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Vol.178「妊婦体験をしてもらいながらの世界一周を終えて」

医療ガバナンス学会 (2016年8月4日 06:00)


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北海道大学医学部医学科4年
箱山昂汰

2016年8月4日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

私は昨年度から大学を休学して468日間で43か国をまわる世界一周の旅に出た。それもただ旅をするだけでなく「世界の男性に妊婦体験ジャケットを着けてもらいながら」だ。
妊婦体験ジャケットとは腹部に装着することのできる10kgの水の重りで、臨月の妊婦さんのお腹の重さを体験できる。世界一周の旅をする中で3日に1日はそれを装着して街を歩き、現地で出会う男性に妊婦体験をしてもらった。そのことを通して世界の男性たちに妊娠時の大変さの一部を理解してもらい、お母さんを大切に想ってもらうことを目指した。ちなみに良く勘違いされるのだが、妊婦体験ジャケットは水で重くしているので、活動を実施していない3日のうち2日は中身を空にしてあるため軽い。世界の男性に妊婦体験してもらうことを目的としていたので、あまり自分自身がつらくならないようにしながら旅自体も楽しんでいた。
なぜこのような変なことをしようと思ったかというと、将来は国際医療に従事したいという夢があり、中でも母子保健分野に興味があるからだ。学生のうちにひとまず世界を見てみたいという想いから世界一周することを決意したのだが、出発が近付くにつれて自分の夢に近づけるような何か面白いことがしたいと思うようになった。そして、以前から妊婦体験ジャケットのことは知っていたので、それと一緒に旅をしてしまうことを思いつくに至った。出発する時はどうなるかはあまり考えておらず、誰もやったことがなくて面白そうだし、きっと、お母さんに優しい世界を創れるはずだと楽観視していた。

http://expres.umin.jp/mric/mric178_1.pdf

妊婦体験ジャケットを着けて歩いている際、例えば自爆テロをしようとしている爆弾魔だと勘違いされても文句は言えない。相手に活動の趣旨を理解してもらうため、実施する前の準備として英語の分かる現地の人に依頼して活動紹介を翻訳してもらった。
準備が全て整ったら、妊婦体験ジャケットと共に街へ飛び出し、時間のありそうな男性を見つけては元気良く声をかけてきた。妊婦体験してみないか提案し、OKが出たら手早く自分の着けていたジャケットを取って相手に着てもらい、「歩く」「床にある小さいものを拾う」「横になってもらう」といった動作をしてもらった。こういった現地の妊婦さんたちが実際にしている動作をしてもらい、お腹に重りがあることでどういった大変さがあるのかの感想を聞いた。体験が終わった後は、まとめのメッセージを伝える。「Please take care of your babies, your wife, and your mother. Respect women, and be a good father!!」と言って、体験の締めくくりとした。

http://expres.umin.jp/mric/mric178_2.pdf

4か国では活動をしていなかったこともあり、最終的には39か国79都市で1070人の方に妊婦体験してもらった。「妊婦体験をしてみませんか?」と声をかけて実際にやってくれる男性はおよそ3人に1人の割合で、断る理由としては、「時間が無い」「体の具合が悪い」「男のするようなことではない」といった声があったが、実際の本音は「街中でそれを着けるのは恥ずかしい」「訳の分からない不審者と関わり合いになりたくない」ではなかったかと考えている。
一方で、妊婦体験してくれた人の反応はというと、最初は恥ずかしそうにしているけれど、着け終ると笑顔を浮かべて写真を撮ったりしてはしゃいでいた。体験後のコメントとしては、「男性にはとても我慢できないことだと思った」「とても不便である」「いろいろな家事をやってくれている奥さんに本当に感謝。これからは手伝おうと思う」といった声があった。そして、大半の人がこのプロジェクトのことを「Good idea!」と称賛してくれた。妊婦さんを大事にするというメッセージ自体は全ての国で受け入れてもらうことができ、そのことは世界全体の共通認識だと実感する日々であった。しかしもちろん、それがどれだけ行動に結びついているかは定かではない。

http://expres.umin.jp/mric/mric178_3.pdf

妊婦体験ジャケットと一緒にこれまで旅を続けてきて強く思うことがある。まず一つは、妊娠や出産について考えることは男女問わず「命」と向き合うことだということ。現地の男性からは時々「妊婦体験など男のすることではない」と言われたのだがそれは違う。全ての人はお母さんから産まれてくるわけであり、そのことについて目を向けることは人である以上「命」のスタートを考えることに繋がる。赤ちゃんを産むこと自体は男性には出来ないけれど、妊婦体験を通して少しでも「命」について考えて欲しい。
二つ目は、以上のような熱い気持ちを伝えたいと願ってきたものの、妊婦体験ジャケットなど結局ただの水の重りでしかないということ。私がどれだけ心を込めて「10か月の赤ちゃんが入っているのと同じ重さなんです!」と伝えても、例えばインドでは爆笑しながらジャケットを殴り続けるお兄さんもいたし、メキシコでは「こんなのただの筋トレにしかならないね」と自慢げに語るお兄さんもいた。赤ちゃんだと言っているのに、だ。私自身ずっと着けている中でこの水の重りで妊婦さんの大変さのいったいどれだけが分かるのか疑問に思うようになった。妊婦体験の限界を噛みしめ、無力さばかり感じる日々であった。
世界一周を終えて一番に思うのは、世界はあまりにも大きくて、自分は小さくて悔しいということだ。目標としていたお母さんに優しい世界を創ることは、今の自分には出来なかったと思う。ただ、それは今回の話だ。妊婦体験をしてもらいながらの世界一周の旅は、私自身にとってかけがえのない冒険の日々であった。この経験を活かし、更に更に勉強を重ねていつかは医師になり、もっと大きいスケールで世界に働きかけられる人になりたい。
次の10月に北大に復学するまでのこれからの3か月は、ママチャリで日本一周の旅をする予定だ。これまで世界で実施してきた妊婦体験の活動ももちろん続けて行き、故郷である日本の男性たちとも「命」の話をしたい。それに加えて、こんな変なことをする医学生がいることを知ってもらいたい。日本に帰国してからはどこか息苦しい雰囲気を感じることが多い。それが文化なのだと思うが、保守的でどこか楽しくなさそう。世界でしてきたことを日本でも自信を持って続けて「変になることは面白い」ということを伝えたい。世界の次は日本で、私の旅はまだまだ続く!

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