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Vol.153 鉄欠乏が原因ではない、大球性の貧血 ~血液内科医・女医の貧血観察記

医療ガバナンス学会 (2016年7月5日 06:00)


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濱木珠恵

2016年7月5日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

総合病院勤務の頃の話です。

20代後半の女性が肝機能障害で内科を受診されました。肝障害なので最初は消化器内科の男性医師が診察したのですが、貧血もあり、かつ女性医師を希望しているとのことで、私に依頼がまわってきました。

OL風のやわらかめな服装をした、比較的スリムできれいなお嬢さんなのですが、ちょっと表情や受け答えが“硬い”印象をうけました。健診結果を見せてもらうと、確かにヘモグロビン値(血色素量)が8 g/dL前後の貧血なのですが、赤血球の大きさを示すMCVの値はけっして低くありませんでした。むしろ100前後と少し大きめであり、若い女性によくありがちな鉄欠乏性貧血とはちょっと違う感じです。鉄欠乏の原因になりそうな便潜血や血尿もありませんでした。

MCVが大きめな貧血を見かけたとき、鉄欠乏以外の原因を考えなければなりません。ありがちな話としては、ビタミンB12や葉酸の不足が原因による大球性貧血です。それ以外にも、再生不良性貧血や骨髄異形成症候群などの造血機能障害でも大球性貧血が起こりうるため、これらも頭の片隅におきながら検査をすすめていくことになります。

また肝臓の状態を示す数値のγ-GTPが3桁を越える高値でした。しかも300 IU/L近くあったと思います。γ-GTPの正常範囲は、女性だと30くらい、男性でも60くらいで、100を越えているとちょっと高いかなと感じる数値ですが、300というのは日常的にはあまり目にしない値です。ASTやALTといった他の肝臓系の数値はあがっておらず、γ-GTPだけが上がっていたので、この時点で、肝炎などよりは脂肪肝やアルコール性肝障害、薬剤性肝障害などが頭に浮かびました。

「ふだん、お酒は飲みますか?」と尋ねましたが「ちょっとだけです」とのこと。お酒をかなり飲む方の場合、控えめにお答えになることが多いので「あ、毎日ですか?実はけっこう飲める人で、ビール2,3本とかワイン1瓶とか空けたりしてませんか?」などと軽い感じで確認してみます。すると意外と具体的な数字が出てきて、最初の申告よりも多かったりするのですが、この方はきっぱりと「そんなことはないです。ビール1缶か2缶くらいです」と言いました。その答え方になんとなく違和感がぬぐえなかったのですが、風邪薬などによる一時的な薬剤性肝障害も考えられますし、とりあえず採血することにしました。

しかし結果は、ビタミンB12と葉酸が著しく低下し、γ-GTPも相変わらず300前後の高値でした。上部消化管内視鏡や他の採血結果からも、どう考えてもアルコール性肝障害を背景にしてビタミンB12と葉酸が欠乏したことによる巨赤芽球性大球性貧血しか考えられない状況でしたが、それでも本人は「飲酒はほとんどしていない」と頑なに否定していました。原因を特定できないままでしたが、とりあえず欠乏しているビタミンB12と葉酸の補充を開始したところ、すぐに赤血球の数値は回復してきました。治療を重ねていくうち、実は大量の飲酒を続けていることを打ち明けてくれました。その背景にはメンタル面で複雑な問題を抱えていることが分かったので、以降の治療は専門の精神科医にお願いすることにしました。

アルコール依存症というと男性が多いというイメージがあると思いますが、最近は女性の依存症患者が増えてきています。2003年に実施された全国成人に対する実態調査によると、アルコール依存症の疑いのある人は440万、治療の必要なアルコール依存症の患者さんは男性72万人、女性8万人、合計80万人と推計されました(1)。しかし、同じ研究者らが実施した2013年の調査では、その数は男性95万人、女性14万人、合わせて109万人と推計されたそうです(2)。この数を見る限り、女性の伸びが著しいことがわかります。
ビタミンB12や葉酸は、ともに赤血球の造血に関わる重要な栄養素です。これらが不足すると、DNA合成障害が起こるため、大きな核をもった大きな細胞を作るようになります。成熟障害を起こした血液細胞は骨髄内で壊れることも多いので、無効造血として貧血が進んでしまいます。この患者さんのように、アルコールを大量摂取するとビタミンB12や葉酸の吸収が阻害されることが知られており、アルコール依存症の患者に貧血がみられた場合にはいずれかが欠乏している可能性があります。

ビタミンB12は、肉や魚や乳製品といった動物性食品からしか得ることができません。1日の必要量も約1-3μgですが、体内貯蔵量は約2-3 mgあるので、仮に供給が完全に絶たれたとしても3-4年間は十分補えます。一方、葉酸はほとんどの食べ物に含まれています。しかし加熱により減少するので食べ方に注意が必要です。成人の体内葉酸量は約10 mgですが、成人の1日必要量は約100μgなので、健康な人でも3-4ヶ月分くらいで枯渇してしまいます。アルコール依存症に限らず、栄養バランスの悪い食事のせいで摂取量が不足したり、胃や小腸に問題があって吸収が障害されていたり、薬剤などの影響で体内での利用効率が悪かったりすると、同じように巨赤芽球性大球性貧血となることがあります。
この患者さんはちょっと極端な例でしたが、鉄欠乏性貧血の患者さんの中にも、たまにビタミンB12や葉酸が欠乏している方がいらっしゃいます。ダイエット目的の食事制限が影響しているようですが、ビタミンB12や葉酸は妊娠前の女性には補充が必要とされている大切な栄養素です。食事のときには、カロリーだけでなく、ちょっとした栄養素にも気をつけたいものです。

吸収できる量は経口摂取量の1%程度
胃の内因子を介して回腸で吸収され、わずかな経口摂取量でも効率的に吸収することができる

葉酸はほとんどの食べ物に含まれており、代表的なものとしてレバーや青物野菜がありますが、加熱により減少してしまいます
成人の体内葉酸量は約10 mgで、肝臓に最も多く貯蔵されていますが、成人の1日必要量は約100μgなので、健康な人でも3-4ヶ月分くらいで枯渇してしまいます。アルコールは葉酸の阻害剤として働くため、造血に障害が出るようです。

1)尾崎米厚, 松下幸生, 白坂知信, 他: わが国の成人飲酒行動およびアルコール症に関する全国調査. アルコール研究と薬物依存 40: 455-470, 2005.
2)NHK 視点・論点 「女性のアルコール依存症」 2014年07月21日 (月) http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/193569.html

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