去る2月6日、厚生労働省が「薬事法施行規則等の一部を改正する省令」を公布
しました。省令では、インターネット販売をはじめとする医薬品の通信販売につ
いて、リスクの低い医薬品を除き販売を禁止する旨を定めています。
私はこの規制強化に、強い危機感を覚えます。十分な国民的議論がないままに、
国民あるいはその代表者たる国会の承認を経ない省令というかたちで、多くの販
売者そして利用者が、薬を販売し入手する機会を奪われるのです。
厚労省が根拠としているのは、「対面販売による安全性の担保」です。店頭で
専門の販売員が購入者と向き合い、情報提供とともに薬を販売することが、誤っ
た薬の使用の防止につながる、という主張です。この考え方は、一見、もっとも
らしく聞こえます。もちろん大前提として、薬害はあってはならないこと、その
ため薬の流通、情報管理・連絡等について慎重かつ適正であることが求められる
点には、私も心から賛同します。しかし、対面販売=安全、あるいはネット販売
=危険という概念には、論理の飛躍としか言えない側面を多分に含んでいるので
す。
以下、詳しく検討していきたいと思います。
【 薬の7割がネットで入手不可能に 】
今年6月に完全施行される改正薬事法では、一般医薬品を、特にリスクの高い
「第1類」、リスクが比較的高い「第2類」、リスクが比較的低い「第3類」に区
分しています。こうした分類を行い、それに基づき販売方法に何らかの差異を施
すことは、薬害防止にも資するものであり、私も異存はありません。
さて省令では、薬事法施行規則第15条の4として、通信販売において「第3類」
薬品以外の医薬品の販売を禁止しています。これがどういうことかと言いますと、
現在インターネットで購入できる一般医薬品のうち、7割近くが店頭でしか入手
できなくなるということです(富士経済グループ2008年7月発表データ。
http://www.group.fuji-keizai.co.jp/press/pdf/080725_08056.pdf 2007年の
市場規模ベースで「第1類」が4%、「第2類」が63%を占めるとしている)。多
くが「第2類」に含まれる胃薬、風邪薬や解熱剤、漢方薬等は購入できなくなり、
せいぜいビタミン剤や整腸薬しか買えなくなるのです。
現在、医薬品の通信販売は約800億円の市場規模となっており、インターネッ
トは約900万人弱の利用者の医薬品購入手段となっています。その7割が規制の対
象となるのです。何より、医薬品のインターネット販売が禁止されると、困る利
用者が大勢います。過疎地に居住する人、外出に支障のある障害のある人、忙し
くて開店時間になかなか買いに出られない人、近くのお店では売っていない薬を
すでに常用している人などです。
このように、ネット販売が医薬品の重要なアクセス手段となっている今日、き
ちんとした国民的議論が尽くされないまま省令一本で簡単に規制を加えることが、
果たして許されるのでしょうか。
【 省令公布をめぐる動き 】
2006年に薬事法が改正・公布され、今年6月施行となったことを受け、厚労省
は「医薬品の販売等に係る体制及び環境整備に関する検討会」を昨年2月から計8
回実施しました。この検討会で、「医薬品販売時における情報提供は専門家が対
面で行うこと」とするいわゆる「対面販売の原則」が強調されたのです。これに
沿って、「インターネット販売をはじめとする通信販売では、最もリスクの低い
『第3類』の医薬品のみ、販売を認めるべき」とする報告書がまとめられました。
厚労省もそれに基づいて省令案を作成、ホームページ上で公開し、パブリックコ
メントの募集を開始しました(2008年7月)。
省令案が発表されると、まもなく楽天やヤフーなどのショッピングモール事業
者、通信販売事業者団体、インターネット先進ユーザーの会(MIAU)らが、次々
に規制への反対を表明。共同で、医薬品の通信販売の継続を求める共同声明およ
びガイドラインを発表してきました。こうした利用者の反発を受け、舛添要一厚
生労働大臣も省令公布の直前、「もう一度、国民的議論が必要」と、再検討の意
向を表明しました。これについては、「準備を進めていた医薬食品局の担当者が
『なにも聞いていない』と驚くドタバタぶりだった」との報道もされています
(2009年3月25日付日本経済新聞)。
こうした動きにもかかわらず、厚労省は冒頭でお伝えしたように2月6日、省令
の公布に踏み切りました。これに対し舛添大臣は同日、インターネット販売のあ
り方などについて議論する検討会の設置を発表。2月中に「医薬品新販売制度の
円滑施行に関する検討会」が招集され、3月19日までに第3回の会合を終えていま
す。議論は高まりを見せてはいますが、6月に迫った改正法施行に間に合うのか、
状況はなかなかに厳しいものがあります。
【 対面=安全、ネット=危険は本当か? 】
今回の省令に関し、「対面販売による安全性の担保」を根拠とする厚労省の論
理は、飛躍に過ぎると言わざるを得ません。
たしかに、インターネット販売については、「睡眠薬や、大量に飲むと幻覚症
状のある薬を、ネットでは大量に購入できる」という懸念がよく聞かれます。し
かし、誠実かつ賢明なネット販売事業者はすでに、購入できる数量に制限を設け
ています。「ネット上を渡り歩いて簡単に複数の店舗で買うことができる」とい
う指摘もありますが、それはネット上に限られず、街を歩いて店をハシゴすれば
可能なことです。「店頭で本人の細かな表情や顔色の変化等を窺えることに意味
がある」という意見についても、そもそも家族の人が代理で薬を買いに来ること
を考えれば、あまり意味を成しません。
さらに、私も利用しているネット業者は、年齢確認や問診等のチェックを経な
ければ購入画面に行き着けないような設計を施しています。「医薬品新販売制度
の円滑施行に関する検討会」でも、業界が独自に作成したネット販売の安全確保
のためのガイドラインが提示されました。添付文書を表示した上で、顧客が既往
歴などの質問に答えなければ購入できないしくみや、一度に購入できる数量の制
限のみならず、同一顧客による同一日内の複数回注文もチェックできるような対
策が可能ということです。
むしろ、ネット販売の方が安全な点も挙げられます。販売後に重大な副作用情
報等が出てきた場合です。店頭販売では通常、購入者に連絡の取りようがありま
せん。一方ネット販売の場合は、購入者のメールアドレス、代金請求先の住所や
電話番号等が記録に残っているので、緊急連絡を入れることも可能です。
【 規正反対の声を阻むもの 】
現在、舛添大臣主導の検討会により省令の再検討が行われているとはいえ、実
際のところ大幅な見直しについては前途多難の様相を呈しています。国会議員の
間でも、規制に対して反対の声を上げているのは私をはじめごく少数に限られま
す。
私にとって不思議なことは、今回の規制を強力に推進している団体のひとつが、
薬剤師会だということです。しかし後ほど書かせていただくように、省令の改定
なく改正薬事法が施行された場合、ショッピングモール事業者や利用者の国民だ
けでなく、ネットを通じて薬を販売している薬剤師の方々にも大きなダメージと
なるのです。
さらに規制反対への障壁となっているのが、昨年あたりから国民の間で強まり
を見せている規制緩和に対する拒絶反応です。おそらく小泉構造改革による「痛
み」の記憶が、人々に規制緩和への抵抗感を持たせているのでしょう。いわば揺
り戻しです。残念なことに、政治の世界でも世間の風潮に便乗して改革を後退さ
せて既得権を守ろうという動きが最近非常に目立っています。郵政民営化見直し
論などはその典型例です。
【 困るのは利用者のみにあらず 】
実は今回、私が省令による医薬品のインターネット販売規制に関心を持つこと
になった最初のきっかけは、「何とかしてほしい」と見直しを切実に訴える薬剤
師の方からのEメールでした。そうなのです。実は現在、薬のネット販売を行っ
ているのは、ほとんどが「薬剤師」か「薬種商」の資格を持った人たちなのです。
つまり、規制により打撃を受けるのは、利用者だけではないということです。
しかも、今度の改正薬事法により「登録販売者」という資格も導入されます。
この資格を持つ人を置けば、薬局・薬店以外でも「第2類」に含まれる風邪薬や
解熱剤が売れるようになるといいます。
ということは、今回の規制を歓迎しているのは、例えば全国チェーンの大手薬
局・薬店(ドラッグストア)ばかりとは限りません。大型ディスカウント店やスー
パーマーケット、コンビニエンスストアも、本格的に医薬品販売に乗り出すこと
が考えられるのです。
もちろん、利用者にとってもこれは聞き逃せることではありません。「薬剤師」
は薬学部で6年間学んだ後に国家試験に合格しているプロ中のプロ、「薬種商」
も取得するのは狭き門の難関です。一方、「登録販売者」の試験は都道府県ごと
に実施され、3ヶ月の勉強で合格率70%程度になるものと想定されているそうで
す。
そういう点からも、ネットの向こう側の「薬剤師」と目の前の「登録販売者」
(場合によっては、応対したアルバイト店員)、どちらが「安心」か、改めて再
考すべきではないでしょうか。
【 最後に: 国民的議論から政治的妥協案へ! 】
冒頭でも書きましたように、当然、薬害は出してはいけません。しかし無条件
で「対面販売」が「ネット販売」より安全だという考え方には賛成できません。
数ヶ月の勉強で合格した「登録販売者」による対面販売と、一方、薬学部を卒業
した「薬剤師」が入念に設計したウェブサイトを経て行うネット販売、それぞれ
の利点と問題点を確認しながら、両者について改めて比較衡量する必要があるで
しょう。
それを踏まえ、ネット販売については、薬剤師あるいは薬種商に限って認めて
もよいのではないかと考えます。もちろん業界によるガイドライン・自主規制の
徹底が大前提です。ウェブ上での本人・連絡先確認や問診等はもちろん、支払い
方法も本人確認が一番確かなクレジットカードに限定するなどの工夫が考えられ
ます。そうしたルールに則っている業者に認定マークを付与するなどし、一方、
ショッピングモール事業者側も、その認定マークを獲得した販売業者のみ参入を
認めるなどの条件を課すべきでしょう。
また、スイッチOTC*をはじめとする第1類に属するリスクの高い薬に限っては、
ネット販売を規制するなど、緩急をつけた安全対策を検討すべきです。
いずれにしても、本来、国が国民生活に新たな規制・制限を加える場合は、そ
の手続きは慎重であるべきです。少なくとも民意を問う必要があり、省庁の一存
で発布される省令等でなく、法律の創設・改正によってなされるべきところです。
そもそも今回の問題の根源には薬事法がネットの存在を想定していないというこ
とがあります。厚労省も本当にネット販売が危険で規制が必要だと考えるのなら
ば、正々堂々と薬事法を改正し、ネット販売を定義し、規制すればいいのです。
そう考えれば今回、省令ひとつで、これまで使われてきたサービスを突然禁止す
るのは、横暴に過ぎると言うほかありません。せめて6月の改正薬事法施行まで
に国民的議論をいっそう盛り上げ、政治的妥協案を導きたいと考えています。皆
様もぜひご協力をお願いいたします。
*OTCとは、”over the counter”の略で、町の薬局のカウンター越しに買える薬
のこと。つまり一般用医薬(市販薬)です。さらにそのOTCの中でも、従来は医
師による診察が処方に必要で、医療機関を受診しなければ手に入らなかったのが、
大衆薬として薬局薬店で買えるようになったのがスイッチOTCです。