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Vol.152 「新専門医制度前夜」 第34回臨床研修研究会のシンポジウムの報告と所感(第四回)

医療ガバナンス学会 (2016年7月4日 06:00)


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仙台厚生病院
遠藤希之

2016年7月4日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

第二回に、このところの厚労省の慌ただしい動きを見るにつけ近々大きな動きが予想されると書きました。やはり先週(6月24日)までに、様々な団体や厚労大臣からあれやこれや声明が出たり、声明を出すと言いながら引っ込める団体があったり、忙しいものですね。
現時点でも「偉い人」達の間で、様々な綱引きが行われているものと思います。

それはそれとして、今回は「新専門医制度」の問題点を掘り下げていくことにしておりました。

まず新専門医制度の問題点を切り口や立場別からみると、以下のように実に多岐にわたります。

1.地域医療への悪影響
2.医師偏在(地域はもちろん「診療科偏在」)への悪影響
3.若手医師の「キャリアパス(または人生設計)」
4.日本専門医機構そのもの(ガバナンス、事務処理能力など)の問題
5.専攻研修システム(全科共通)の問題
6.各診療科のカリキュラム、ないしプログラムの問題
7.「基幹病院」に背負わされる事務的、金銭的負担と連携病院の悲哀の問題
8.そもそも「国民目線で」と言いながら、医療関係以外の国民は全くと言っていいほど「新専門医制度」など聞いたこともない、という問題
9.上記の問題が解決されない場合、日本の医療、それこそ国民が被る被害の問題
10.その他(見逃している問題がありそうにも感じます)

ひとまずざっくりと九つの視点からまとめてみました(当然これらの問題はオーバーラップしています)。とはいえ、これらが解決されないと最終的に「問題点9.日本国民の医療問題」に収斂していくと考えられ、背筋が寒くなります。

それにしても問題点が多すぎまして、どこから手を付けていいのかわからないくらいです。ただ「奈良での研究会報告」と題していますので、日本内科学会の理事、宮崎氏がシンポジストにいらっしゃったこともあり、内科系の具体例を挙げながら若手医師のキャリアパス、人生設計という問題から考えていくことにいたします。

さて、研究会では内科学会理事宮崎氏、日本専門医機構の理事長池田氏(残念ながら次回の理事に推挙されても辞退される、とのことですが)ともに「内科専攻医研修期間が延びることは問題がない」と回答されていました。

特に宮崎氏は、現状でも「年限通りに内科学会認定医をとる医師は1/8程度、女性医師に限っても23.6%しかいない。だから新内科専門医を取得することが延びても問題ない」と回答していました。

これらの数字は本当だと思います。実際に内科学会認定医(卒後3年目で受験資格を得て、4年目に取れる)を最初に持とうという若手医師は少ないのです。とはいえ、背景の調査もせずにアリバイ作りのごとく、数字だけ示すのはいかがなものかとも思いますし、年限通りの修了者が少ないから問題ない、というのも論理の飛躍と感じます。

なぜ、年限通りに終了する内科系若手医師が少ないのか。理由は彼らの働き振りをみると良くわかります。志の高い若手ほど2年の臨床研修を終えたころには既にサブスペシャルティを決め、3年目にはもう自分の将来を見据えたトレーニングを始めています。例えば循環器内科を志す若手は心カテやエコー、消化器系を目指す若手は内視鏡、呼吸器系は気管支鏡などの訓練を進めているのです。また「神経内科」や「血液内科」を志す若手も、とにかく早いうちから稀少かつ多彩な患者を経験しようと頑張っています。

つまり早いうちから「修行」を積むことがエキスパートへの道となるような診療科を志す内科系医師としては、「現行の内科学会認定医」取得など後回しでよい、ということなのです。

また、女性医師が年限どおりに内科学会認定医を取得するパーセンテージが高い、という点についてもますます新制度が彼らにとってネガティブになるデータと思います。内科系を志望する女性医師としては、なるべく早く、できれば卒後4年で「内科学会認定医」を取っておきたいのでしょう。さもないと、結婚、出産、子育てに影響がある、と考えているからではないでしょうか。自分も多数の女性医師にインタビューをしたわけではないため必ずしも正しいとは言えませんが、それほど見当違いではないと思います。

現行1年で内科認定医の取得が可能だったものが、「新内科専門医制度」カリキュラムでは3年もの間、ローテート研修が義務付けられます。サブスペシャルティ専門医を目指す若手や、女性医師にとっては、多少遅れるのは問題ないどころの騒ぎではないと思います。

年限もさることながら、内容についても首をかしげるようなカリキュラムになっています。
では三年間の研修では、どのような経験が必要であるのか、簡単に解説してみることにします。

まず、内科系の疾患は、大きく主要内科系13領域に振りけられます(循環器、総合内科(腫瘍)、内分泌・代謝、といった分類です)。それらはさらに70の中分野に細分化されています。個々の疾患はそれら70の中分野に含まれることになります。

そして「新・内科専門医」試験の受験資格認定のための要件です。
まず「日本専門医機構」が認定した「基幹施設」に「登録」しなければなりません。そして、専攻医研修の最初の2年間で経験した症例を提出し、審査を受けることになります。
その際、70の中分野を「全て」経験し、13領域全てに亘る29症例のレポートと「主治医」として担当した200症例の記録を提出しなければなりません。
ところで実は、昨年夏の時点では70の中分野を100% 経験することが必須でした。ところが、さすがにそれはハードルが高すぎると判ったのか、70領域のうち80%、つまり最低56領域を経験すれば、受験資格の審査を受けることが出来ることになりました(ただし、いまだに全てを履修することが望ましい、ともされています)。

さて、各疾患には、A, B, Cと、ランクがつけられています。Cは座学でもよい、Bは症例検討会で経験した、でもいい疾患です(頻度の低い疾患が主です)。問題はAとされる疾患です。これは「主治医(主たる担当医)として自ら経験した、という証拠が必要な疾患になるのです。この中にはAとしてはどうかと思う疾患がいくつも紛れ込んでいます。

例を挙げてみましょう。基本13領域中の神経内科、その中の中分野「3」というところです。「A」疾患には、「多発性硬化症・視神経脊髄炎」、「ギランバレー症候群」と慢性炎症性脱髄ニューロパチー(CIDP),さらに重症筋無力症があります。これらの一つを主治医として経験しないと「新・内科専門医」の受験資格が得られない可能性があるのです。神経内科の疾患群として「脳梗塞」や「脳出血」がAというのはわかります(というか、それは臨床研修医で経験すべき疾患でもあります・・・)。しかし、神経内科をローテートしなければ出会わないような頻度の低い疾患が「A」というのは無理があるのではないでしょうか。

実際、患者数を調べてみると、CIDPの患者さんは厚労省調査で全国2200人ほどです。また、ギランバレー症候群の発症率は人口10万人当たり1.15人です。つまりギランバレー症候群の年間発症数は日本全国で大目に見積もっても1500人程度しかいないことになります(百万都市でも年12人程度の発症なので、数字的には札幌や仙台では年に十数人しか「内科専攻医プログラムの募集ができない」ということです)。

これまでのところ、毎年おおむね3000人の医師が内科系に進むと言われています。それにもかかわらず、年間の発症数が1500人であるとか、全国でも2000人強しかいない疾患を「主治医として必ず経験しなければならないA疾患」にする感覚とはいったいどういうものなのでしょうか。

新・内科専門医制度のカリキュラムを造った内科学会の幹部達は「日本専門医機構にご指導いただきとてもいいものができ、認可していただいた」と胸を張っていました。全員が経験できないような疾患を「A」にしているカリキュラムが果たして「とてもいいもの」なのか。そこかしこで、医療現場を知らない人々がこしらえたろくでもないカリキュラムだ、と言われているのが良く判るような気がします。さらに付け加えるなら、このカリキュラムを認可した人々は小学校の算数も不自由な人々であった可能性が高いのではないでしょうか。

ところで、このカリキュラムで研修する若手も大変ですが、神経内科の心ある医師たちもあきれていると思います。「神経内科の症例を経験したい」ためだけに殺到する専攻医をどのように指導し、症例を振り分けるのか頭が痛いのではないでしょうか。そのためもあってか、この制度に反対を表明した最初の内科系学会は神経内科学会でした。

ただし、神経内科領域の疾患を必ず神経内科専門医が指導するわけではありません。

新・内科専門医制度の「内科指導医」は「総合内科専門医」でなければならない、と決められています。
総合内科専門医は他のサブスペ専門医とは異なり「日本内科学会」が認定する資格です。

実は、2007年から2013年まで、総合内科専門医の受験者数は2~500人程度でした(内科学会のHPをご参照ください)。ちなみに受験手数料は3万円です。正直あまり魅力のない「専門医」だったのでしょう。

それが、今回の「新・専門医機構」騒動が始まったとたん、受験者数は2014年に4500人、2015年には実に6500人に跳ね上がります。厚労省のいうところの第三者機関、つまり任意団体の、日本専門医機構が「とてもいいプログラム」を認可してくれたおかげで、日本内科学会の受験手数料収入は、年1000万円程度から年2億円にまで増えたわけです。内科学会が来年度開始に拘る理由がちらりと見えたような気もします。

随分と寄り道がすぎました。新・内科専門医研修カリキュラムについての個人的な所感です。

例えば内視鏡治療医として ESD などの腕を磨きたい、あるいは循環器内科医で TAVIといった高度な技術を身に着けたい若手医師が、修行の golden time ともいえる時期に、3か月も神経内科を廻り、必ず「ギランバレー症候群」の主治医にならなければならないシステムはどうなのでしょう。

いや決して神経内科をくさしているわけではありません。神経内科医を志す若手医師にしても、なぜ「総合内科(腫瘍)」の「がん薬物療法の副作用と支持療法」や、ほぼ臨床研修で経験しているはずの「気腫性嚢胞(の気胸)」を「必ず経験」しなければいけないのか。

サブスペシャルティ科のエキスパートになろうとする志の高い若手内科医師にとって、この制度はあまりにも回り道を強いすぎるではないでしょうか。

さて長くなりました。奈良の研究会報告は今回で終わりにし、次回からはテーマをこの制度の問題(上述の九つの問題)にして、色々と考えていくことにしたいと思います。

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