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Vol.202 スロバキアで医師をめざす道

医療ガバナンス学会 (2016年9月7日 14:47)


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この原稿は9月23日に配信されたハフィントン・ポストからの転載です。

http://www.huffingtonpost.jp/yuki-senoo/fukushima-nuclear-doctor_b_12149112.html

スロバキア国立コメニウス大学医学部在学中
妹尾優希

2016年9月7日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

私はヨーロッパのスロバキアの国立大学であるコメニウス大学医学部に在学しており、インターナショナルコースにて英語で医学を学んでいます。将来は、多国語を話せる医師としてだけではなく、ヨーロッパで最先端の医療のスキルや経験を身につけた医師として日本で活躍するのを目標にしています。日本人医学生の目線から見た、ヨーロッパで医療を学ぶ魅力やスロバキアの医療事情を発信していきたいと思います。

●コメニウス大学医学部とは

コメニウス大学は、スロバキアの南西部、ドナウ川沿いに位置する首都ブラチスラバにあります。1919年に創立され、スロバキアで最大・最古の大学です。
コメニウス大学の在籍学生数は 27,000 人、留学生は 2,500 人、70 カ国以上の世界の国々から生徒が集まっています。医学部は全体で毎年約 3,000 人程の生徒が入学試験を受け、英語コースは定員 300人、スロバキア語コースの定員は 360人程です。うち在学している日本人は 10 人程です。留学生の授業料は年間の 9,500ユーロ ( 1 ユーロ 117 円として約 111 万円 )とヨーロッパ内の他国と比べて低額です。

●医学部のカリキュラム

医学部は最初の 3 年間は主に基本知識を中心に医学の学理的なアプローチと臨床的な勉強をし、4 年目から大学病院やクリニックでの技術的な勉強をしていくプログラムです。また、成績はどの学年も絶対評価です。
コメニウス大学の医学部カリキュラムは必修科目のほか 53 の選択科目があり、年間 60 単位が必要です。1 年目から人体解剖や 2 年生では学生同士で注射器を用いた採血の練習をするなど実践的な授業が多いのも特長です。なので、スロバキアの医学部ではアメリカや日本の大学と違い低学年での医学教育以外の教科はありません。
例えば、 1 年目の冬期のカリキュラムは生物理学、解剖学、生物学、医療ラテン語、緊急・応急処置学とスロバキア語です。他の教養学の時間がない代わりに講義の時間を含め週に授業が 10 時間程度あり、ラテン語やスロバキア語などの講義のない科目も週に 6 時間程の授業時間があります。また、プラクティカルレッスンと呼ばれる実技の授業では 100% の出席率が学期末テストを受ける資格項目の一つとなります。
大学は少人数制で講義以外のプラクティカルレッスンは 10 人程度のグループを 2 〜 3 グループセットで分けられ、各グループ別々のスケジュールが組まれます。受け持ちの教授やクラスにより授業の内容、課題、テストの内容や日程も異なるため、グループが一緒の同僚生徒は 6 年間行動を共にする事が多いです。
その為、私は現在 1 年生が終わったところですが一緒のグループの学生とは同じゴールに向かって走る戦友のようであり、お互いに競い合うライバルの様なとても学生として理想的な間柄を築いていると思います。

●スロバキアでの生活

大学周辺には沢山の学生向けアパートメントがあり、私が 1 年生の間に住んでいたのは 学校まで徒歩 3 分程の位置にある 1LDK 、光熱費、水道代、 Wi-Fi込みで 680 ユーロのお部屋でした。他の学生と比べると少し高めの物件でしたが、位置とライフラインの料金が込みというのが魅力で、そこで1年間一人暮らしをしました。
日本人の留学生の大半は、 1 部屋 500ユーロの大学寮を利用しています。その他の方法として、Facebookを活用してルームメイトを探し、一人あたり大体 400 ユーロで 3 人~4 人で部屋を借りるのが 1 年生の間では一般的です。私も今年から一人暮らしをやめ、 2 人のポーランド人の同級生と一緒に大学からバスで2駅程先のブラチスラバ中心部にあるアパートでルームシェアをする予定です。
スロバキアの物価は日本と比べ低く、カフェでのコーヒー 1 杯 1.20 ユーロ( 140 円ほど)、スーパーで買える市販のお水 2L は 0.60 ユーロ ( 70 円ほど) です。なので、食費は月々少し贅沢をしても 1 万円~1 万 5000円程度に収まります。
その反面、スロバキアではお店のほとんどが 17 時頃に閉店してしまい、飲食店でも 22 時以降空いているお店は少ないです。スーパーも平日は 21時、週末・祝日は定休日の場所もあるのでその点では少し不便です。
ブラチスラバ内での移動は、主に路面電車かバスを利用しますが、スリや置き引きが多くかなり注意が必要です。私も一度スリの被害にあったのですが、その際は抜かれた瞬間に気づき我を忘れて取り返してしまい、少し後から冷静になり大変危険な行動だったと冷や汗をかいた経験があります。

●スロバキアでの放課後活動

ヨーロッパの中心部に街が位置する事や、スロバキアの国自体が 1993 年にチェコスロバキアから独立したばかりの若い国だという事もあり、隣接している国との交流が豊富です。国際的な学生団体がいくつかあり、多くの医療経験を学生のうちに体験する事が出来ます。
代表的なものとして、BMS ( Blatislavasky Spolok Medikov/ Bratislava Medical Student Association ) という、1920 年に活動を始めた歴史ある学生団体があります。この団体を通して他国の大学や大学病院にて研究の手伝い、ボランティア活動やインターンに参加する事や、地域での医療活動に参加する事が可能です。
Sexual Health Club(ショッピングモールなどで性病撲滅活動をおこなう)、Public Health Club(地域の人に無料で健康診断を提供)、 Club Medical school(医療教育)、Club 3D printing(3Dプリンターを使い人体模型や人口脂質を用いて学生の耳をどこまで復元できるか挑戦するなど)など小さなクラブへの参加が可能で、数々の魅力的な活動をする事ができます。
私は主に Life Click と Future Medical Leader Academy という活動に参加しています。
前者は 1 年先輩のスロバキア人学生が考案した医療系アプリの開発グループです。『救急車が来るまでの命をつなぐアプリ』というコンセプトで、開発に向けて 1~ 5 年生まで多くの学生が携わっています。
Future Medical Leader Academy は学生たちが週に一度集まり、医療場面における「リーダーシップ・協力性・チームとして機能しているとはどういう事なのか?・どうして医師になるのか?・いい医師とはどんな医師でそれにはどんな資格が必要なのか?」などの沢山のテーマに沿って話し合い、一人一人の医師としてのビジョンを固めていくグループです。
上記したクラブ以外でも、コメニウス大学では他国の教授からの講義を受けるチャンスが年に何度か設けられています。今年はニューヨーク大学で医学部の学生部長をされている教授陣が訪問し「医療現場や医療教育現場におけるプロフェッショナリズム」についての特別講義と Worldwide Institute Supporting Exchange の学長であるハンソン教授による精神科の臨床講義が実施されました。

●スロバキアの医療事情

スロバキアの国が補償する医療サービスの標準は他国に比べると少し低く、病院の多くが多額の借金を抱えている様です。スロバキアの医療システムは国の保健省の管理下にあり、国民は保険に加入する事が義務づけられています。外国人でもスロバキアに移住し保険に加入している人は全員無料で 医療サービスを受ける事が可能です。
国が運営する公共の健康保険組合が一つと保険会社が3つあり、基本的な保険金は健康保険組合 も保険会社のものも同じで、月々の給料から差し引かれ、雇用者は給料の4%、雇主が10%を負担します。また、 病院と保険団体間で医療サービスごとに金額が統一されており、施された治療に対して病院は経費を各保険会社から受け取ります。その為、保険に可入している場合は、医療サービスを受けた後に患者側が支払いをする事はありません。
失業してしまった場合や学生など収入がない人達はIndividual (Commercial) healthcare insurance と呼ばれる保険に加入する事が可能で、国の健康保険組合が全額負担し本人は無料です。そのため、近年の医療現場では医療サービス受療者側の医療知識不足やコスト感覚の欠如から少しの事で救急車を呼んでしまい、本当に必要な人のところへの救急隊の到着が遅れてしまう事が問題視されています。
それに比べ、歯科のシステムは合理的で、1年に1回法律で市民はチェックアップが義務付けられており、チェックアップに行かなかった年にかかった歯科治療は全額自己負担となります。
その他の問題として、近年スロバキアでは若い医師不足があります 。これは長時間勤務と、それに対する給与の低さ、他国と比べての施設の不備が原因です。EU加盟国28カ国では医師免許と専門医資格の相互認証が行われている為、お互いの国での診療活動が可能です。よって、多国語を話せる若い医師は皆他の EU 加盟国に働きに行ってしまいますし、留学生のほとんどが大学病院に残らずに母国に帰ってしまうというのが現状です。
労働時間の長さも大きな問題で、例えば私がインタビューをしたブラチスラバ内にあるコメニウス大学病院のクラマレで勤務している産婦人科医は週 5 日 8 hと週 2 回の 24 時間勤務シフトが義務付けられています。夜のシフトでは 1 フロア 1 人、小さい病棟だと合計 4 人しか夜間にいないそうで、肉体的、精神的に疲弊してしまうそうです。
給与は、他のヨーロッパ各国と比べるとかなり低く、基本給は月 800 ユーロです(1 ユーロ 117 円として約 9 万 3000 円程)。初任給で比較すると、隣国のオーストリアやドイツの約 1/3 倍と低額です。また日本では他の病院でアルバイトをする事が多いそうですが、シフトが過酷な為それも不可能のようです。
医師になるまでの道は険しいですが、医師になっても、医療政策や行政、医療機関の都合と、患者さんの求めの板挟みとなり、その中で信念を貫いていくのは難しいと思います。今後も、ヨーロッパにいる日本人として学びを進め、この立場にいるからこそ可能な経験を積んでいこうと思います。またこうして情報を発信していく事が出来たら嬉しいです。ぜひ皆様のご感想などお寄せいただけましたら幸いです。

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