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Vol.203 アメリカの医療政策と医療費負担適正化法(ACA)

医療ガバナンス学会 (2016年9月8日 06:00)


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ワシントン大学医学部内科
トーマス・シシェルスキー

2016年9月8日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

本稿では、アメリカとその他の世界の国々のヘルスケア・システムのランキングを通し、アメリカのヘルスケアにかかる費用や支出について概観する。そして、オバマケアによる医療費負担適正化法(the affordable care act; ACA)がヘルスケアにどのような変化をもたらそうとしているのか紹介したい。

まず、アメリカのヘルスケア・システムの世界ランキングを見てみると、アメリカは他国より遅れていることに気付く。コモンウェルス基金によると、アメリカは他の欧米10カ国よりも下位に位置し、質、アクセス、効率、公平性、国民の全般的な健康度などの測定基準において最下位もしくはそれに近い位置に格付けされている。

特に重要な点を挙げると、ランキング上位に格付けされる国は皆保険制度が整備されていることだ(図1)。 しかし、医療提供体制に画一的な最善策があるという訳ではなく、イギリスのように単一の公的拠出金で成功している国もあれば、ドイツのように公と民の混合型拠出金が合っている国もある。当該ランキングに日本は含まれていないが、他の機関によるランキングで日本が含まれているものもある。

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世界保健機構(WHO)が2000年に発行した報告書では世界中のヘルスケア・システムが格付けされており、日本は世界で上位10位内に入っている。一方、アメリカは37位とされており、乳幼児死亡率、成人死亡率、平均寿命が芳しくないことがその理由と考えられる。経済協力開発機構(OECD)の最近のデータでは別の評価法が用いられているが、これによると日本は平均寿命が最長、乳幼児死亡率や肥満率は最低となっており、米国はその反対の数字となっている(図2)。

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次にヘルスケアにかかる費用について見てみると、アメリカはどの国よりも多くの金額を費やしている。2010年には国民総生産(GDP)の18%近くも使っており、他の先進12カ国よりもずば抜けて多い(図3)。日本は10%程度であり、詳細な支出のデータを見てみると、アメリカは一人当たり約1万米ドル使っている一方、日本はおおよそ3700米ドル程度に過ぎない。

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以上の現況を踏まえた上で、アメリカのヘルスケア・システムを仔細に眺めてみよう。まず、登録看護師は240万人にも上り、医師/整骨医は92万1千人、年間の外来受診者数9億6千400万人、年間入院者数3千490万人、年間処方箋数24億枚となっている。前述のように多額の費用がかかり、2015年にヘルスケアに支払われた費用は3兆米ドルにもなる。さらに重要な点は、国民皆保険制度がなく、国民それぞれの保険の状況は様々であることだ。

無保険(2010年のピーク時には5000万人にも及んでいた)、民間保険(雇用先での加入もしくは個人で購入)、政府プログラム(65歳以上向けのメディケア、低所得者向けのメディケイド)といったカテゴリーがあり、2009年のデータ内訳をみると、無保険17%、民間保険53%、メディケア14%、メディケイドその他のプログラム16%であった。

これら保険のカテゴリー別に、ヘルスケアへの支払いが何を意味するのか考えてみたい。まず、無保険者はヘルスケアの補償が得られないため、医療費は全額自費で支払わなければならない。無保険者数とその比率は2010年にピークとなり、無保険者では自費負担が大きいため医療費の支払いに難渋することになる(図4)。2007年に発表された研究によると、全破産者のうち62%が医療費支払いのためだった。多くのヘルスケア・システムや非営利の病院では慈善医療が提供されているもの、組織によって支援の程度は異なっている。

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次に、民間保険では、ヘルス・プランに応じ個人か雇用主が支払いを行い、加入者がヘルスケア・サービスを利用する場合は、そのプランによって医療提供者側へ支払いが行われる。個人加入の民間保険では、各個人がプランを購入し、全体の掛け金に責任を持ち、ヘルスケア・サービスに応じてプランから保険償還が行われる。雇用主加入の民間保険では、雇用主側が従業員側に健康保健のオプションをいくつか示し、両者で応分の負担をしたプランを選択することになる。個人の保険と同様にプランから保険償還され、ここでは詳細は省くが保険プランの違いによって様々なレベルで制約や保険監督を受けることがある。

最後に、政府による保険プログラムについて説明する。この仕組みでは、納税者が公的プランに支払い、適格性に応じて個人の加入が認められる。加入者が医療を受け、公的プランが医療提供者側に支払いを行う。主要な政府プランはメディケアとメディケイドとして知られており、民主党ジョンソン大統領時代のグレート・ソサエティ政策の一部として1965年に制定された。これらは貧困層に向けた医療提供体制を整備することを意図したものであった。

まずメディケアについて紹介すると、これはほぼ全ての65歳以上の高齢者に皆保険を提供する仕組みになっている。つまり、収入に関わらず適格とされることから、高齢者の皆保険としてほぼ機能している訳である。65歳未満でも、透析患者や障害者など一定の基準を満たすと加入資格が得られる。メディケアは4つのパートで構成され、パートAでは入院の大部分、専門看護施設の短期利用、在宅医療とホスピスが保障され、給付も保証されている。パートBの医療保険では、医師サービスの大部分、予防医療、耐久性の医療機器、病院外来サービス、臨床検査、レントゲン、メンタル・ヘルス、そして一部の在宅医療と救急車サービスが保障される。このパートでは追加料金が発生しうる。パートCは民間の健康保険会社がメディケア給付を行う施策の部分であり、パートDでは外来での処方薬がカバーされる。

メディケイドは公的資金が使われる主要なもう片方であり、主に低所得者が対象となる。しかし、低所得者なら誰でも適格であるという訳ではなく、メディケイドのカバーを受けるためには一定の所得基準とその他の条件が満たされなければならない。ざっくり言えば、メディケイドは州と連邦のハイブリッド型プログラムであり、伝統的に連邦政府は費用のうち57%を保障し、残りを州が負担することになっている。このプログラムは州毎に運営管理される。すなわち、事実上51種類の異なるプログラムが存在することになる。連邦法では最低限の保障は必須とされ、特に小児、勤労世帯、妊婦と障害者は対象に入る。州政府はこの基本最低限より多くの対象を保障するかどうか選択することが可能だが、その適格性を決定するのも州政府自体が行う。

それでは、医療費負担適正化法(ACA)がアメリカのヘルスケアをどう変革しつつあるのかについて議論を進めたい。ACAが連邦議会を通過したのは2009年12月で、2010年3月21日に下院を通過、同23日にオバマ大統領により署名された。ACAは次のような狙いでヘルスケア改革を試みるものである。保険保障へのアクセス拡大、消費者保護の向上、健康促進と質の改善、そして増加する費用の抑制である。それぞれの狙いについて順を追って解説するが、まずアクセス拡大について述べたい。

ACAの重要な目的の一つはヘルスケアへのアクセス拡大であり、これまでの所まずまずの成功を収めている。1千600万人以上のアメリカ人が保障を得られたことで、無保険者率は歴史的とも言える9.1%にまで低下した。ACAにおける保障拡大のための条項は以下のものがある。雇用主に従業員を保障することを求める(小規模雇用主は除く)。個人でも保険を持つよう求める(最高裁により支持)。個人や小規模雇用主が保険を購入出来るよう州による保険の相互交換が利く環境を作り、保険料の費用を制限するために連邦政府助成金を使用する(最高裁により支持)。連邦政府貧困認定レベルの138%以下に該当する者までメディケイドを拡大(実際は133%だが法案作成時に年度毎の収入変動控除分として5%分が組み込まれた:最高裁により棄却)。健康状態の問題で民間市場の保険を購入することが出来ない人向けに一時的な高リスク出資金を作る。親世代の保険証券で若年成人も保障する保険プランを求める。

メディケイドで包括的に棄却された部分に関しては、メディケアが拡大した。しかし、棄却が決まった後、メディケイドまで拡大するかどうかは州毎の判断に任されることになった。結局、拡大を決めたのは一部の州に留まっており、21の州では現在までにメディケイド拡大はしないことが決められている。メディケイドの拡大なしでは、旧メディケイドで取り残された人から市場への助成金で組み込まれるようになった人まででギャップが残されることになり、無保険者率が10%を切るようになった一方、以前として無保険者数は2千800万人も残されている。

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ACAの次の条項には、一つは消費者保護の向上を目指すものがあり、それに伴って幾つかの保険改革に関する法律が制定された。生涯での保険償還の総額上限設定の禁止と年間の上限設定に制限、健康状態に問題のある小児の保障を外す保険プランの禁止、不正がある場合を除いて保障を解約・無効にする条件付きの保険プランの禁止、そして保険掛け金の不当な釣り上げを州政府により監査する仕組み作り、といったものだ。

ACAではワクチンのような疾病予防サービスの充実も求めている。妊婦の加入者に対して禁煙指導も保障することをメディケイド・プラグラムで求めたり、20店舗以上を持つレストラン・チェーンにはメニューにカロリー情報を明示するよう求めたり、必要に応じ脂肪や塩分量などの情報も表示させるようにしている。またACAは予防医療の委員会設立にも着手している。

次の条項は、ACAにおいてアメリカで提供される医療の質向上を求めるもので、様々な治療の有効性を研究する比較試験の遂行を奨励している。また、医療過誤削減プロジェクトの開発、21世紀のヘルスケアに適した医療情報技術への研究投資、医療の均てん化、そして健康格差、すなわち社会的背景によるヘルス・アウトカムの違いへの対策も始められている。

最後に、ACAの重要な目的は、健康保険の掛け金や支払い状況にさらに監視を強め、ヘルスケアにおける不正請求や濫用に歯止めをかけることで医療費の上昇に対処することにある。そして、プライマリーケアを支援し、新たな支払い方式が設けられていることは、アメリカにおける予防医療の重要性がさらに認識され始めていると言えるだろう。

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