子育て全般について書かれたものだが、重症児のケアをする母親にもまったく同じことが言える。母親たちが子どもの障害を受容し、愛情をもって向き合うために必要なのは自己犠牲ではなく、同書のことばを借りれば「母が母自身であること」だ。『輝き』はまさにそのための酸素マスクとして機能している。

医学部の学生向けのインタビューで小林医師は「まず、重症児の生きる姿を見て、知ってほしい。今後、その中の何パーセントが障害児に関わることになるか、それは微々たる数かもしれないが、母集団をどれだけ大きくしていくかが重要だ」と話した。これは医学生に限ったことではなく、すべての人に対して言えることではないだろうか。

いまの日本において、重症児を育てることの大変さは、当事者でなければ到底分からない。でも、想像することは誰にでもできる。その努力を怠ってはいけない。

「人間の中で最も弱い存在である重症児とどう関わっていくかということは、医学が本当に文明的といえるかどうかということも突きつけられている気がします」と小林医師は言う。医学だけではない、この社会が本当に文明かどうかも突きつけられている。

〈参考資料〉
能見台こどもクリニック ケアハウス輝きの杜

http://ncc-mori.com/

母子衛生研究会『母子保健の主なる統計』母子保健事業団、2014年3月

日本重症児福祉協会「重症心身障害児施設に関連する説明資料および要望事項」社会保障審議会障害者部会ヒアリング資料、2008年8月20日

http://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/08/dl/s0820-2a.pdf

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