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臨時 vol 85 「高齢医師とコンピューター

医療ガバナンス学会 (2009年4月15日 10:25)


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レセプト電子化にまつわる幻想(前編)

武蔵浦和メディカルセンター
ただともひろ胃腸科肛門科
多田 智裕

このコラムは世界を知り、日本を知るグローバルメディア日本ビジネスプレス
(JBpress)に掲載されてものを転載したものです他の多くの記事が詰まったサ
イトもぜひご覧ください

URLはこちら → http://jbpress.ismedia.jp/


Summary: レセプト電子化を延期するのは「医師会の利権を守るため」と認識さ
れていることが多いようです。本当に医療の現場を理解した上でそういう記事が
作成されているのなら、問題はありません。けれども、私にはとてもそうとは思
えないのです。

3月9日の日本経済新聞に、「レセプト完全電子化を後退させるな」という社説
が掲載されました。社説の概要は以下の通りです。

レセプト(診療報酬の明細書)の完全電子化は必ず成し遂げるべき医療制度改
革の柱である。請求事務の効率化や人件費の圧縮を通じ、国民医療費の増大を抑
えるのに役立つからだ。さらに過大請求や不正請求があった場合は即座に見抜け
るようになる。

政府は11年度から完全に電子化すると閣議決定済みだが、この公約をほごにし
て「完全電子化」を「原則電子化」に変え、3月中に 閣議決定し直すよう求める
声が自民党内に急速に広がりつつある。同党の支持基盤である日本医師会、日本
歯科医師会、日本薬剤師会の反対運動を受けた動き だ。背景には、次の衆院選
で電子化への反対を掲げて医師会などの票を取り込もうとする一部の野党の戦術
があるようだ。

コンピュータの投資負担が重い、高齢の医師が経営する過疎地の診療所では対
応できないなどの理由を挙げているが、言い訳ではないか。患者や国民の立場よ
り圧力団体の利益優先を競う風潮があるとすれば、憂うべき事態である。

これに対して医師会をはじめ医療関係者からは、「事実誤認に基づく内容であ
るだけでなく、全国各地で真摯に地域医療を支えている医師や医療関係者 と患
者との信頼関係を揺るがすものであり、断じて容認できない」、そして「これ以
上医療崩壊を加速させてはならないという切実な危機感からの反対を『言い 訳』
と歪められたことは極めて遺憾」などの抗議声明が相次ぎました。

いったい何が起こっているのでしょうか? そして本当に解決すべき課題は何
なのでしょうか? 今回と次回の2回にわたって、このレセプト電子化にまつわ
る問題を考えてみたいと思います。
レセプト電子化の延期は、医師会の利権優先のため?

「レセプト(診療報酬明細)」とは、医療機関が患者に治療や処方を施した際
に、健康保険負担部分を支払ってもらうために、健保組合などに提出する請求書
のことです。その請求書のやり取りを、オンライン上のコンピューターを介して
行おうというのが「レセプト電子化」です。

日経新聞の社説では、2010年度から「完全電子化」されることが決まっていた
レセプトが、「原則電子化」に変更されるのは、選挙を前にして、圧力団体であ
る医師会の利益を優先した結果ではないかと論じています。

2月28日にも、産経新聞に「レセプト請求 完全オンライン化先送りへ 医療
制度改革後退」と題する記事が載り、その中で「衆院選を控え、日本医師会など
の反対論に配慮した」ということが書かれていました。

どうやら、レセプト電子化を延期するのは「医師会の利権を守るため」と認識
されていることが多いようです。

本当に医療の現場を理解した上でそういう記事が作成されているのなら、問題
はありません。けれども、私にはとてもそうとは思えないのです。

●日本の開業医の平均年齢はなんと60歳

日本医師会では、約7万2000件の医療機関を対象に調査を行い、「オンライン
化に対応できないため廃院を考えている」という開業医の先生が、80歳以上で
35.0%、70~79歳では23.2%もいるという結果をまとめています。

「そんな高齢の医師は、現場から退場したっていいじゃないか」と思われるか
もしれません。でも、そう思うのはちょっと待って欲しいのです。

なぜなら、現在、開業医の全国平均年齢は60歳なのです。そして、若い医師た
ちが開業しているとはいえ、開業医の平均年齢は上昇し続け、2020年には65歳に
なると推定されているのです。

地域によっては開業医の先生の4割が70歳以上であったり、また、産婦人科の
開業医の一番若い先生が64歳だったりするような地域もあります。実 際に、私
の隣のタワーのクリニックの先生は76歳です。もちろん元気に働いており、平日
は連日夜8時まで、土日も午前診療をしています。私の年齢を足して 2で割ると
約60。平均年齢60歳というのは、そういうことなのです。
返せる見込みのない借金を前に「心が折れた」状態に

社説では、レセプト電子化の「投資負担が重い」というのは「言い訳」に過ぎ
ないと断じています。でも、税制上の優遇措置「情報基盤強化税制」には、診療
所が活用する製品で基準条件を満たすものがありません。

そして、「加算制度もある」と指摘された電子化加算は初診のみ30円。多くの
クリニックでは月5000円程度の収入にしかならなりません。システム導入費用の
300万円はおろか、月々の保守料金3~5万円にも全然足りないのです。

高齢な先生方は、あと何年働けるか分からないけれど、できる限りは患者さん
のために頑張りたいと思っているに違いありません。それでも返せる見込みのな
い借金を背負わねばならないとするならば「心が折れた」状態になってしまうの
ではないでしょうか。

ただでさえ医療の世界は高齢化が進んでいます。半数以上の診療所には跡継ぎ
がいないという、共同体の機能を維持するのがギリギリである「準限界集落」の
ような状態なのです。

厳しい現実ですが、レセプト電子化によって8.6%もの医療機関が消えてしまっ
ては、地域医療が崩壊してしまいかねない。それが開業医の現状です。

●結局は紙で打ち出しているという現状

医師の高齢化という問題だけではありません。そもそも「レセプト電子化」に
よって、本当に大きなメリットが生まれるのでしょうか。

電子化することで「請求事務の効率化や人件費の圧縮を通じ、国民医療費の増
大を抑える」とされていますが、現時点においては、現場はさみしいものです。

私のクリニックでは2年以上前にレセプト電算化を行いました。しかし、健保
組合にフロッピー1枚でレセプトを提出したのに、打ち出した書類が段 ボール一
箱分になって返ってきて肝をつぶしたことがあります。フロッピーで提出したと
ころで、結局は紙に打ち出して審査しているわけで、紙代の節約には なってい
ないということです。

もっとも、システム導入がどんどん進めば、コンピューターの画面上で処理さ
れるようになり、解決されることなのかもしれません。
本当に「適正な審査」を効率的に行えるようになるのか

そんなことよりも、私が最大の幻想だと思うことがあります。それは、電子化
により「過大請求や不正請求があった場合は、即座に見抜けるようになる」と解
説されていることです。

本当の意味での不正請求は、現時点でもごく一部の話でしょう。なので、「適
正な審査がよりいっそう効率的に行われるようになる」という狙いが大きいのだ
と思います。

しかし、本当にそうでしょうか。実際の審査がどのようなものなのかを知らな
いと、審査が適正かどうかは判断できないのではないかと思います。

審査と言えば、こんなことがありました。

少し前のある日、私に配達証明で社会保険事務局から手紙が届きました。それ
は、不正請求の防止を最優先の目的として行う「個別指導」への出頭命令でした。

この個別指導は、時として医師に対して厳しくプレッシャーをかけすぎること
があり、過去には個別指導が原因で医師が自殺したという事件も起きています。

指導の内容として最悪の経過の場合、保険医剥奪もあり得ます。新規開業医に
とっては、借金を背負ったままクリニックを閉鎖しなければならないというこ
です。それほど強大な権限を持った指導なのです。その個別指導への出頭命令が、
いきなり私あてに届いたのです。
(次回に続く)

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