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Vol.207 国民皆保険にとどめを刺す桁外れの高額がん治療薬

医療ガバナンス学会 (2016年9月14日 06:00)


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~医療の費用対効果を真剣に考える時代がやってきた~

この原稿はJBpress 8月2日号からの転載です。

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/47490

武蔵浦和メディカルセンター
ただともひろ胃腸科肛門科
多田 智裕

2016年9月14日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

7月21日の報道によると、中央社会保険医療協議会(中医協、厚生労働相の諮問機関)が「高額な新薬の適性投与に指針を制定する」方針を立てているとのことです。

投与制限の対象となる薬の第1弾は、がん免疫治療薬の「オプジーボ(ニボルマブ)」です。オプジーボは、免疫力を高めてがんを攻撃する画期的な新薬で、理論上は全てのがんに効く可能性があります。
ただし今回の政策では、オプジーボについて「効果が見込まれない」基準を制定し、その基準に合致する場合は投与を制限することになります。効果が見込まれないと診断する基準については、今後半年間で決定するとのことです。

これまで、日本では国民皆保険のもと、効果の上がる可能性がきちんとしたデータで示された薬剤については、認可に時間が多少かかることはあって も、続々と健康保険適応となってきていました。ですから、適応とされている薬に対して、“効果が上がる可能性が低いかもしれない“という理由で投与制限が かかることは極めて異例です。
オプジーボは、効果は非常に高いのですが、コストが年間1人当たり3500万円もかかります。ここまで高額な薬剤については、保険適応の投与対象者を選別して、公費負担を減らそうというのが狙いです。
とはいえ、これほどの金額になると、患者が自費で治療を受けることはほぼ不可能でしょう。よって、保険適応対象者の基準から外されることは、その 方にとって事実上のがん治療終了宣告となります。私たちが医療を受ける際には必ず「保険が適応されますか?」と確認しなければならない時代がやって来ると いうことかもしれません。

●聖域なき医療費抑制策が施行される

前回のコラム(「伝えられない医療改革、あらゆる世代が負担増に」http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/47249)で、これから実施される見込みの医療費抑制策の中に以下の項目があることをお話ししました。
・保険適応は後発品のみで、先発品との差額は自己負担
・市販類似薬(薬局で購入可能な薬)の保険除外
ですが、後発品を処方するケースは、あくまで慢性期で症状が安定している場合、ないしは安定した効果が認められる状況を想定しています。「市販類似薬」というのも、軽症者が薬局で購入できる風邪薬などが対象でした。
このくらいの施策であれば、確かに自己負担が増えるものの、すぐに生命に関わるわけではありませんし、個人レベルでもなんとか防衛対応可能な範疇と思われました。
しかし、今回は、生命に関わる抗がん剤や高額薬剤も給付制限の対象となることが発表されたのです。まさに聖域なき医療費抑制策が施行されることが明らかになったと言ってよいでしょう。

●桁外れの高額な金額が国民皆保険にとどめを刺した

日本の国民皆保険の趣旨は、「誰でも」「いつでも」「どこでも」医療の全てを健康保険でカバーすることです。その趣旨に基づいて、これまではどんなに高額な薬剤であろうとも、一定の効果が認められれば次々と保険適応とされてきました。
例えば2011年には、乳幼児に重篤な肺炎を引き起こすRSウイルスの重症化を防ぐ抗体注射「シナジス」が、早産児や呼吸器疾患を持つ乳幼児に外来で注射可能になりました。「シナジス」注射1回分の料金は16万です。月に1回を半年間続けると約120万円です。
また、2013年には、潰瘍性大腸炎に対してTNFαモノクローナル抗体「ヒュミラ」の適応が認められました。こちらの1回分の薬剤代金は7万2000円です。月2回投で、1人あたりの年間料金は360万円となります。
2015年5月に保険適応された、C型肝炎を完治させる夢の新薬「ソバルディ」は1回(3カ月分)の治療金額が1人当たり550万円に最終的に決定しました(参考「夢の肝炎治療薬が医療財政に与える大打撃」http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/43397)。
これらの薬剤は高価ではありますが、治癒可能性がある場合に「効果が見込まれる可能性が低い」という理由で投与が保険適応外にされることはありませんでした(ただし、「きちんとした組み合わせで処方する」という縛りや、腎臓の機能が低下しているなど副作用の可能性が高い場合などの投与制限はありました)。
しかし、今回の「オプジーボ」の薬剤代金は1回投与分で146万円、2週間に1回投与すると1人当たり年間3500万円です。これまでとは1桁違う極めて高額な金額が、国民皆保険にとどめを刺し、投与対象者の選別を行わざるをえなくなったということです。

●費用対効果を直視してこそ新たな道が開ける

もちろん、高価な薬剤の価格を引き下げる施策も同時に行われます。「ソバルディ」は2016年4月より30%価格が引き下げられました。「オプジーボ」も、最大50%の価格引き下げが検討されています。
とはいえ、最大限引き下げられたとしても、1人当たり年間1800万円近くもかかります。
今後も様々な高額な薬の発売が見込まれることを考えると、保険でカバーされる範囲に次々と制限がかかり、私たちが薬剤を処方してもらう際に「保険が適応されますか?」と聞くことは避けられない状況になると思われます。
(けれども、これは考えようによっては必ずしも悪い話ではありません。「医療は手頃な価格でいつでも手に入るもの」という考え方から、みんなが費用 対効果をシビアに考えるようになれば、そこから新しい医療の形、そしてイノベーションが生まれてくる可能性が出てくるかもしれないからです。

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