医療ガバナンス学会 (2009年11月8日 13:31)
新型インフルエンザワクチンの接種がまず医療従事者から開始され、それ以外
の人々に対しても開始されつつある。その優先順位や、各集団における接種回数
に関する混乱が続いている。特に医療現場では、ワクチンがいつどのくらい入手
できるのか、何回打てばよいのかが非常に不透明な中、かかりつけ患者さんなど
への接種に向けた準備を進めている。
現場からは、政府の方針がコロコロ変わるので困る、という意見がしばしば発
せられている。これはもっともな意見であるが、一方で政府やワクチンメーカー
などの関係者が、限られた数しかないワクチンをできるだけ早く、できるだけ多
くの人に供給するべく日夜努力しているのも事実である。
10月中旬、ワクチン接種回数に関する混乱があったことは既報の通りである。
筆者もその混乱の渦中におり、ある意味では混乱を引き起こした張本人の一人で
あるかもしれない。13歳から19歳までおよび妊婦などへの接種回数を2回から1回
に減らすことに関して、16日の専門家の会議で合意が得られ政府が週明けにも方
針変更するとされたことに対して、現時点でエビデンスがないことと現時点で急
いで決定する必要がないことから、その合意に基づいた政府の方針変更を行わな
いよう要望する意見が19日深夜の会議で出され、20日に方針変更をしないことに
したのだ。(なお健常成人に対する接種回数を1回に減らすことについてはこの
過程で反対する人はおらず、この点のみ方針変更されている。)
19日の意見交換会のテープ起こし文書が筆者に届いた。ここから少々長くなる
が岩田健太郎神戸大大学院教授の発言を引用する。(前半部分は19日の段階で私が考えていたこと
とほぼ一致している。)足立政務官に対する批判として、エビデンスや2回接種
に固執し、できるだけ多くの人(特に基礎疾患のない小児)に早めに接種するこ
ととのバランスを考えた専門家の合意を政治の力で覆した、といった意見がメディ
アの論調や個人のブログなどで散見されるが、足立政務官はエビデンスや2回接
種に固執などしていない。
「確かにこれは過去の英文のデータでもそうなんですけれども、1回打ってか
なり抗体価が上がる。恐らくはそれで過去に何らかの免疫反応の記憶が残ってい
るのではないかということは、今回のデータでも、New England Journal of
Medicineなど、ほかの論文に出ていたデータでもありました。このことは非常に
いいことだという意見に私も全く賛成です。それから、私は1回打ちがいけない
とは全然思っていません。1回打ちのオプションというのは、常に希求すべきも
のだと思います。 ただ、今の段階で1回打ちと2回打ちで同等であるとか、あ
るいは1回打ちで大丈夫だという結論は絶対に導き出せない。それは比較試験を
して、実証してみないとだめだからです。 時間的制約はあります。本当の臨床
の意味での効果を出すためには、かなりの時間がかかりますから、そこまで科学
的厳密性を求めるというのは現実的ではないでしょう。
しかし、やはり金曜日の段階で問題だったのは、会議でどのような話し方がさ
れたにしても、そのメッセージが報道に伝わったときに、あたかも1回接種で大
丈夫という情報の流れ方をされたことが非常に大きな問題だと思います。なぜそ
ういうことが起きたのかは、私にはわかりません。 でも、これまでも我々は新
型インフルエンザに対峙するときに、新聞の第一面に、厚労省はこうすることを
決めましたということが、ばんと報道で出されることがしばしばありました。そ
れは例えば我々専門家の会議をやる前日だったりするわけです。ワクチンは何人
に打つのかみたいなことが新聞に報道される。その後で、ではワクチンをどう打
つか会議をしましょうと我々が招集されて、我々は何かばかにされたのではない
かとすら思いました。あんなふうに出来レースのように言われるような情報漏え
いは、厚労省の真意なのか、はたまたメディアが勝手にすっぱ抜いたのかわかり
ませんが、少なくともきちっとしたスポークスマンを置いて、情報の流れ方のルー
ルを決めて、このように情報を流していこうねというメッセージの出し方という
のをきちんとやってこなかったということが、何となくなし崩し的に情報が流れ
て、それが規制路線のように言われてしまって、その意見の醸造の下で物事が決
められていくということは、非常にフェアではないと思いますし、それこそ科学
的な議論だと言うならば、これは全然科学的な議論ではないと思います。」
要するに足立政務官は、1回接種へむけた議論を専門家の間で行う前に結論が
決まっており、その結論へ集束するような議論ともいえない議論が16日に行われ
たことに、不信感を持っているのだと思う。
さて、その後、政務官からのメッセージは発せられず、厚労省の動きも全く見
えない。筆者が参加した19日深夜の会議から早くも2週間が経過した。その間に
様々なデータが海外から出つつある。中国からは10月20日、各年齢層における1
回接種の抗体価上昇に関するデータが論文誌上発表され、12~17歳では97%の対
象で抗体価上昇がみられた1]。欧州医薬品審査局(EMEA)は10月23日、ワクチン
メーカーから出された最新のデータを再検討し、18歳以上60歳までの人で1回接
種で十分と考えるべきデータがあるとしながらも、現時点では2回接種を推奨す
る勧告を出した2]。WHOは10月30日、10歳以上は1回接種でよいとの勧告を出し、
それ以下の年齢層では、その国が子供に早期にワクチンを受けさせることを優先
するならば、1回接種で多くの子供に接種すべきだとしている3]。さらに11月2日、
アメリカ国立アレルギー感染症研究所(NIAID)は中間解析結果として、妊婦・3~
9歳・3歳未満の3つの群で1回接種による抗体価上昇がそれぞれ92%・55%・25%の
対象に得られたと発表した4,5]。また、3~9歳・3歳未満の各群では、2回接種後
の抗体価上昇は100%・94%に得られた5]。
中国のデータは、日本製と同じスプリットでアジュバントなしのワクチンを使
用して得られたデータである。また、EMEAの勧告はその元になるデータが示され
ている。一方、WHOの声明文には検討の対象としたデータは明記されておらず、
途上国などにおけるワクチン不足も視野に入れた声明になっていると考えられる。
NIAIDのお膝元であるアメリカでは今極端なワクチン不足が伝えられており、臨
床試験途中での性急とも言える発表はその状況が背景にあるものと推測する。
日本における妊婦への接種は始まっている。妊婦や未成年を1回で済ませるの
か、2回必要なのか、最終決定のタイムリミットが迫っている。
接種回数とともに重要なのが優先順位だ。アメリカは優先接種集団を連邦政府
が大まかに定めて、細かい運用は各州にゆだねているが、日本は厚労省が定めた
順位を大きく逸脱することは認められておらず、都道府県独自の取り組みが制限
されている。その一方で、最近は小児が発生患者の多数を占め、死者も小児が目
立つようになっている。先週の日本ウイルス学会のシンポジウムでも、小児への
接種優先順位を上げるべきというような意見も出されたと聞く。一旦決めた優先
順位を変えてはいけないはずははい。
優先順位が低い集団に対しても、接種回数を減らすことができればより早期に
接種することができる。この2週間、政府の動きはまったくない。中国やNIAIDか
らまさに我々が待ち望んでいたデータが出てきている。日本の最近の患者層の特
徴などと併せて十分に検証して、接種回数と優先順位に関する議論と再検討を早
急に行うべきと考える。
1] Zhu FC, et al. A novel influenza A(H1N1) vaccine in various age
groups. N Engl J Med 2009;361 Epub October 21
2] Questions and answers on the CHMP review of the recommendations on
the use of pandemic H1N1 vaccines.
http://www.emea.europa.eu/pdfs/human/pandemicinfluenza/66680909en.pdf
3] Experts advise WHO on pandemic vaccine policies and strategies
http://www.who.int/csr/disease/swineflu/notes/briefing_20091030/en/index.html
4] Initial Results Show Pregnant Women Mount Strong Immune Response To
One Dose of 2009 H1N1 Flu Vaccine
http://www3.niaid.nih.gov/news/newsreleases/2009/H1N1pregnantresults.htm
5] Updated Results: In Youngest Children, a Second Dose of 2009 H1N1
Influenza Vaccine Elicits Robust Immune Response
http://www3.niaid.nih.gov/news/newsreleases/2009/interimpedsdata.htm